足の下に冷たい床を感じる。不二はゆっくりと目を開けた。殺風景な部屋の中だ。灰色の長机とパイプ椅子の並んだ部屋、カーテンのないアルミサッシの窓から白い光が射しこんでいる。

この部屋…たしか前…

見覚えがあった。最初に帰ったときに来たのだったか、警察署の一室だと思った部屋だ。

「周助…」

名前をよばれて、不二は飛び上がった。啜り泣くようにまた名前を呼ばれる。声の方へ振り向いた。

「周助…」
「…かあさん…」

パイプ椅子に腰掛け、姉の由美子と母親が泣いていた。弟の裕太が沈痛な面持ちで立っている。

「周助…周助周助…」

身を裂かれるような悲しい声だ。

「しゅうすけ…」

身も世もなく母親はむせび泣く。由美子は声を押し殺し、それでも肩の震えを止められない。

「アニキ…バカアニキ…どこ行っちまったんだよ…」

裕太が呻いた。いつもは明るくて笑ってばかりいる母と姉が、憎まれ口しか叩かない弟が、悲嘆にくれている。不二は思わずかけよった。

「かあさん、ねえさん、僕はここだよっ。」

薄い膜に隔てられ、触ることが出来ない。

「裕太っ、こっちを見て裕太っ。」

それでも必死で手を伸ばす。温かい。母や姉や、弟の体温を確かに感じることが出来る。それなのに、皆、不二に気づかないのだ。ひどい、そんなのはひどい。

「母さん母さん、姉さん、僕の声、聞こえないのっ。」

僕には聞こえるのに、姿だって見えるし、ぬくもりだって感じられるのに、どうしてここに自分がいるとわからない。

「母さん母さんっ、こっち向いてよ母さんっ。」

ぽろぽろ涙が溢れる。母親の肩を掴んで揺すっているつもりなのに、どうして何も起こらないのだろう。

「母さんっ。」

ふっと泣いていた母親が顔を上げた。

「…しゅうすけ…?」

辺りを見回す。

「周助?」

母親の様子に気づいた二人も回りを見回した。母親が椅子から立ち上がる。

「周助?周助の声が…」

不二は驚きに目を見開いた。何かを探すように母親が自分に手を差し出してくる。

「周助?どこ、周助?」
「母さんっ。」

不二は悲鳴のように声をあげた。母親に向かって不二も手を伸ばす。だが、その手が触れ合うことはない。

「かあさんっ」

ぐらっと部屋が歪む。浮遊感、白い光。

「母さん母さん母さんっ。」

母親の声が遠くなる。

しゅうすけ…

「いやだっ、かあさーんっ。」




また薄暗い部屋の中だ。板戸を立てた、榎本の館の中だ。

「あぁ…母さんっ。」

不二は顔を覆って慟哭した。

「母さんっ。」
「不二っ。」

突っ伏しそうになった体を誰かが抱きとめる。

「あぁぁっ。」
「不二…」

泣きくずれる不二を抱きしめる腕。

「かあ…さん…」

不二は自分を包む腕に縋った。

「かあさん…かあさん…」

きつく抱きしめられた。頬の涙を優しく吸われる。

「不二…不二…」

何度も何度も、低く柔らかく不二の名前を呼ぶ声、その声に包まれていると身を裂かれるような痛みが和らいでくる。不二はしゃくりあげながら、温かい胸にしがみついていた。


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揺り戻し激しくなってます、不二君、ど〜するっ。国光、どさくさに紛れてほっぺチュー、こいつめ〜(って違うだろー)