結局、義秀、忠興、国光まで酔いつぶれて床にひっくり返ってしまった。酒も食事も喉を通らなかったらしい秀次が郎等達をよび、後の始末をいいつける。つぶれた三人を移動させるのは骨なので、そのまま郎等達は夜着をきせかけていた。秀次は不二に申し訳なさそうな顔をした。

「御渡り様、お疲れにござりましょう。ただいま湯の支度をさせておりますゆえ。」

そう言いつつ、ひょうそくを持って部屋まで先導した。部屋ではすでに衝立がたてられ、白い寝間着と熱い湯の張られた大盥が用意されていた。

「ありがと、秀次。」

不二は衝立の中に入る。酒こそ飲まなかったが大笑いして騒いだので結構疲れていた。秀次は別の意味で疲れたらしく、憔悴した表情をしている。それでも律儀に縁の隅に畏まって控えた。ジャージを脱ぎ、湯に浸かる。じわっと温かさが体にしみた。

そろそろ着替えたいな…

五日くらい着替えなくても板東武者達は平気らしいが、不二はやはり気になる。毎日弓の稽古で汗を流すので余計に着替えたい。ちゃぷちゃぷ湯を混ぜながら不二はため息をついた。

にしてもなぁ…

一人、仏頂面で酒を呷っていた国光を思いだした。結局義秀、忠興の三人で盛り上がり、国光をのけものにしたような感じになった。義秀達にからかわれて青くなった秀次を面白がったのも確かである。

やっぱちょっとマズかったよなぁ…

湯の中で密かに不二は自己反省した。少なくとも、秀次には、嫌な思いをさせたと謝りたい。その時、秀次がおずおずと声をかけてきた。

「御渡り様…」
「え?あ…秀次…」

生真面目な秀次は、身の回りの世話以外、めったなことでは不二に話しかけることはない。珍しいな、と不二は盥からわずかに身を乗り出して秀次のほうをうかがった。

「何?」

秀次は訥々と話し始めた。

「その…義秀様や叔父貴殿が今宵、あのような態度をおとりになられましたのは…その…お二方とも、殿と御渡り様のことを気にかけておられまして…殿はあのとおりでござりますから…」

「…え?」

不二は一瞬、ぽかんとして、それから義秀と忠興の態度を思い出す。そういえばあの二人、なんだかわざと国光を仲間はずれにするような言い方をしていた。だいたい、いつも顔を合わせるとケンカをする二人が、今夜に限って仲良く話を合わせている。

「……もしかして、わざと国光をのけ者にして煽ったつもり?」
「…御意。」

不二の中で今夜のことがすとんと腑に落ちる。

自分と国光がぎくしゃくしているから、憎まれ口叩いて国光を刺激して…

不二はぶっと吹き出した。

「ばっかだなぁ、二人とも。」
「もっ申し訳ござりませぬっ。」

秀次ががばっとひれ伏す音がする。不二はお湯をばしゃばしゃさせながら笑った。

「いいよ、僕のためにやってくれたんだもの。」

笑いながら眉間に皺を寄せた国光の姿を思い浮かべた。煽られたのだろうか、そうだったらいい、だけど、ただ不快な思いをしただけかもしれない。それに秀次まで…

「ねぇ、秀次…ごめんね…」

不二は素直に申し訳ないと思った。二人に心配をかけたことも、とばっちりで居心地悪い思いをした秀次にも。

「ごめんね、秀次。僕のせいで嫌な思いさせちゃって。」
「なっ何を仰せられます。御渡り様っ。」

秀次が焦ってひれ伏す音がした。

「もったいのうござりまするっ。」
「ううん、ありがとう…」

ふふっと不二は笑った。

なんて人達だろう、なんて…

笑いながら不二はなんだか泣きたくなった。

「ねぇ、秀次…国光は…」
「秀次。」

突然、国光の声が響いた。ぎょっとして不二は立ち上がる。

「とっ殿っ。」

驚いた秀次の衣服の擦れる音がする。

「殿、お休みになられたのでは…」
「秀次、ここはよい。下がっておれ」

酔いつぶれて寝ていたとは思えないほどきっぱりとした声音だ。不二は急いで盥を出ると体を拭いた。寝間着を羽織って衝立の影から出る。板戸の脇に国光は立っていた。斜めに射す月光に青く浮かび上がっている。秀次がおろおろと取りなした。

「殿は少々酒をすごされておりまする。お話は明日でも…」
「下がっておれ、秀次。」

低い声が響いた。

「下がれ。」
「…ははっ。」

有無をいわさぬ響きを感じ取り、秀次は平伏した。それから不二に一礼して下がる。ちらっと気遣わしげに不二のほうをみやったが、何も言わなかった。

二人きりになっても国光はじっと不二を見つめたまま動かなかった。不二も睨むように国光を見つめ返す。心臓がばくばくとうるさかった。

「何の用?」

声が震えそうになる。努めて不二は平静を装った。沈黙が耐え難い。

「君、寝てたんじゃなかったの?僕、もう休みたいんだけど。」

不二はつっけんどんに言い放った。

違う、そうじゃない、こんなことを言いたいんじゃない。

心が軋む。

「用がないんだったら秀次呼び返してよ。湯冷めしちゃうじゃない。」

本当は聞きたいんだ。君が何故あんなことしたのか、僕のことどう思っているのか。

「あのさ、疲れてるんだけど。」
「不二。」

強い声で呼ばれ、びくっと不二が体を震わせた。

「不二…」

国光はぎゅっと拳を握りしめた。正面からきつい眼差しで不二を見据える。

「おれは詫びぬぞ。」
「…は?」

一瞬、何を言われたのかわからず不二は目をぱちくりさせた。国光は怒鳴るように言う。

「おれは詫びぬ。不二が悪いのだ。」
「はぁーっ?」

僕が悪いって、どういうこと。

明らかに国光は満月の夜のことを言っている。かーっと不二の頭に血が上った。

「なっなっなんで僕が悪いのさっ。」
「不二が悪いっ。」

怒鳴り返した不二に、国光は同じ言葉を繰り返した。

「悪いのは君だろうっ。」
「不二だっ。」

拳を握り怒鳴りあった後、二人はむぅっとにらみ合った。しばらくそうしていたが、国光がまたぼそりと言う。

「おれは詫びぬぞ。」

それからふいっと踵を返し、足音荒く歩み去る。

「なっ…」

不二は怒りでくらくらした。

「謝れっ、バカ国光っ。」

不二はその背中に怒声を浴びせる。月明かりに国光の肩が揺れた。だが何も言わない。振り返りもしない。

「謝れよっ、オタンコナスっ、くっそ国光ーーーっ。」

庭に不二の罵倒する声が響く。空には半分に欠けはじめた月がぽかりと浮いていた。


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酔っぱらいです。困ったもんです。どんどんいこ〜。