「だめだ、祐則っ。」
「お早くっ。」
嫌だ、祐則まで死なすのは嫌だ。元服して名字をもらうのだと目を輝かせていたのに、不二よりも年下で、まだ、人生の何の喜びも知らないはずなのに。
不二は祐則の腕を掴んだ。
「祐則、生きなきゃだめだっ。」
「それがしはっ。」
祐則がにかっと全開の笑みを不二に向けた。
「御渡り様にお仕えして幸せでござりましたっ。御渡り様はそれがしのようなものにも優しゅうしてくだされた。天上の甘露をくだされた。あの美味なる味は忘れられませぬ。それだけで、もう祐則は十分に生きたかいがあるのでござりますっ。」
あんなミルクキャンディ一つで、たかが不二周助という高校生が声をかけたくらいで、祐則は幸せな人生を生ききったと言うのか。不二よりもまだ若い身空で。
わめき声が聞こえた。甲冑姿の武士が数人、刀をふりかざして駆けてくるのが見える。
「お早くっ。殿のところへっ。」
祐則は太刀を構え、不二を祠の方へ押しやった。
「祐則っ、望みを、最後の望みを言えっ。」
気がつくと不二はそう叫んでいた。祐則が目を瞠り、それから嬉しそうに叫び返してくる。
「それがしに名前をくだされませっ。」
「不二の名前を君にあげる。不二祐則、そう名乗れっ。」
「ありがたき幸せっ。」
不二は踵をかえすと、祠へ向かって全力で走りはじめた。討っ手のわめき声がすぐ近くまで迫っている。背後で祐則の声が聞こえた。
やぁやぁ、遠からんものは音にも聞けい、我が名は不二祐則…
不二は走った。必死で走った。振り向くわけにはいかない。国忠や祐則、不二を守ろうとしてくれた人達のためにも、国光に会うのだ。
砂に足を取られる。涙が溢れてきた。ぽろぽろ零れて止まらない。それでも不二は走り続けた。国光に会わなければ。
ポケットの中でなにか音がする。だが、かまっている余裕はなかった。祠へ、国光のところへ。
「国光っ。」
不二は叫んだ。祠はすぐそこだ。浜から祠へ登る道を不二は走った。
「国光っ。」
登り切ると視界が開けた。白木造りの祠の前から一面の草原だ。国光と初めて出会った場所、国光は栗毛の馬を駆って不二の前に現れたのだ。
「国光…」
馬が倒れていた。栗毛の、国光の馬だ。草原の彼方まで雲が重く垂れこめている。灰色の空の下、馬は幾本も矢の刺さった体を横たえていた。茶褐色に濡れた草が風に揺れている。
倒れた馬の傍ら、祠の正面に武者が膝をついて座っていた。兜は地面に転がり、結われていない黒髪が肩に落ちている。全身血塗れだ。矢筒にはすでに一本の矢もない。背中や肩に矢が刺さったまま、折れた太刀に寄りかかるようにしている。生きているのか死んでいるのか、ぴくり、とも動かない。
不二はぎくりと動きをとめた。息を飲んだまま血塗れた武者を見つめる。
「不二か…」
微かに武者が身じろぎした。ゆっくりと顔を上げる。
「国光っ。」
生きていた。
一瞬にして歓喜が沸き上がった。
生きている。
不二は国光に駆け寄ろうとした。安心したせいか、足がもつれる。
「国光、怪我はっ。」
顔をあげ、不二の姿を認めた国光は安堵の色を浮かべた。不二も微笑みを返す。だが、次の瞬間、国光の顔が強ばった。
「不二…」
「え?」
ただならぬ国光の様子に不二は思わず足を止める。国光は目を見開いてしばらく不二を凝視していたが、それからふっと寂しそうに微笑んだ。
「そうか…帰るのか、不二…」
「国光…?」
国光の視線に、足を止めていた不二は己の体を見た。そしてぎょっとなる。いつの間にか不二の体を白い光りの粒子が取り巻いていた。
「なっ…」
ポケットから音がした。はっと両手を動かすと光が舞い散る。また音が鳴った。携帯の着信音だ。
そんな馬鹿なっ。
不二はポケットに手を突っ込み携帯を掴み出す。メールを着信していた。
何故こんな時に、何故今…
☆☆☆☆☆☆☆
不二祐則、討ち死にしました。皆殺しじゃ〜(鬼)やっと国光登場、そして不二君、メール着信なんかしちゃったり。や、ホラーじゃないし。