いずれへゆかれますや、と騒ぐ秀次や忠興に、国光は一言、浜に月を眺めに降りるだけだ、と答えた。

いつもならばやれ供をつけろだの危のうござりますだのかしましい二人が、今夜は不思議とあっさり引き下がった。館からすぐの浜だからだろうが、それにしてもうるさ型の二人には珍しい。履物を出させる国光の横顔を見つめながら不二は秀次の漏らした言葉を思いだした。

『殿は三浦の本家へ出向かれたまままだお戻りになられておりませぬ』

何かあったのだろうか、不二は訝しむ。そういえば国光が帰ってきてから秀次や忠興の表情もどこか冴えない。

「重々お気をつけられませよ。殿。」

忠興が念をおしていた。秀次が再度、進言する。

「やはり供を数人、お連れにはなりませぬか。」
「いらぬ。」

国光は素っ気無く答えた。

「それより早く履物の用意をいたせ。不二が待っている。」
「なにをそう急かすかの、月は逃げはせんぞ、殿。」

忠興が呆れたように、しかし心配を滲ませて言った。

「だいたい殿は鎌倉より馬を飛ばしてきたばかりではないか。お疲れであろうに。」
「疲れてなどおらぬ。」

国光はむっつりした。忠興はだが、かまわず引き止める。

「また何ぞあらばいかがなされる。月は館の上にも出ておるじゃろう。」
「叔父貴、半日やそこら馬を駆けさせたくらいで刀の鈍るおれではないぞ。ぐだぐだ申すな。」
「そりゃ殿お一人ならば心配はいらぬじゃろうが…」

話を打ち切った国光が外へ出ようとするので、忠興は不二に振り向いた。

「御渡り様の御身が心配じゃ。」

国光は足を止め忠興を宥めるように声をかけた。

「忠興叔父、すぐそこの浜ではないか。何ぞあらばとく駆けつけよ。」
「御渡り様、恐いことのありましたら叫んでくだされませよ。この忠興がお助けに参上いたしますからな。」
「…忠興。」

国光が顔をしかめた。おろおろと不二を案じる忠興は、年頃の娘の父親のような心配ぶりだ。不二はくすっと笑った。

「大丈夫だよ、忠興。国光が守ってくれるから。」

三宝の上の、これまた紫の布の上に鎮座しているスニーカーを無造作に取り上げて足を突っ込む。

湯上がりで不二は直垂に着替えていた。部屋でしばらく国光に抱きしめられていた不二だったが、ハタと我に帰ってジャージが汗臭いのに気付いたのだ。

着替えるというと、不二の匂いだからおれはかまわぬのに、とか、ここではやはり不都合があろうな、たれやら来ても面倒だ、とか、わけのわからないことを国光はぶつぶつひとりごちていた。が、先ほど郎党が準備した黄色地に銀糸の縫い取りのある直垂を着せてくれた。袴の紐を結ぶ時、国光が眉間に皺をよせて、むっ、と唸っていたが、不二はさして気にもとめていなかった。一日中館の中にいたので、月を眺めに行こうという国光の誘いが嬉しかったのだ。不二は夜の散歩にわくわくしていた。新しい直垂も嬉しかった。物珍しいし、金糸銀糸の縫い取りのある衣服なんて現代にいたら身につけられない。 湯あみをしたあとの混乱した気分は微塵もなかった。月夜の浜辺へ遊びに行く、それに浮かれて自分がさっきまで国光に固く抱きしめられていたことなどすっぽり頭から抜け落ちている。だから国光の目の中に、いつになく切羽詰まった色があることに不二は気付いていなかった。


出入り口に立ち、不二はくるっと忠興に振り返った。

「ほら、忠興。」

両手を広げてみせる。新しい直垂を着ると、不二は必ず忠興にこうやって似合うかどうかを聞いた。衣服を選ぶのに忠興が心を砕いてくれていると知ったからだ。どうも国光すら口をはさめないらしい。黄色地の直垂を揺らして不二はニコッと笑う。

「おぉ、おぉ、ようお似合いじゃ。望月のようじゃ。」

忠興は手を打って喜んだ。直垂にスニーカーはなんだかなぁ、という気分なのだが、靴だけはこの時代のものを履くことが出来ない。足が痛くなる。少々洗わなくてもスニーカーだし、そう不二は開き直っていた。

「不二。」

急かすように国光が名を呼んだ。国光はとっくに外へ出ている。

「じゃあ、行ってきます。」

国光に腕をひかれ、不二は秀次と忠興にひらひらと手を振った。空には皓々と満月が輝いていた。





☆☆☆☆☆☆




月明かりがこんなに明るいなんて、

夜道を歩きながら不二は辺りを見回した。
人工の光に慣れた不二は本当の月明かりを知らない。世界は青白く染まっていた。道に落ちている石も木々も青白い光を宿している。昼には見慣れた道筋や風景がまったく違った姿をしていた。

館の裏手の浜に向かう道筋にところどころに桜の木があった。もう満開をすぎ、枝の先端はもう若葉に覆われている。最後の花びらが風もないのにちらちらと舞っていた。

不二はチラリと横を歩く国光を見た。国光は不二の手を掴んだまま早足で浜に向かっている。不二としてはもう少しゆっくり夜の散歩を楽しみたいと思うのだが、国光は妙にせかせかと足をすすめる。

何焦ってるんだか…?

