ひと泣きして幾分落ち着いた不二は、広間を囲む廊下の一角に座ぶとんを敷いて座っていた。座ぶとんといっても藁を固くあんだ円座のようなもので、どうにも落ち着きが悪い。それでも、薄暗い部屋の中にいるよりはましだった。
傍らには干し柿を細く切ったものと抹茶のはいった碗がのせられた膳がある。国光が持ってこさせたものだった。何か飲むかと言われて、不二はコーヒーと答えたのだ。案の定、怪訝な顔をされ、じゃあお茶でも何でもいいから頂戴、といったら抹茶がきた。それも、たまに由美子がたててくれる泡だった奴ではなくなにやらお湯に粉茶をといたような代物が。テニス三昧の高校生、不二周助が干し柿だの抹茶だのになじんでいるわけもなく、手付かずのままそれは置かれていた。
ここ、どこなんだろう…
不二は空を仰ぎ見る。早春の空は霞みがかって柔らかい青だった。不二はここの人々のことを考える。あまりに奇妙だった。
祭りか何かで着ているのかと思っていた着物、正確には直垂だの小袖だのがここでは当たり前らしい。不二のジャージ姿が不思議らしく、当主の国光が人払いを命じているにもかかわらず、こっそりと覗き見に来るものが絶えない。
しかもなんか、僕って神様あつかいだし…
はぁ〜っとため息をついた不二が視線を感じて目をやると、庭の隅から顔を覗かせていた人々が大慌てで平伏する。
なんだかなぁ…
ははは、と疲れた笑いを人々にむけながら、不二の脳裏を国光の言葉がよぎった。
神の使いということにしておけ。その方がお主の身を守りやすい。
身を守るって何から…?
そんなに危険な場所なんだろうか。
ふっと不二は、先週末、姉が見ていたテレビを思い出した。土曜なんとか劇場とかいう二時間ドラマで、山奥の迷信深い村に迷いこんだ主人公達が神がかった村びとからひどい目にあわされていた。その時は、馬鹿げた設定だと思っていたが、まさかここの人々も…
いや、でもそのドラマだって服装は普通の現代人だった。こんなナチュラルに直垂だのを着こなしていない。
とにかく、この場所以外に行ってなんとか連絡をとらなければ。
むん、と握り拳で自分に気合いを入れていると、庭先から若者がすすっと進み出てきた。
「御前に失礼つかまつります。」
不二の座る縁の下に平伏する。
げっ、今度は何だよ。
若者は額を地面につけたまま恭しく言った。
「この度、殿より御渡り様のお側に控えるよう申しつかりましてございます。御用の段はそれがしに仰せ下さいますよう。」
あれ、この人…
生真面目な声に覚えがあった。
「あれ、あの、あなた、さっき僕が起きた時…」
「ははっ、それがしも控え申し上げておりました。」
そうだ。国光が白湯を持ってこさせようとしたら、それじゃ神様に無礼だとか何とか意見してた若い人だ。
不二はその時の国光を思い出してくすりと笑った。それにしても、平伏されたままではどうも居心地が悪い。
でも国光は神様でいろと言ったし…
神様らしい口調なぞ見当もつかない不二は、しかたがないのでテニス部の後輩にしゃべるつもりで物を言う事にした。
「ねぇ、頭、下げたままだと話しにくいよ。顔、あげてくれるかな。」
「ははーっ。」
だからそれ、やめてくれって…
頭を抱えそうになった不二の前で、若者が顔だけあげた。年の頃は国光と同じくらいだろう、小作りな顔に誠実そうな目が印象的だった。
「名前、教えてくれる?」
にこっと笑いかけると、若者は頬を赤らめた。
「そっそれがし、那須与三郎秀次と申しまする。秀次とお呼び下されませ。」
「へー、那須の与一みたいな名前だね。」
不二は何気なく言った。古典の授業でもやったし、参考書にもよく出てくる平家物語の一部分、「扇の的」の那須の与一と同じ名字だったので、本当に何気なく言ったのだ。ところが、若者、那須与三郎秀次はがばりと体をおこした。
「おっおっ御渡り様には、与一の殿のことを御存じにあらせられますか。」
「え…あの…」
不二は面喰らった。秀次は目をキラキラ輝かせながら自分を見つめている。
「えっと、あれでしょ、平家の船の上に立てた扇の的を見事に射落としたって話…」
「御意ーっ。」
またまたがばっとひれ伏した秀次を不二は呆然と眺める。
ぎょい?ぎょえーっ、って言ったのかな?何?僕、何かマズいこといった?
ぐるぐる埒もないことが頭をまわる。平伏したままの秀次は慌てる不二には気付かず、興奮した口調でまくしたてはじめた。
「身に余る光栄にござりまするっ。実は与一の殿は那須の本家筋にあたられまして、それがしの与三郎は与一の殿より一文字頂戴いたしました。与一の殿におかれましては酒席にて必ずこの扇の話をなされまして、それがしなど館に参る度に平家との戦話しを聞かされておりまする。いや、御渡り様も御存じとは、一族の誉れ、与一の殿のいかに喜びましょうやっ。」
「…………???」
不二はただ目をぱちくりさせるだけだ。要するに、那須与一が御先祖だと言いたいのだろうか。
「あの〜、那須の与一さんって…生きてる人…っていうか、その…」
「ははっ、五十の坂をこえますます意気盛ん、じき六十になりまするが健勝でござります。」
………いや僕、親戚のおじさんの話じゃなくて平家物語の話、したんだけど…?
