ふっと意識が浮上した。ちゅんちゅんと鳥の声が聞こえる。

もう朝…?

温もりが自分を包んでいる。不二はそれに頬をすり寄せた。

気持ちいい…

大きな手が髪を撫でている。再び睡魔に襲われて、うとうとしはじめた不二は、ハタと気づいた。

あれ…?

しぱしぱする目をあける。不二は白い夜着を身につけた胸の中にいた。

「目が覚めたか?」

声に目をあげると、国光の黒い瞳とぶつかった。ひどく優しい光を宿している。国光は不二を抱いて横になっていた。髪を梳いてくれていた手も国光だ。

「国光…」

不二は国光の腕の中で身じろぎした。その途端、体の奥がずきん、と痛む。

「あたっ。」

筋肉痛とも違う、経験したことのない痛みに不二は呻いた。あたたた、と顔を顰めていると、国光が心配顔でのぞき込んできた。

「辛いか?その…すまぬ…」
「あたた…え?何で君が…」

そこまで言って、不二は突如痛みの原因に思い至った。昨夜のことがまざまざと脳裏に蘇る。

「あ…」

ぼん、と耳まで赤くなった。国光が困ったようにまた言った。

「だから、すまぬ…と。」
「わぁぁぁっ、言うなーーっ。」

がばっと体を起こしたはずみに激痛が走った。

「っっっっっ」

四つんばいのまま不二は固まる。

事後にこんなオプションがついていたなんて…

国光が申し訳なさそうに腰をさすってくれた。それすらも情けない。

「今日は弓も馬もやめておけ。その…響くであろうから…」

くっそーっ、誰のせいだと。

そろそろと力を抜いて座り直した不二はぎっと国光を睨みあげた。だが、当の国光はとろけそうな顔で不二を見ている。うっとりと国光が口づけてきた。柔らかく唇が重なる。触れるだけの口付けのあと、国光は親指で不二の唇をなぞり微笑んだ。その顔を見ると、もう腰が痛いのもどうでもよくなってくる。国光はもう一度、軽く不二の唇にふれると立ち上がった。

「朝餉の支度をさせよう。」

白い夜着を着て立つ国光を後ろから射し込んだ朝陽が照らした。春の陽が端正な顔に柔らかな陰影をつける。国光は穏やかだった。凪いだ春の海のようだと不二は思う。そして、国光にゆったりとした風情が生まれたのは間違いなく自分の影響なのだと思えた。嬉しかった。国光の側を選んでよかったと心底感じた。

「国光。」

自然と不二の口から言葉が零れた。

「好きだよ、国光。」
「う…うむ…」

国光は狼狽えたようにもごもご返事をして部屋を出ていく。後ろから見える耳が真っ赤だった。幸せな気持ちで不二は国光の後ろ姿を見送り、それから身支度を整えるために立ち上がろうとした。その途端、ずきん、と痛みが走る。呻きながら不二はまた座り込んだ。

絶対インターバルおこう。エッチは週一だ、週一っ。

畳に座り込んだまま、不二は固く決意する。海風が柔らかく不二の頬を撫でていった。




☆☆☆☆☆




「おぉ、おぉ、これはまたようお似合いじゃ。」
「それがしが選び申し上げた赤地錦には及ばぬがの。」
「なんじゃとぉっ。」
「御渡り様には何をお召しになられても美しゅうござるわ。」

御渡り様と一緒に朝食をとるという栄に浴するべく、朝っぱらから部屋へ押し掛けてきた義秀と忠興は、相も変わらず張り合いはじめた。不二は義秀と競い合うように忠興が選んだ緑地錦の直衣を身につけている。くすくす笑いながら畳の上にゆったりと座っていた。

「元気だねぇ、二人とも。夕べは遅くまで飲んでたんだって?」

脇息にもたれた姿が妙に艶っぽく、義秀と忠興はしばし口をつぐんだ。単に体のあちこちが痛んで動きが緩慢になっていただけなのだが、傍目にはそれが不思議な落ち着きと艶やかさに映っている。

「僕なんて、もうしばらくお酒はいいって気分だよ。」

ついでにエッチも、と心の中で呟いた。酒もセックスもその時は気持ちいいが後が大変だ。覚えのあるこの頭痛は明らかに軽い二日酔いのせいだった。

「不二、薬湯だ。」

国光が部屋へ入ってきた。続いて秀次と若い郎党が朝の膳を運んでくる。

「あ、あの苦いやつ?」

顔を顰める不二の傍らに国光は腰をおろした。すっと不二の体に手をまわし、抱き寄せるようにして薬湯の椀を不二に渡した。不二も素直に国光の胸に納まる。

「ひどく痛むか?」
「ううん、大丈夫だよ。」

薬湯の椀に口をつける不二の体を国光は支えてやる。

「苦い…」
「我慢いたせ。」
「気軽に言ってくれるよね。」
「そう怒るな。」
「怒るよ、自分ばっかりすっきりした顔しちゃって…」

文句を言いつつ不二がふと周りを見ると、膳をしつらえていた秀次と若い郎党が目の前でぱかり、と口を開け動きを止めている。忠興と義秀も言い合いをやめ、まじまじと自分達を見ていた。

「え?なっ何?」

きょとん、と不二は首を傾げた。

「何だ?」

国光も怪訝な表情で顔を上げる。

「ごっご無礼つかまつりましたっ。」

秀次が慌てて仕事を再開した。若い郎党は真っ赤な顔で俯き、せっせと手を動かし始める。焦るあまり食器をぶつけ、秀次にたしなめられた。その秀次も白湯を零しそうになって、一人あたふたしている。忠興も居心地悪げにごにょごにょと言った。

「いやその…御渡り様にはなんぞござりましたかな。」
「あ〜、善きかな善きかな。」

忠興の言葉を制し、義秀が意味ありげに顎を撫で笑った。忠興が顔を顰める。

「義秀殿、何を一人納得しとる。」
「おぬしのごとき武骨者にはわからぬであろうなぁ。」
「えぇい、まわりくどいわっ。はっきりせぬかいっ。」
「こ・と・わ・る。」
「お二方とも、膳が整いましてござりまするぞ。」

むがーっ、とにらみ合いをはじめた二人を秀次が呆れながら止めた。それから、懐から書状を出し国光に差し出す。

「今朝方、使いが参りまして、本家より至急返事をとのことでござります。」
「今でなくてもよかろうに。」

渋い顔をする国光に秀次が困り顔で言った。

「されど殿の婚儀に関することゆえ、直ちに返事を持ち戻りたいと使いの者が控えておりますれば。」



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そうです、国光、結婚するはずなんです。忘れてた?忘れてたでしょ。や、ここは塚不二サイトでラブラブハッピーサイトなのであります、ゲロゲ〜ロ。