少し疲れた不二は国光に文句を言った。

「国光、もっとゆっくり歩いてよ、もう、月は逃げないって忠興もいってたじゃない。」

国光はむっつりした顔のまま不二を見た。

「月なぞどうでもいい。」

ぼそっと呟くと、また不二の手を引いた。

何だよ、自分が月を見に行こうって誘ったくせ。

ぶっとむくれた不二は国光の横顔を睨んだ。国光は髪を下ろしたままだ。端正な横顔だった。蒼い月明かりに染まっている。下ろした黒髪が月の光を受けて濡れているように見えた。艶があって綺麗だと不二は思った。






ずんずん歩いて辿り着いたのは、館の裏手の道から下におりた浜辺だった。浜辺に立つと視界が開けた。波の音が大きく響く。

「うわ、すごい…」

夜空を見上げて不二は声を上げた。空には真ん丸の月がかかり、それが海に銀色の光をなげかけている。波が月光にキラキラ光っていた。夜空を流れる雲が月明かりにぼうっと白く浮かび上がる。その間で銀の砂粒のような星々が白い光を放っていた。

「…知らなかった…」

不二がため息とともに呟いた。

「夜空って、色んな光があったんだ…僕、暗いんだとしか思っていなかった…」

今度は不二が繋がれたままの国光の手を引っ張って波打ち際へ走る。砂がざくざくと音を立てた。波が月の明かりを映してきらめいている。青白く光る砂は波打ち際の白い泡をはじいていた。

「うわ…」

大きな波が来た。波打ち際を歩いていた不二は濡れないように波をよけて跳ねた。大きく跳んだので手がはずれた。国光は足首を濡らしている。

「不二。」

国光に呼ばれたが、不二はそのまま波をよける遊びはじめた。楽しかった。風は凪いで暖かい春の宵だ。

「ふふ…国光、濡れちゃうよ。」

月明かり、星明かり、ただそれだけの世界は美しかった。蒼く美しい世界、聞こえるのは波の音、心も体もふわりと軽い。不二は夢中で波と遊んだ。ふと、振り返ると国光が立っている。月明かりの下、すっと立つ姿は見愡れるばかりの武者ぶりだ。足首を波に洗われ、国光はじっと不二を見つめていた。

「国光。」

側に駆け寄った。一緒に遊びたかった。

「国光。」

不二は国光に笑いかける。国光が眩しそうに目を細めた。国光の手が伸びてぐっと不二の二の腕を掴む。

「痛っ。」

思いのほか強い力で、不二は顔をしかめた。

「不二。」

そのまま国光は不二をぐいっと引き寄せる。ぽふっと不二は国光に倒れこんだ。その時国光の肩ごしに光るものがあった。

「あれっ。」

興味を引かれた不二はパッと身を翻した。はずみで腕がはずれる。不二はそのままキラッと月明かりを反射したものの方へ走りだした。

「不二っ。」

慌てたような声がした。国光が追ってくる。不二はなんだか鬼ごっご気分で楽しくなった。テニスプレーヤー、足だけは早いのだ。鎌倉人には負けていない。

不二が駆けた先にあったのは、海神の祠だった。はじめて国光に会ったところだ。白木の祠の屋根に飾られたかねの飾りが月光を弾いていた。館の表の道を行くと結構な距離だったが、浜沿いならばすぐの場所だった。不二は後ろから草をかきわけて来る国光に振り向いた。

「ねぇ、国光、ここって…」

最後まで言うことが出来なかった。くるりと視界が反転する。草の上に引き倒されたのだ。どさっと落とされた背中がジンジン痛んだ。冲天にぽかっと月が浮かんでいる。その光を遮るように国光が覆いかぶさってきた。

「不二っ。」

熱にうかされたように国光は名前を呼んだ。せわしなく動く手が不二の袴の紐を解く。あっという間に袴を引き抜かれ、すらっとした不二の足が月明かりにさらされた。不二は何が起こっているのか全く把握できていない。頭の中は真っ白だ。

「不二…不二…」

股間に熱い吐息がかかった。ぬるり、と足の付け根に湿った感触がくる。湯を使った後、不二は忠興が特注した褌にはきかえていたのだが、その絹の褌に国光の手がかかった。あっさり横へずらされる。

えっ、なっ、なっ、何っ???

パニックをおこした不二が固まっているうちに、ずらされて露になった不二の大事なモノがやわやわともみこまれた。

えっえっえっ?

熱い湿った感触が敏感な部分に移動してきた。睾丸をもまれた。性器が熱い濡れたものに包まれ不二の体が跳ねる。その衝撃で不二は肘をついて下を見た。自分の股間に国光が覆いかぶさっている。刺激でゆるく勃ちあがった不二のモノに国光が舌を這わしていた。荒い息が下腹部にあたる。

「ぎゃーーーーーーっ。」

ショックで不二は足を思いきりばたつかせた。

「ぐっ、」

踵が国光の頬を直撃する。国光がひるんだ隙に不二はその下から抜け出した。

「なっ何すんだ、馬鹿ーーーーーっ。」
「不…っ。」

不二はそのまま館に向かって走り出した。

「不二っ。」

国光の声が聞こえたが、不二は必死で浜を走った。後には不二の袴を握りしめたまま、呆然とする国光が取り残されていた。

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所詮は国光、田舎武士、やること単純で野蛮です。だ〜か〜ら〜、不二君、鎌倉人は現代人みたいな恋愛の機微はないんだってば。くにみつ〜、不二ゲットの道はけわしいね〜。でもがんばりなね〜。そのうちいい思いさせてやるからね〜(鬼)