その夜、不二は夢を見た。フワフワと漂う感覚、足が地についていない。夜空には明るい満月が輝いている。


あぁ、夢か…


夜風に身をまかせながら、不二はぼんやりそう思った。


夢か…


不二はいつしか、白い部屋に立っていた。青白い月明かりが窓から射しこんでいる。どこかで見たような部屋だ。ふと、前を見ると、白いベッドに誰かが寝ている。青い病院のものらしいパジャマを着て、白い布団を胸まで掛けている。

誰?

不二はそっと近づいた。濡れたような黒髪に端正な面差し。

誰…?

月の光に照らされたその顔をのぞきこんで、不二は息が止まりそうになった。


国光っ。


不二は縋りつくようにベッドに取り付いた。

「国光っ、国光っ、どうしたの国光っ。」

国光は目を覚まさない。ぴくりとも動かない国光の顔を月明かりが青白く照らす。

「国光、ねぇ、具合悪いの?国光、国光っ。」

まるで死んだ人のよう。もう、死んでいる人のよう…

「起きてよ、国光っ。」

不二の胸が切り裂かれるように痛んだ。涙が出てくる。

「国光、国光、」

不二は手を伸ばした。パジャマをぐっと握り締める。確かな布の感触、ぼろぼろ涙があふれる。国光が死んでしまったらどうしよう。

「国光っ。」

悲鳴のようにその名を叫んだ不二は、ハッと目を開けた。辺りは真っ暗だ。平仄のわずかな光が部屋の隅で揺れている。

「ゆめ…」

不二はほっと力を抜いた。天井を見上げたまま呟く。

「へんな夢。」

いっぺんに色々なことがあったから、疲れているのだ。だから妙な夢を見た。

だいたい、国光がパジャマ着てたし…

「へんな夢…」

もう一度呟いた不二は、ふと、自分が何かを握り締めているのに気づいた。顔を横に向け、不二は今度こそ心臓がひっくり返りそうになった。目の前に国光の顔がある。正確には国光の寝顔がある。国光は直垂のまま夜具も敷かず不二の隣で眠っていた。

うそっ。

そして自分は国光の直垂をしっかり握り締めている。不二はそのまま真っ赤になって硬直した。

いっいつから僕、握ってたんだ?

夢で国光のパジャマを握った時感触があったのは、実際に直垂を握ったからだったのか。小さな子供じゃあるまいし、国光に知られたらこれは恥ずかしい。なにより、またからかわれるに決まっている。国光が目を覚まさなかったのをこれ幸いに、不二はそろそろと指をはずそうとした。力を込めて握っていたせいか、指がこわばっている。そっと国光を起こさないよう指をはずし、手を引っ込めようとする。

「…む…ぅ」

国光がわずかに身じろいだ。びくっと不二は手を止めた。

「…不二…」

国光の手が引こうとした不二の手に重ねられる。目を閉じたまま国光がぼそりと言った。

「だいじょうぶだ…ふじ…」
「…国光…起きて…え?」

目を見開いた不二の目の前で、国光はスースーと寝息を立てている。

「…寝言…」

ポカンと不二はその寝顔を見つめた。国光は不二の手を握ったまま眠っている。起きた気配は微塵もない。

「やっぱり寝言…」

ほうっと不二は息をついた。それからだんだん可笑しくなってくる。

「ばっかだなぁ、こんなに疲れてるのに…」

重ねられた手が温かい。

「疲れてるくせ、人の心配ばっかり…」

胸の中に熱いものが流れ込んでくるような感じがして、不二は目をしばたたかせた。

「ばっかだなぁ…くにみつ…」

不二は国光の方へ体を少し寄せた。すぅすぅと寝息が聞こえる。不二は微かに微笑むと再び目を閉じた。

☆☆☆☆☆☆☆
いや、フツー病室にいたら手塚とおもうでしょう、不二君。(って、オレが突っ込んでどうするよ)