「朝比奈の伯父上がおいでになられたそうだ。」

国光が廊下から不二へ振り向く。

「出迎えてまいる。」
「あ、待って待って、僕も行く。」

慌てて不二は起きあがった。義秀にあうのは十日ぶりだ。不二はあの豪傑が好きだった。丁度、義秀の見立ての赤地錦で拵えた直衣を着ている。その礼も言いたかった。





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庭にでてみると、大騒ぎだった。今回、義秀は十数人の供回りをつれていた。いつも数名の郎党を連れるだけで榎本へ駆けていたことを考えると、仰々しい数だ。義秀は国光と不二の姿を認めると、大きく破願した。

「これは御渡り様、今日もまたお美しゅうござるなぁ。」

それから、不二が着ている直衣に気づくと、ますます上機嫌になる。

「おぉ、やはりわしの見立てに間違いないわ。ここに忠興がおらぬのが残念じゃ。」

ライバルに自慢したい、というのがありありだった。国光が呆れたように肩を竦める。

「大人げのうござりましょう、伯父上。」
「なんじゃ、国光、おったのか。」
「おれのことは目に入っておられませなんだな。」
「拗ねるな、可愛い甥御を忘れるわけがなかろう。」
「呆れておるだけでござる。」

二人のやりとりに不二は吹き出した。忠興のときといい、本当に彼らは仲がいい。笑っている不二に義秀が嬉しそうな顔を向けた。

「御渡り様、よい土産をお持ちいたしましたぞ。」

指さす方を見やれば、立派な猪が丸太に吊されている。首に傷があり、血抜きされていた。

「すごい、大きいっ。」

不二は目を丸くして猪の側に寄った。和田の郎党達があわあわと平伏する。神様を間近に見るのは彼らにとってまだ畏れおおいのだ。だが、すっかり猪に気を取られた不二は、郎党達を立たせてやるのもわすれて獲物に見入った。

「僕、こんなに近くで本物の猪見たの、はじめてだよ。」

手を伸ばして毛を撫でてみる。

「結構固いんだ、猪の毛って。ブタ毛の歯ブラシってあるけど、猪もいけちゃうね。」
「はぶらし…と仰せらるるは…?」

きょとんとする義秀に国光が笑った。

「伯父上、海神様の世界の話でござりましょう。」

それを聞いた和田の郎党達はますます畏まる。だが、榎本の郎党達は心得たもので、口々に不二に話しかけた。

「御渡り様、この大猪、丸焼きにいたしますぞ。」
「毛を焼いてから詰め物をいたしまする。楽しみにしてくだされませよ。」

わいわいと騒ぐ榎本の郎党達に義秀が目を剥いた。

「なんじゃ、わぬしら、不敬であろう。かように馴れ馴れしゅうするでないっ。」

義秀の一喝に郎党達が縮み上がった。だが、不二自身が取りなした。

「いいんだ、義秀。僕、みんなと色んなことするのが楽しいから、いつもは平伏したりしないよう頼んでいるんだよ。」
「そういうことだ、伯父上。」

国光もどこか楽しそうだ。義秀はむむっ、と唸ったが、それきり何も言わなかった。国光は郎党達に指示して、大きなたき火の準備にかからせた。秀次が側へ駆け寄ってきた。

「義秀様、支度にまだかかりましょうから、中で湯などあがられてはいかがでござりまするか。」

国光も頷いた。

「そうだな。そうなされよ、伯父上。」

それから、あちこち猪を突いている不二に呼びかけた。

「不二、焼き上がるまで時間がかかる。館へはいってはどうか。」

だが、不二はもう猪料理の準備に夢中だった。

「えぇっ。」

素っ頓狂な声で返事をする。

「嫌だよ。ここで見たいから、僕にかまわないで。」
「………」

国光と秀次は顔を見合わせた。不二の目が煌めいている。こんなとき、何を言っても無駄なのだ。義秀がまた嬉しそうな顔になった。

「御渡り様、お気に召されましたか。ならば庭に床几を並べさせましょう。義秀が猪を狩った話などお聞かせいたしましょうぞ。」

それから側にいる榎本の郎党をつかまえて命じた。

「御渡り様に床几を持て。いや、天幕を張り座をしつらえよ。夕刻には焼き上がろう。宴の用意じゃ。」

郎党は一礼すると、きびきびとした動作で駆け去った。すぐに数名の郎党達が座の用意を始める。義秀は国光の背をばしばし叩いて豪快に言い放った。

「国光、猪で飲もうぞ。今宵は宴じゃ。」

上機嫌の義秀は、早速不二の手をとって猪の側へいき、あれこれ説明を始める。国光は渋い顔でそれを見やったが、しかたなく宴の支度の指示を出しに館へ入っていった。苦笑しながら秀次がそれに続く。不二が猪狩りの話を聞いているうちに盛大な焚き火がおこった。和田の郎党達が猪をそれに投げ込む。不二は驚いて目を瞬かせた。

