国忠はまだ運命を知らない。本には前当主国忠も館で自刃、と書いてあった。たまらない気持ちで不二は手を握ったまま俯いた。気持ちのいい風が開け放した戸から入ってくる。

「和田は負けまする。」

はっと不二は顔をあげた。国忠が静かな目で不二を見ている。

「大殿さん…」
「昨日、雅兼殿が参られたと聞き申した。白馬を置いてゆかれたとか。あれが雅兼殿の精一杯でござりましょう。」

不二は呆然とする。雅兼の来訪で事の次第を悟ったというのか。ならば何故、国光を止めなかったのだ。

「じゃあなんで…なんで国光を行かせたの?わかってたなら何故…」

みるみる不二の目に涙が溜まる。

「なんで止めなかったんだよ…」

ぽろっと一粒、涙が零れた。不二はぐっと唇を噛みしめる。

「御渡り様。」

国忠は手を握る不二をもう片方の手でぽんぽんと叩いた。

「御渡り様は全ておわかりなのですな。これから榎本がどうなるか、それがしのことも何もかも。」

不二は答えられない。ただ、肩を震わせるばかりだ。

「なんで…なんでだよ…滅ぶってわかっていてなんで…」
「榎本の当主でござりますれば。」
「わかんないよ、当主だからって…」
「表だってはおりませぬが、国光は和田義盛の孫にござりまする。今動かずにいたとして、見逃されるほど甘くもござりますまい。」

不二はキッと国忠を見据えた。

「そんなのわかんないよ。やってみなきゃ、生き延びようとしたら何とかなるかもしれないじゃないか。」
「卑怯者の汚名を着て生き延びたとして、そう長く持ちこたえるとも思えませぬ。」

土台から腐りましょうから、と言う国忠はどこまでも穏やかだ。国光と同じ色を湛えたその目に、不二は何も言えなくなった。確かに、年表を見ると、裏切った三浦も三十四年後には滅ぼされている。だからといって、諦めるのは嫌だった。ぐいっと不二は涙を拭う。

「大殿さん、それでも僕は…生きてほしい…」

国忠はもう一度不二の手をぽんぽんと叩いた。

「大丈夫でござりますよ、御渡り様。あれで国光はなかなかのつわものでござります。必ず御許に帰って参りましょう。」

こくん、と不二は頷くしかない。国忠はにっこりとした。

「ご案じめされますな。榎本の名を持って死ぬるは爺一人で充分。国光はただの国光になればよろしいのでござります。」
「え…?」

不二は意味を量りかねて国忠を見つめた。

「大殿さん…?」




「御前失礼つかまつりまする。」

不二が国忠に問いかける前に、祐則が菓子を運んできた。黒塗りの高坏にこんもりとあれこれ盛ってある。年老いた郎党が白湯の椀を二つ運んできた。

「御渡り様、爺もお相伴にあずかってよろしゅうござりまするか。」
「あ…うっうん…」

それからは、とりとめもない話ばかりだった。不二も国忠の真意を聞くに聞けず、それでも誰かと一緒にいられる心やすさからずっと国忠の部屋で過ごした。








夜になると、静かさはひとしおだった。郎党の数が少ない上、非常時である。要所に松明は焚いてあるが、それ以外、館の中は闇に包まれている。神に祈りを捧げるから、と不二は湯浴みを断った。祐則が気遣って、湯を張った桶に手ぬぐいを入れてきたので、簡単に手足と顔を拭いた。祐則がさがると、部屋の中にしん、と静けさが落ちてくる。少し丸みを帯びた半月が青白い光りを投げかけていた。

不二は、国光に貰った青磁のかけらと土鈴を手に、廊下に座って月を眺めた。夜風に吹かれ、国光を思う。今頃、何をしているのだろう。もう和田に合流して戦いはじめているのだろうか。それとも、この同じ月を眺めているだろうか。ころん、と手の中の土鈴が小さく音をたてた。そっと不二は、土鈴に唇を寄せる。

「無事で…国光…」

この世に神がいるのなら、海神でもなんでもいい、国光をお守り下さい。

不二は祈った。人智の及ばぬ存在に、今初めて、不二は真剣な祈りを捧げた。



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じじい、なんか決意しているコレ、妙に静かだコレ(by木の葉丸)大丈夫ナリか〜(キテレツ大百科のコロスケ)天才ですからっ(桜木花道)
うぉぉっ、今みているアニメの影響がごっちゃごちゃにっ。人が真剣に祈り捧げてる横で何やってるナリか〜(だから、やめれって)