「はて、殿には喧嘩をなされておるとばかり思うておりましたが、秀次めの勘違いでござりましたか。」

にんまり口元を上げる秀次に、国光は苦虫をかみつぶしたような顔をした。不二はその様子を笑いながら眺めている。手の上では土鈴がころんころんと音をたてていた。

「お察しいたしまするが、殿、旅の埃も落とさねば、御渡り様に嫌われてしまいましょう。」
「…わかっておる。」
「食事もお済みになっておりませぬ。」
「わかっておるというに。」

むすっと国光は立ち上がった。秀次はにこやかに不二に向かって一礼した。

「御渡り様、ただいま湯の支度をさせておりまする。しばしのお待ちを。」
「秀次、着替えはおれが用意する。」

間髪いれずに国光が言った。秀次は一瞬、驚いたように国光をみつめたが、すぐに得心したという表情を浮かべる。

「なれば殿、御渡り様のお使いあそばされたお湯は下げぬよう、命じておきましょう。」

国光は廊下に踏み出しながら、ちらっと不二を見た。

「…一日馬を駆けさせて埃まみれだからな、他意はないぞっ。」
「わかってるよ。」

子供のようにムキになるのが可笑しくて、不二はくすっと笑った。

「それより、はやく食事すませてくれば。お腹すいてるんでしょう?」

ころんころん、と鈴を手のひらで転がしながら、不二はにこっと国光を見上げる。国光はどこか狼狽えたように目を泳がせると、秀次を従えて部屋を後にした。

ころんころん…

鈴が柔らかい音をたてる。先程とうって変わって、一人になっても寂しさを感じなかった。なんだか胸の奥からほかほか温かくなってくる。

僕も結構、現金だよね。

不二は鈴を目の前に持ち上げて振ってみた。つたない筆で描かれた子供の顔が揺れ、ころんころん、と鈴が鳴る。

「似てないよ〜。」

くすくす笑いながら、不二は鈴の顔を突っついた。にこにこ顔が揺れて鈴が鳴る。

ころん…

その時、ぐにゃり、と部屋が歪んだ。足下が消える浮遊感、真っ白い光に辺りが包まれる。

「うわっ。」

不二は思わず手をかざした。まばゆくて目が開けられない。しばらくして、足下の感覚が戻ってきた。目をつぶったままの不二の頬をひんやりとした風が撫でていく。

…え?

目を開けると、不二は海沿いの道路に立っていた。明るい陽光が降り注いでいる。きらきら光る海辺は見覚えのある風景だ。

何…?

自分は館の中にいたはずなのに、しかも日はとうに暮れて、月が出ていたはずだ。半月が…

ぶぉっ、とうなりをあげて、不二の横を車が通りすぎた。足下を見ると、アスファルトの道路だ。

僕…帰ってきた…?


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いや、こういうところで切るかね(鬼)次ぎ行くぜ、ベイベー