朝食を終え、しばらくたっても国光の帰ってくる気配はなかった。
どこまで行ったんだか。
不二は食後に、鎌倉土産の菓子を白湯と一緒に運ばせていた。黒塗りの高杯にのせられた菓子をつまみながら、不二の口元に自然と笑みが浮かぶ。
あんなにムキになっちゃって…
小和賀の殿様のたわむれに、本気で怒って芹まで摘みにいってしまった。あれが恋の歌だったからなのだろう、自惚れでなく、不二にはそれがよくわかった。そして、そんな国光の気持ちがいやではない。むしろ、嬉しいと感じている。
ポケットの中の鈴がまたころん、と鳴った。不二はポケットの上から鈴に触る。反対側のポケットには、携帯とミルクキャンディが入っていた。国光のために一つだけ残していたミルクキャンディ、気まずくなって渡す機会を逸していたが、今日、渡してみようか。芹を摘んできてくれたお礼に、と言って今日、渡してみようか。不二は反対側のポケットからミルクキャンディを取り出した。
喜ぶかな、国光…
射し込む日の光を反射して、キャンディの包み紙がキラッと光る。キャンディを取り出したときはみ出した携帯が、ことりと音をたてて床に落ちた。
えっ…
ぐらっと視界が歪む。足元がなくなる浮遊感、周囲の音が消える。
また…
不二がハッと体を強張らせた瞬間、真っ白な光に全身が包まれた。
ふっと意識が戻ってくる。三度目だ。流石に不二は、冷静に周りを見回すようになっていた。足に冷たい床の感覚がある。二度目に帰ってきたときよりも感覚が鮮明だ。消毒液の匂いがする。病院だ。誰かの病室、目の前にベッドがある。夢で見たのとおなじ部屋だ。
そうじゃない、最初に戻ってきた時がこの部屋だったんだ…
だったらここは手塚の病室だ。不二はベッドに歩み寄った。そこにはやはり手塚がいた。薄青い病院のパジャマを着て、点滴の管を腕に差した手塚が静かに眠っている。今は誰もいない。静かだ。点滴の落ちる音と、廊下を行き来する人の話し声だけが時折響いてくる。不二はじっと手塚を見つめた。ひたひたと胸に切ないものが押し寄せてくる。
「手塚…」
不二は想い人の名を呼んだ。手塚は目を閉じている。
「手塚…手塚…」
出来ないとわかっていても、不二は手塚に触れたいと思った。手塚の温もりを、手塚がちゃんとそこにいるという証を感じたかった。
「ねぇ、手塚…」
胸が痛い。
「手塚…ねぇ、目を開けて、手塚…」
そして僕を見て、僕の名を呼んで、不二、と。
祈るように不二は呼びかけた。もし今、手塚が目を開けてくれたら、自分を見つけてくれたら、このまま元の世界に戻れるような気がする。
「手塚、手塚、目を覚ましてよ、手塚。」
手塚は眠ったままだ。点滴の音だけが静かに響くシンとした部屋。
「手塚、手塚ってば。」
不二はたまらなくなった。思わず手塚の肩に手を伸ばす。
え…?
☆☆☆☆☆☆
ここで切るか、ここでっ(こればっか)いや、ちょお忙しかったんじゃあ、続きはまた明日〜〜