ふっと意識が浮上した。目を開けると、白い天井が目に入る。
「周助。」
「アニキっ。」
家族の声に不二は目をしばたたかせる。手を握る柔らかい感触、不二は僅かに頭を動かし横を見た。
「…母さん…?」
「周助、もう大丈夫よ、大丈夫。」
涙ぐみながら母親が頷いている。その後ろには裕太や由美子、そして外国にいるはずの父親の姿まであった。
「僕は…」
喉がカラカラで声が掠れている。父親がぽん、と不二の頭に手を置いた。
「いいから、周助。」
「私、先生呼んでくる。」
由美子が慌ただしく部屋を出ていった。母親が優しく不二の手をさすった。
「周助、どこか痛いところはない?喉、乾いてない?」
「あっアニキ、大丈夫かよ。」
裕太が顔を覗き込んでくる。心配そうに世話をやこうとする家族の姿を不二はどこかぼんやりと眺めていた。
ドアが開いて白衣を着た医者と看護婦が入ってきた。後には由美子が続いている。四十代半ばくらいの、がっしりした体躯の医者は、どこか痛むところはないかね、と穏やかに声をかけながら触診した。
「まぁ、大丈夫でしょう。別段、これといって心配な症状はありませんし。」
明日、もう少し検査してみましょう、と医者は安心させるような笑みを両親に向け、それから不二の肩をぽんぽんと叩いた。またドアが開き、看護婦が入ってくる。
「あの、不二さん、警察の方がお見えですが。」
「まだ目が覚めたばかりだ。もう少し待って貰いなさい。」
それから、何かあったらすぐに呼んでください、と言い残し、医者は病室を出ていった。
「周助、お母さん達、ちょっと警察の方のところへ行ってくるから。裕太はここにいて。由美子、何か周助に飲ませて頂戴。」
すぐ戻るから、と言い置いて両親はロビーへ向かった。
「なにか温かいものの方がいいかしらね。あ、点滴、どうするのかしら。裕太、ちょっとお湯とってくるわね。」
由美子も病室を出ていく。裕太は不二の傍らのパイプ椅子に座った。再び部屋がしん、となる。ポタッポタッと点滴の音だけが響いていた。じっと横になったまま、皆の姿を眺めていた不二だったが、その時唐突に理解した。
帰ってきてしまったんだ…
皆、忠興も秀次も、そして国光も死んで、不二一人が死に損ねた。自刃する国光を置いて、現代に帰ってきてしまった。
僕一人が…
視界がぼやけた。涙が溢れる。
僕だけが…
「アッアニキっ。」
傍らに座る裕太が慌てて立ち上がった。
「どっどうしたんだよ、どっか痛いのか、なぁ、アニキ。」
仰向けになったまま、するすると涙が伝い、不二の髪や枕を濡らした。
「なぁ、どうしちまったんだよ。」
裕太はおろおろと狼狽える。
「アニキ…」
白い天井を見つめながら、不二はただ、静かに涙を零し続けた。
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手塚、ぬか喜びさせてごめんよ。不二君は違う国光想って微笑んだんだよ。裕太君、大好きなアニキの泣くのを見たの、はじめてだろ。ごめんよぉ、不二君〜〜。