「毛を焼き切っておるのでござりますよ。」

義秀が言う。直火で焼き切らないと口触りが悪いのだ。榎本の下人達が野菜やおおびるをざるにいれて運んできた。竹の皮で包まれた米も運ばれた。毛を焼き切った猪をとりだし、腹を裂いて内臓を出す。不二には珍しいことばかりだ。下人達は不二の目の前で作業できることが嬉しいらしく、にこにこと機嫌良く立ち働いていた。内臓が全てとりだされると、野菜やおおびる、竹皮で包んだ米が中に詰められた。腹と肛門を縫い合わせていく手際に不二は感心した。

「御渡り様には、猪は初めてでござりますか。」
「食べたことないよ、こんなの、初めて見る。」

頬を紅潮させて答える不二に、義秀はひげ面を扱いて相好を崩した。

「美味にござりますぞ。腹に詰めた米がまた格別でござります。おおびるをたんと入れましたゆえ、楽しみにしてくだされませよ。」

郎党達が焚き火の上に丸太を組んでいる。今度は吊して焼くのだそうだ。

「強い火で焼きますと、中まで火がとおりませぬ。じっくりと焼くのでござります。」

座が設えられるまで、不二は床几に腰をかけて義秀の話を聞いた。狩りのこと、弓矢のこと、山の獣のこと、山の民のこと、興味はつきない。宴の支度が整い、後は猪が焼き上がるのを待つばかりとなった頃、忠興が帰ってきた。

「なんじゃあ、何事じゃあ。」

大音声で呼ばわりながら庭に入ってくる忠興に、義秀が答える。

「この義秀が御渡り様の御無聊を慰め申しあげておるのよ。」

これみよがしに義秀は不二の肩を抱く。忠興がむぉっと唸った。

「こりゃ、義秀殿、無礼がすぎよう。」
「なんの、御渡り様のお許しあればこそよ。」
「義秀めが、戯れ言を申すわっ。」
「えぇい、わぬしが何を言うっ。」

強面の武者二人に挟まれた不二は、思わずわ〜っと悲鳴を上げる。

「いい加減になされよ。」

そこへ国光の声が割って入った。

「伯父上、御渡り様は昼にも少し召し上がられまする。」

国光は不二の手を取って引き寄せた。

「伯父上は忠興叔父とここで飲みながらお待ち下され。ただいま、酒を運ばせましょうほどに。」

仏頂面のままそう言うと、国光は不二を館に引っ張っていった。義秀と忠興はぽかん、とその後ろ姿を見送っている。郎党が酒の瓢と杯を二人の前に運んできた。不二が振り向くと、二人はまた、何か言い合いをはじめながら早速酒を飲み始めていた。国光はずんずんと不二を引っ張り、部屋へ入る。不二の部屋にはすでに昼の膳が用意されていた。

「別にあそこで食べてもよかったのに。」

不満そうに不二が言うと、国光はますますむっつりとなった。

「焼き上がるまでにまだ二刻ほどかかる。」
「だから、外で待っていたかったんだってば。」

むっとして不二が言い返すと、国光はぷいっとそっぽを向いた。

「…おれは不二と二人でいたい。」

ぼそり、と国光が漏らす。

「え…?」

思わず不二は国光の顔を見つめた。

もしかして、やきもち…?

かか〜っ、と顔に血が上った。赤くなった顔をごまかすように、不二は昼の膳に向かう。

「ばっバカだね、国光。」
「…悪いか。」

赤くなったまま、不二は黙々と昼餉を食べる。国光も耳まで赤くして、黙って不二の側に座っていた。

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ラブラブです。とりあえずラブラブ。本格的ラブシーンにむけてGOGOっ(なんじゃそら)猪料理は調べたんだよ、大変だったんだよ(って、自己申告すなっ)