「何をやっておったのだ。留守番ひとつ満足にできぬか、情けないっ。」

憤懣やるかたない忠興の前で、秀次はじめ郎党達はただひたすら恐縮していた。

「皆がんばってくれたんだよ、忠興。」

困ったように不二が取りなす。が、忠興は更に吠えた。

「御渡り様、このうつけめらにお気遣いは無用でござりまする。」

大殿がおられなんだらどうなっておったことやら、と歯がみする。その忠興の腕に不二はさりげなく手を置いた。

「忠興。」
「…むむぅ…」

こうなると流石に忠興も吠え続けるわけにはいかない。気をおさめ、不機嫌に唸った。

「ええ、うぬらの間抜けぶりにも腹は立つが、何より三浦のえげつなさよ。」

国光は難しい顔で黙っている。と、つぃっと廊下に上がった。秀次が慌てて足盥を持ち上げる。

「とっ殿、盥を…」
「後で良い。」

素っ気なく言い捨てる。それから土間に膝をついている秀次を見下ろした。

「おれは父上に子細を伺ってこよう。おぬし達はこれまでどおり、館の警護にあたれ。和田と小和賀に使いをやる。秀次、二名選んで出立の準備をさせよ。」

鋭く下知を飛ばす。そしてくるりと背を向けた。

「叔父貴は御渡り様を部屋へ。」

振り向かずにそれだけ言うと、足早に歩み去る。不二はその背中をみやった。

国光…

国光は秀次の話がはじまってから、一度も不二を見ようとしなかった。胸がキリキリと軋みをあげる。国光が帰ってきて、本当はすごく安心したのだ、顔を見たら泣きたくなるほど嬉しかったのだ、それなのに…

不二はきゅっと唇を噛みしめる。

このまま国光とは、すれ違っていくのだろうか…

「御渡り様。」

忠興が気遣うように呼びかけてきた。

「もう何も心配はござりませぬぞ。この忠興がついておりまする。そのようなお顔をなされますな。」

忠興は不二がまだ不安がっていると思ったらしい。何度も力づけるように頷いてみせた。不二の口元に笑みが浮かぶ。この武骨な男は本当に優しい。

「ありがとう、忠興。」
「なぁに、この忠興めに万事おまかせあれ。」

ドン、と胸を打つ子供っぽい仕草に、不二はクスッと笑みをこぼした。

「うん、僕は大丈夫だよ、忠興。」

胸の痛みをはらうように、不二は大きく深呼吸した。

「僕は大丈夫。」

ふわりと笑って先に立つと、忠興と荷物を抱えた郎党達が急いで後に続いた。部屋へ着く前から忠興が土産自慢をはじめる。それに相づちをうちながら、不二は言いようのない寂しさを味わっていた。

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忠興に怒られると、マジ怖いと思います。あの人、荒武者タイプだから。さ〜て、サクサクいけーーっ。