ひょう、と矢が唸り軽快な音をたてる。ぱすっ、ぱすっ、と立て続けに矢が的を射抜いた。ががっ、と馬を返すと、国光は再び馬腹を蹴った。疾走しながら次々と矢を射る。放たれた矢は全ての的を正確に射抜いていった。

「すごい…」

不二は目を見張った。昨日設えた宴会用の座が清められ、不二はそこに座っていた。日よけの大きな傘がさしかけられ、隣には義秀が控えている。その先では、国光や榎本、和田の郎党達がいくつも立てられた的に向かって馬上から矢を射かけていた。

ぱすっ、という小気味いい音がまた響いた。武芸自慢の一門だけあって皆それぞれに技量が高い。その中でも国光は群を抜いていた。馬を駆るスピードも矢を射る早さも桁外れだ。しかもこれまで射た矢は全て的を射抜いている。

「すごい、国光。」

不二はすっかり興奮していた。義秀が満足そうに膝を叩く。

「うむ、見事。」

それから不二に言った。

「あれは太刀で切り結ばせましても強うござりまするが、なにより弓矢をよくいたしましてな。那須宗高殿も舌を巻く腕でござります。」
「え?扇の的の?」

那須の与一宗高は秀次の身内だ。以前、秀次が嬉しそうに話してくれたことがある。義秀は頷いた。

「戦時であれば大功をたて名もあげられましょうが、惜しいことでござりますよ。」

戦で名を馳せた男ならではの感慨だ。義秀は続けた。

「今朝、話をいたしました野伏せりの一団でござりますが、いや、野伏せりのふりをした武士団でござりましたよ。あれは榎本をつぶすためにまわされた輩でしたな。忠興のことがござりますゆえ、あまり話にのぼりませぬが、あの時の国光はたいしたものでござりました。」

痛ましさを滲ませながらも、義秀はどこか誇らしげだった。

「弔い合戦じゃと申して某も同道いたしましたが、いやはや、国光の戦ぶりは見事の一語につき申した。矢の届かぬと思われた所から次々と敵を射殺しましてな。崩れたところに榎本一党を率いて切り込み、一人残らず討ち取り申した。十三の国光にとっては初陣も同然、それが血を浴びることも恐れず刀をふるう姿は、流石勇猛で知られた一門を束ぬるに相応しいものでござりましたよ。」

義秀は満足そうに目を細める。不二の胸がちり、と痛んだ。初めて国光に会ったときの、野伏せりを切り伏せた姿がふと浮かぶ。血塗れの刀を振るい、平然と人を殺していた。だが、この時代に生きるとはそういうことなのだ。人の命はいかにも軽い。不二の倫理観ははるか未来のものなのだ。ぱすっ、と国光の矢が的を射抜く音が響いた。馬首を巡らせた国光がまっすぐに不二を見る。武具が日の光をはじき、馬上の国光は颯爽と海風を受けていた。

「…戦時でなくてよかった…」

不二はぽつっと呟いた。もう平家は滅んでいる。出陣して国光が死ぬおそれはないだろう。たくさんの人を殺すことも。

「ご心配召さるな。国光ほどの武者、戦があっても手柄をたてこそすれ、なんの心配もござりますまいよ。」

不二の言葉を、ただ国光の身を案じているだけだと受け取った義秀は、力強く言った。不二は曖昧に微笑みかえす。

「うん、そうだね、義秀…」

三十年ほど昔に平家は滅んだと言っていた。今が西暦何年なのか定かではないが、実朝が鎌倉殿だということは、承久の乱が遠からずあるということだ。国光も幕府軍の一員として戦に赴くのだろうか。榎本一党をひきいて、秀次も忠興も戦をしにいくのだろうか。ふっと、なにかが心の隅に引っかかった。

承久の乱の前になにか、なにかなかったか。何かで読んだような…

「伯父上。」

突然間近で声がした。目の前に国光が立っている。馬は秀次にあずけていた。

「伯父上もなされませぬか。皆が喜びまする。」

国光は濃緑の鎧直垂に青海波の射籠手を身につけている。凛々しい若武者ぶりに不二は一瞬目を奪われた。

「おぅ、久しぶりに皆と競ってみようか。」

義秀が立ち上がった。もともと参加するつもりで、すでに鎧直垂は身につけている。和田の郎党が山吹色の射籠手やえびらを持って駆け寄ってきた。

「おれはここで拝見いたしましょう。後で太刀の相手をお願い申しあげる。」
「おぅおぅ。どれほど腕があがったかみてくれようぞ。」

野太い声で威勢良くいらえを返すと義秀は自分の馬の手綱をとる。国光はかけてぶくろを外しながら不二の隣に腰を据えた。不二はなんとなくドギマギしてくる。常々、馬に乗る姿をかっこいいと思っていたが、矢を射る国光は惚れ惚れするほど姿がよかった。しかもあの腕である。不二はぽぅっとその横顔を見つめた。不二の視線に気づいた国光は、ん?と首を傾げた。

「不二?」
「うわっ、はっはははいっ。」

我に帰って慌てる不二に、国光はふっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「なんだ、惚れ直したか?」
「なっ…」

図星だったこともあり、不二は真っ赤になった。

「見惚れるほどよい男ぶりであったろう。」
「ばっばっかじゃないのっ。」
「はっはっ、照れるな。」

国光は楽しそうに笑い声を上げた。すっかりいつもの調子である。不二は赤くなったまま国光を睨んだ。

なんだよ、昨日までは可愛く殊勝だったくせ。

ぱすっぱすっと軽快な音が響き、郎党達がやんやと囃す声がした。義秀が矢で的を射抜いている。

「伯父上は膂力があられるからな。弓も他より強いものを使われる。」

国光が感心したように言った。

「伯父上は弓よりも太刀のお強い方だからな。手合わせしていただくのがおれの励みだ。」

いくさ場で数々の戦功をあげた伯父にはやはり憧れるのだろう。不二に向かって嬉しそうに言う。不二はそっと国光の手に自分の手を重ねた。国光が少し驚いた顔をして、それから幸せそうに破願する。不二も微笑み返し、それから弓矢を射ている皆の方へ目をやった。和田と榎本の郎党同士で勝負になっているようだ。さっきから心に引っかかっていた何かを不二はいつのまにか忘れていた。

☆☆☆☆☆☆☆
勉強はしておくものだよ、不二く〜ん。え〜、 今回、不二君、国光に惚れ直す編でありましたっ。国光、弓矢の天才ってか。一つも的をはずさないなんて、ありえねぇって(なら書くな)ええいっ、らぶらぶび〜むだ、まいったかぁっ…うぉっ(蹴飛ばされた)