不二はベッドに腰掛けたまま、じっと手の中の携帯を見つめていた。震える指で電源を入れる。壊れてはいない。心臓が激しく鼓動を打ち始めた。緊張のあまり、指先の感覚が覚束ない。静かな昼下がり、戸外からは時折道を走る車の音が響いてくる。ぎしり、とベッドを軋ませ、不二は身じろぐと、携帯を握りなおした。こめかみががんがんと脈打っている。

確かめられる…

鎌倉時代の生活がもし夢だったら、それとも夢ではなく現実だったら、どちらにしても不二には恐ろしい。口が渇いて喉がひりついた。

もし夢ではなかったら…

ファイルを開く指がぶるっと震えた。最後に取った画像を表示する。そして不二は、今度こそ全身の血が下がった。ひゅっと息を飲んだまま画面を見つめる。


そこには、庭で立ち話をしている忠興や秀次、そして国光の姿が写っていた。


携帯を恐れる鎌倉人を慮って、庭にいる三人にわからないよう、渡り廊下から撮ったのだ。そのせいで画像は荒かったが、写っている直垂姿の武者達は、確かにあの三人だった。

「あ…」

がくがくと体が震える。息が苦しい。それでも不二は、もう一つ確認したいものがあった。

国光の声…

不二は国光の声を録音したはずだった。あの日、桜若葉の山の斜面で愛し合った日、国光の夢を聞いた日…

震えながら不二は録音の再生を押す。声が流れた。

『御渡り様をおしいただき、榎本党が榎本だけで生きていけるよう力をつける。榎本の当主は生涯御渡り様に己を捧げる。たとえ死しても…』

声はそこで途切れた。もう一度再生する。

『御渡り様をおしいただき、榎本党が榎本だけで生きていけるよう力をつける。榎本の当主は生涯御渡り様に己を捧げる。たとえ死しても…』

国光の声だ。あの時、国光が言った続きの言葉を不二ははっきりと思い出せる。

途切れた言葉の続き、愛し合いながら何度も囁かれた言葉、そして、死の間際、国光が繰り返した言葉…

「あ…あぁ…」

夢ではない。国光はいた。そして国光は…

「ああああ…」


国光は死んでしまった…


「あぁ…あぁぁぁっ…」

不二は携帯を抱きしめたまま、床に崩れ落ちた。悲しみが全身を切り裂く。

「国光っ…」

ただただ、悲しかった。身の内を渦巻くのは悲嘆と絶望だけだ。

「くにみつ…くにみ…つ…」

恋しい男の名を呟きながら、不二は蹲る。何故自分だけ生き延びてしまったのか。帰ってきてしまったのか。身を引き裂く悲しみで死ねるならこの場で命を失った方がましだ。

「く…うぅ…あぁぁ…」

音にならない絶望の呻きをあげ、不二は涙を零し続けた。









泣いて泣いて、これ以上ないほど泣き続けて、それでも涙が枯れることはなかった。その日は部屋に籠もって泣き続けた。
翌日、心配する家族の声に、気力を振り絞って部屋を出たが、食事はほとんど喉を通らない。泣いたからといって何が変わるわけでもなく、痛みや悲しみが癒えるわけでもない。頭ではそうわかっていても、心がついていけなかった。

『不二。』

愛しい男の声が蘇る。

『御渡り様。』

忠興の、秀次の声がする。たった一ヶ月、それなのに不二にとってはかけがえのない人達になっていた彼らの声が、笑顔が蘇る。
不二はもう携帯のファイルを開くことができなかった。忠興や秀次の、そして国光の画像を見て、声を聞いてしまうと失ったものの大きさに打ちのめされてしまう。炎に包まれた館や血まみれの人々、なにより、恋人の無惨な死に様が生々しい現実として不二を襲う。不二はただ、携帯を抱きしめ、そして泣いた。

『不二。』
あぁ…国光…僕は…

喉を掻ききった国光の姿が脳裏から離れない。最後まで力強い瞳が自分を見つめていた。

僕は生きなきゃいけないの…?

明日からは新学期がはじまる。いつのまにか桜が八分咲きになっていた。


☆☆☆☆☆☆☆
うぅ、最近肩が重くて、なんか一杯のっかってるような…うきゃあっ(肩ごしに何か見えたらしい)