「裕太君、不二ならよく寝ているし、しばらくオレが付き添っていよう。君は色々と雑用があるのだろう?」
「あ、いいんスか?手塚さん。」

裕太は恐縮しながら、その申し出をありがたく思った。あれこれ、必要なものを買い出しに行くよう母親にいいつかっていたのだ。由美子は担当医のところにいっていた。

「じゃ、すぐ戻りますんで。アニキのこと、宜しくお願いします。」

パタパタと裕太は部屋を駆けだしていった。病室には不二と手塚の二人きりになる。午前の太陽が大きな窓から射し込んでいて、部屋は明るかった。手塚はじっと不二の寝顔を見つめた。切れ長の目は閉じられ、桜色の唇が僅かに開いている。左手は手塚の右手を握ったままだ。

「…不二…」

手塚は小さく不二の名を呼んだ。サラサラと柔らかい髪が白いシーツに散っている。手塚は左手でそっとその髪に触れた。指を差し入れ、梳いてみる。細い髪の毛が指の間から零れた。その感触が心地よくて、手塚は何度も不二の髪を梳いた。

「ん…」

不二が身じろぎした。ぎくりと手塚は手を引っ込める。だが、不二は、握った方の手に頬を寄せてきた。

「不二…」

手塚はもう一度、不二の名を呼んだ。

「…う…ん…」

頬をすり寄せたまま、不二が目を開ける。綺麗な茶色い瞳が手塚を見た。

「国光…」

ふわっと不二は微笑んだ。

「よかった…国光…」

不二は手塚の頬に片手を伸ばし、触れてくる。手塚は狼狽えた。どう対処していいかわからずカチコチに固まった手塚の頬を不二は何度も撫で、ほっと息をついた。

「あぁ…今度は触れられる…」

よかった…ともう一度呟く。

「…不二?」
「国光…そんな格好して、まるで手塚みたい…」

手塚はぽかん、と不二を見つめた。不二はまたにこっと笑うと、すぅっと寝入ってしまう。

「おい、不二。」

すぅすぅと寝息をたて、目を覚ます気配もない。手塚はその寝顔を見つめた。

「わけがわからん…」

行方不明だったという二日の間に何があったのだろうか。眉間に皺を寄せ、手塚は首を捻っていた。










ふっと意識が浮上した。目を開けると、白い天井が目に入る。

「周助。」
「アニキっ。」

家族の声に不二は目をしばたたかせる。手を握る柔らかい感触、不二は僅かに頭を動かし横を見た。

「…母さん…?」
「周助、もう大丈夫よ、大丈夫。」

涙ぐみながら母親が頷いている。その後ろには裕太や由美子、そして外国にいるはずの父親の姿まであった。

「僕は…」

喉がカラカラで声が掠れている。父親がぽん、と不二の頭に手を置いた。

「いいから、周助。」
「私、先生呼んでくる。」

由美子が慌ただしく部屋を出ていった。母親が優しく不二の手をさすった。

「周助、どこか痛いところはない?喉、乾いてない?」
「あっアニキ、大丈夫かよ。」

裕太が顔を覗き込んでくる。心配そうに世話をやこうとする家族の姿を不二はどこかぼんやりと眺めていた。
ドアが開いて白衣を着た医者と看護婦が入ってきた。後には由美子が続いている。四十代半ばくらいの、がっしりした体躯の医者は、どこか痛むところはないかね、と穏やかに声をかけながら触診した。

「まぁ、大丈夫でしょう。別段、これといって心配な症状はありませんし。」

明日、もう少し検査してみましょう、と医者は安心させるような笑みを両親に向け、それから不二の肩をぽんぽんと叩いた。またドアが開き、看護婦が入ってくる。

「あの、不二さん、警察の方がお見えですが。」
「まだ目が覚めたばかりだ。もう少し待って貰いなさい。」

それから、何かあったらすぐに呼んでください、と言い残し、医者は病室を出ていった。

「周助、お母さん達、ちょっと警察の方のところへ行ってくるから。裕太はここにいて。由美子、何か周助に飲ませて頂戴。」

すぐ戻るから、と言い置いて両親はロビーへ向かった。

「なにか温かいものの方がいいかしらね。あ、点滴、どうするのかしら。裕太、ちょっとお湯とってくるわね。」

由美子も病室を出ていく。裕太は不二の傍らのパイプ椅子に座った。再び部屋がしん、となる。ポタッポタッと点滴の音だけが響いていた。じっと横になったまま、皆の姿を眺めていた不二だったが、その時唐突に理解した。

帰ってきてしまったんだ…

皆、忠興も秀次も、そして国光も死んで、不二一人が死に損ねた。自刃する国光を置いて、現代に帰ってきてしまった。

僕一人が…

視界がぼやけた。涙が溢れる。

僕だけが…

「アッアニキっ。」

傍らに座る裕太が慌てて立ち上がった。

「どっどうしたんだよ、どっか痛いのか、なぁ、アニキ。」

仰向けになったまま、するすると涙が伝い、不二の髪や枕を濡らした。

「なぁ、どうしちまったんだよ。」

裕太はおろおろと狼狽える。

「アニキ…」

白い天井を見つめながら、不二はただ、静かに涙を零し続けた。


☆☆☆☆☆☆☆

手塚、ぬか喜びさせてごめんよ。不二君は違う国光想って微笑んだんだよ。裕太君、大好きなアニキの泣くのを見たの、はじめてだろ。ごめんよぉ、不二君〜〜。