「神と契ることは罪か?おれは生涯を不二に捧げる。不二とだけ契る。それのどこが榎本への裏切りなのだ?」
「国光…」

不二は呆然と見返した。国光の腕に引かれ、不二は座り込んだ。再び国光に抱き込まれる。

「おぬしがこの館で笑っていてくれると皆の心が強くなる。一つになって榎本を守ろうとする。おぬしは榎本の神だ。」

不二は国光の背に手を回した。広くたくましい背中だ。

「うん…国光…」

不二は己の弱さを恥じた。国光を愛してここへ留まった時から、何があろうと榎本の神として皆の役に立とうと誓ったのに、あんな中傷におたついている。

「ごめん。」

それから不二は体を離して照れくさそうに笑った。

「これ使って追い払おうかな、って思ったんだけど、いらなかったね。」

ポケットから携帯を取り出す。国光が恭しい態度でそれに触れた。

「大事な神器だ。下種に使うことはない。」
「あ、でもいいの?代理人なんでしょう?たたき出すようなことしちゃって、大変なことにならない?」

落ち着くと事の大きさにハタと気づいた。丁寧にもてなしていたのはトラブルを避けて丸く収めるためではなかったのか。国光がふっと口元を上げた。

「向こうから隙を見せた。なにせ榎本のご守護神様を侮辱したのだ。本来なら首を落とされるべき大罪、まぁ、存分に利用させてもらおう。」
「うっわ、悪者っ。」
「当然だ。」

不二は呆れたように国光を見た。国忠も結構な狸ぶりだったが、息子の国光も真っ直ぐに見えて案外としたたかなのかもしれない。不二はふと、面白いことを思いついた。

「では、榎本の当主殿、決意表明をどうぞ。」

携帯を国光の正面に突き出す。国光がぎょっとのけぞった。

「大丈夫だよ、ただの道具なんだから。」

くすっ、と笑いながら不二はマイク部分を指さした。

「君の声をね、録音…っていってもわかんないだろうなぁ…あ、ちょっと待って。」

百聞は一見に如かず、不二は実際に録音してみせることにした。バッテリーがもったいないのでほんの少しだけ。

「これに声を移すんだ。」

不二は録音した後、再生ボタンを押した。

『これに声を移すんだ。』

携帯から声が流れる。国光が目を丸くした。

「不二の声がした。」
「そう、これが録音。」

国光はしげしげと携帯を眺める。

「不二の世界は不可思議なものが多いな。」
「八百年先の世界はみんなこうなんだよ。」

ちり、と胸に痛みが走る。それを振り払うように明るく言った。

「じゃあ、いくよ。国光のやりたいこと、しゃべって。」
「おれのか?」

国光が神妙な顔をした。

「なんでもいいんだよ。何度でも録音はやりなおせるし、国光が言っておきたいこととか、決めたこととか。」

緊張してる?と不二が笑うと国光が照れ笑いを浮かべた。それからしばらく何か考えていたが、よいぞ、と真面目な顔を向ける。はい、と不二は合図をして録音ボタンを押した。少し間を置いて、国光が口を開いた。

「御渡り様をおしいただき、榎本党が榎本だけで生きていけるよう力をつける。榎本の当主は生涯御渡り様に己を捧げる。たとえ死しても…」

国光の真っ黒な瞳がひたと不二を見つめた。

「当主の魂は御渡り様に、不二に捧げている。八百年たとうと、千年過ぎようとおれの魂はおぬしを求め、そして見つけだす。これからどんなに時を経ようと、おぬしはおれのものだ。」

不二が息を飲んだ。国光は不二の手を取る。携帯が滑り落ちた。

「もう一度言う。八百年たとうと千年過ぎようとおれの魂はおぬしを求め、そして見つけだす。」

忘れるな、と国光は静かに言った。

「これからどんなに時を経ようと、おぬしはおれのものだ。」

黒曜石の瞳の奥に揺らめく炎が見える。

「おれもおぬしだけのものだ…」

忘れるな、と国光は繰り返した。不二の指に押し当てられた唇が熱い。不二は目眩がした。国光の熱に全身を焼かれるようだ。その熱が体の奥に火をともす。

「国光…」

掠れる声で不二は国光の腕にもたれた。体の奥にともった火が全身に広がる。庭の方から何かを打つ鈍い音と悲鳴が響いてきた。ハッとしがみつく手に力が入った。国光が不二の体を支えて立ち上がった。耳元で囁く。

「遠乗りに連れてゆこう。」

黙って不二は携帯をポケットにいれると、国光に寄り添った。




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「殺してはならんぞ。御渡り様を侮辱いたした罪を骨の髄まで思い知らせよ。」

息も絶え絶えにひぃひぃと切れ切れの悲鳴を上げる代理人ら三人を国光は馬上から冷たく見下ろした。
不二を乗せ、片手でがっちりと支えている。棍棒を手にした忠興が大声で呼びかけてきた。

「殿ぉ、いずれへゆかれますや。」
「この者どもの穢れた悲鳴が御渡り様の御耳に入るも業腹、馬を走らせてくる。」

国光の言葉に郎党達がわっと沸いた。そうじゃそうじゃ、うぬらの泣き声なぞを御耳には穢れじゃあ、と口々にはやし立てる。

「叔父貴、後はまかせた。」
「おぅよ、叩きのめした後は、馬にひっくくって鎌倉の館へ放り込んでくれるわ。」

国光はハッと気合いを入れ馬腹を蹴った。ガッと蹄の音も高らかに馬が駆け出す。不二は国光に体を預けた。逞しい腕が不二の体を抱き込んでいる。飛ぶように馬を駆けさせた。田畑をこえ、山道を駆け上がる。ぴゅうぴゅうと緑色の若葉が通り過ぎた。激しい揺れに頭の芯が痺れる。国光だけが不二を包み込む確かな存在だ。

ふいに揺れが止まった。体がくらり、と傾くのを抱き留められ、そっと横たえられた。草の香りが濃い。ぼんやりと目をあげると、国光が馬を木に繋いでいるのが見えた。自分は草の上に寝かされているらしい。国光が歩み寄ってくる。

「くにみつ…」

まだくらくらする。不二は国光に手を伸ばした。国光が不二に覆い被さってくる。草の香り、そして国光の匂い、不二は国光の首に腕を巻き付けた。

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な〜にが「遠乗りにつれてゆこう」だ、このムッツリめ〜っ。ってことで、次は大人の方だけ入室してください。話の流れには関係ないので、そのまた次のファイルから読んで充分わかります。ごめんよ〜、一応、おとなコーナーだからねぇ、これ…しっかし、むっつりめ、ほんとーにお前はムッツリだな、国光よ〜。