本家と婚家の使者が相次いで怒鳴り込んできたのは二日後のことだった。

秀次と忠興は、言うべき事を伝えたらすぐに戻るよう指示されていたので、使いに出た翌日には館に帰ってきていた。その翌朝、まず三浦の使者が、半刻ほどして鎌倉にいる婚家の代理人が血相を変えてやってきたのだ。

朝から国光は使者との応対に手をとられていたが、不二の日常は変わりなかった。変わったことといえば、人目がなくなるとすぐ国光にキスされることとか、この二日、湯を浴びるときに国光が挑んできて困ったことくらいだ。不二は思いだして赤くなる。体が痛いという不二を気遣ってか、入れはしないが濃厚な愛撫を施してくるのだ。夕べなど、不二の手に国光が手を重ねてきて一緒にイかされた。

んっとに、すぐ盛るんだからっ。

赤くなった顔をこすっていると、秀次が顔を出した。

「御渡り様、弓の稽古をなされますか。」
「あ、やる。」

直衣は動きにくいので、運動するときには青学のジャージか、国光の鎧直垂を借りることにしている。鎧直垂は動きやすいのでここ最近、不二のお気に入りだ。忠興が新しい鎧直垂をこしらえると息巻いていたが、不二はそれを止めさせた。ずっと榎本にいると決めたからには、余計な出費はかけたくない。納得しない忠興を今宥めているところだ。

「着替えるから秀次、お願い。」

不二はちらっと客間の方に目をやった。国光が本家と婚家の使者を相手にしている。大変だろうな、と不二は思う。だが、不二が出ていくところでもない。

「心配はござりませぬ。」

不二の内心を読んだように、秀次が言った。穏やかに笑っている。

「御渡り様、何の心配も無用でござります。」
「心配はしていないよ。」

不二はにこっと秀次に笑顔を返した。そう、心配などしていない。なぜなら…

「だって、あそこにいるのは榎本国光なんだからね。」

左様で、と秀次も頷く。

「あの殿でござりますからな。ところで御渡り様、」

弓の稽古や遠乗りの計画などを秀次と話しながら、不二は思った。

あぁ、これが僕の日常なんだ…

開け放した板戸の向こうにみえる空は晴れ渡っていた。





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昼を過ぎた頃、三浦本家の使者は埒があかないと判断したのか、いったん引き返すべく客間を出てきた。国光はとっくに客間を辞して、使者の相手は古参の郎党に押しつけていたが、帰り際くらいはと顔を出す。それにまた腹が立つらしく、本家の使者は憤怒に耐えぬ、といった表情をしていた。

上がり框のところで、使者は不二とはちあわせた。不二は弓の稽古が一段落したところだ。忠興と秀次が脇に控えていた。

「こっこれはっ。」

それまで肩をいからせ、不機嫌丸出しにしていた使者が、驚愕に目を見開いて不二を凝視する。

「もしやあなた様は…」
「ここにおわすは畏れおおくも御渡り様であらせられるぞ。」

忠興が脅すような大音声をあげた。使者は大慌てでその場に平伏する。不二はずるっと滑りそうになった。

なんだよ、その水戸黄門ばりの脅し文句。

頭が高い、ひかえおろう、と時代劇のセリフが聞こえてきそうだ。不二が脱力していると、使者は真っ青になって震えながら詫びはじめた。

「おっ御渡り様のおわしますとは露知らず、ご無礼申し上げました。ひっひっひらにご容赦のほどをねっ願いたてまつりまする。」

僕、何かしたっけ…

怯えて額を地面に擦りつける使者を不二はポカンと眺めた。使者の後ろにいた国光が悪戯っぽく不二に目配せする。それから重々しい声を出した。

「頭をあげられよ、御使者殿、御渡り様は慈悲深い神であられる。無碍に魂を取ったりはなさらぬゆえ、安心めされよ。」

はは〜っ、と使者はますます這いつくばった。
不二は得心した。以前、本家当主の弟を携帯で脅しつけたことがあったが、三浦ではその話が広まっているのだろう。この使者の怯えようからすると、尾ひれがついてとんでもないことになっているに違いない。えほん、と国光が咳払いをした。

「御使者殿、御渡り様がお清めくだされるそうだ。受けられるがよい。」

えええっ、僕っ?

不二は内心慌てた。

清めるって、清めっていわれてもっ。

国光を見ると、目で合図を送ってくる。

なっ何でもいいわけね…

要するに、「らしく」したらそれでいいらしい。不二は平伏している使者の傍らにたつと、そっと指先で使者の額に触れた。はじかれたように使者が顔を上げる。全開の笑顔でにっこりしてやった。その途端、使者は真っ赤になってぽぅっと不二に見惚れる。それから、大粒の涙をぽろぽろ零した。

「あっあっありがたき幸せ…」

不二はまたにっこりすると、上がり框に腰をかける。秀次がかいがいしく世話をやき、不二は自室へ戻った。しばらくすると、昼餉の膳を持った国光が部屋へ来た。

「国光。」
「不二、先程は助かった。これで本家の方はしばらく大人しいだろう。」

国光は膳を置き、不二の隣に座った。

「感激して泣きながら帰っていったぞ。今朝の態度と大違いだ。」

くっくっと楽しげに笑う。不二は目をぱちくりさせる。

「え、あんなのでいいの?」
「不二は榎本の神なのだからな。十分だ。」

不二は箸をもったまま、黙り込んだ。国光が怪訝な顔になる。

「不二?」
「あのさ、国光。」

不二はためらいがちに言った。

「こうやって僕、少しは役に立つかな。」

国光が目を見開く。

「僕はずっとここにいるけど、力仕事なんか出来ないし、戦とかあっても足手まといだし、その…役立たずなんだよね、でも…こういう感じで国光を助けられたらいいかなって…」

不二は言葉を続けられなかった。頬が直垂の胸元にあたっている。不二は国光に抱き込まれていた。

「おぬしはここに居るだけで価値があるのだ。」

真摯な声が降ってきた。

「おれだけではない。父上や叔父貴、秀次や他の者達にとって、おぬしはすでに心の支えになっている。」

抱きしめる腕に力がこもった。

「おぬしが居てくれれば、榎本はもっと強くなる。そしていずれは…」

国光は言いかけた言葉をふと、飲み込んだ。

「…そのうちにわかる…」

独り言のように呟く。

「…時期を待たねば…」

国光の瞳を厳しい光がよぎる。

「国光?」

胸がざわめいて不二は国光の名を呼んだ。はっと国光が不二を見る。それからふと表情を和らげるとちゅっと不二に口づけた。

「わっ。」

驚く口を国光はまた塞ぐ。舌を絡められて不二はうっとりなりかけたが、ハッと我に帰って慌てて離れた。

「まっまた真っ昼間からっ。そうはいかないよ、僕はお腹が空いているのっ。」
「…むぅ。」

国光は残念そうに眉を下げ、それでも素直に不二をはなした。

「ったく、油断も隙もない。」

不二は昼餉の膳を引き寄せ国光を睨む。

「しばらくお触り禁止っ。」

びしっと指を突きつけた。国光の顔に幸せそうな笑みが広がった。


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くらえっ、まだまだラブラブビームっ。国光、人目を盗んでセクハラにいそしんでます。や、これだからムッツリ男は…次は婚家のお使者殿撃退編?