秀次は頬を紅潮させ興奮気味に不二を見上げた。何と答えていいのかわからず不二がわたわたしていると、向いの渡り廊下を国光が歩いている。助かったと不二は立ち上がってぶんぶん手を振った。国光が気付いて側へ来る。
「何だ、どうした。」
「あっあのね、国光…」
「殿ーっ、」
不二が口を開くより秀次が早かった。興奮した面持ちで縁のふちまでにじり寄る。
「殿、聞いてくだされ。本家の与一殿の話をでございますなーっ。」
「落ち着け、与三郎。そのように大声では御渡り様がびっくりする。」
お前は声が馬鹿でかいからな、と笑う国光に秀次はむぅ〜っと口をとがらせた。
「本家、与一殿の武勇が御渡り様のお耳にまで届き申し上げておったとは、これが落ち着いておられましょうやっ。」
「ああ、あの文治元年の戦の話か。あれはおれも耳にタコができるほど聞かされているぞ。こう、身ぶり手ぶりでなぁ。」
「いかにも。萌黄おどしの鎧に重藤の弓、矢は十二束三伏の鏑矢にて…」
「あ〜、もうよい。そういう口調は宗高殿そっくりだ。」
国光は目を見開いたまま二人を眺めている不二に苦笑してみせた。
「この秀次の母はおれの乳母でな。それゆえ、那須の与一宗高殿も伯父のようなものなのだ。子供の頃より、館を訪ねると屋島の合戦の話がはじまってなぁ。」
「与一の殿が干し柿だの珍しい菓子だのをくだされるもので、それがしも殿もつい。」
「こっこら、与三郎。」
「あっあの…さ…」
それまで呆然としていた不二がやっと声を出した。
「あの、それって平家との戦の話…だよね…」
「いかにも。」
胸をはって言う秀次を不二は見つめた。至極真面目な顔をしている。冗談を言っているようにはみえない。なにより、国光とのこの自然な会話は何だろう。鎌倉時代の人物の話をまるでまだ生きているかのような口ぶり…
「今…今…何年なの…?」
国光と秀次は怪訝な顔をみあわせた。
「健保元年だ。」
「じゃなくって、二千何年かって聞いてるのっ。」
秀次はぽかり、と口を開けている。国光が宥めるように言った。
「お前の世界の暦はわからんのだ、おれ達には。」
ぐらぐらと世界が揺れた。不二はぺたんと円座に座り込む。嫌な汗が背中を伝った。
「か…鎌倉時代…の話…だよね…」
「鎌倉殿ならば鎌倉におわしますが…」
秀次が恐る恐る答えるのを国光は目で制して不二の横に腰をおろした。
「お主の世界ではそう呼ぶのか?」
国光は穏やかに声をかける。
「お主の暦はわからぬが、平家は四十年程まえに滅んだ。今は源氏の世で鎌倉殿は源実朝様だ。」
不二は真っ青になったまま、ただ国光を凝視した。
☆☆☆☆☆☆
がんがんと耳鳴りがする。またわけのわからないことを聞いてしまったような気がする。平家が滅んだのが四十年くらい前だとか、今が源氏の世の中だとか。
「古典の授業じゃないんだからさ…」
俯いたまま、ぽつりと不二は呟いた。国光は秀次を下がらせ、今は二人きりで廊下に座っている。
「ばっかみたい。そりゃ、この間も平家物語の例文、解いたけどさ…」
わからない。彼らの話がわからない。自分が鎌倉時代に来てしまっただなんて、安手のSFじゃあるまいし。
不二は顔を覆って呻いた。
「やだ、こんなの…いやだ…」
「不二…」
国光が気遣わしげに名を呼んだ。不二は国光を見あげた。
「手塚…ほんとは手塚なんでしょ。手塚だよね、ここが鎌倉時代だなんて、冗談でも笑えないよ。ねぇ、手塚…」
「おれは手塚ではない。榎本国光だ。」
僅かに顔を歪め、しかし国光はきっぱりと言った。わかりきった答えに不二は唇を噛んで俯く。それから、きっと顔をあげると国光の手を掴んだ。
「案内して。この辺りの街とか、どこでもいいよ。人が暮らしているとこならどこでもいいから。」
一瞬国光はためらったが、不二の必死な面持ちに頷いた。
「わかった。ついてくるがいい。」
国光は不二の手を取って立ち上がった。
☆☆☆☆☆☆
「なんで馬ーーーっ。」
「めっそうもござりませぬぞーーーっ。」
「若殿、ならば我らも共にお連れ下さりませーーーっ。」
不二の悲鳴と同時に、厩の前で大騒ぎがおこった。
紫の布をしいた白木の三方にスニーカーがのせられ、恭しく捧げもたれてやってきたのに腰を抜かした不二だったが、国光に連れられていった先が厩なのにはもっと腰を抜かした。
「どれがいいって、君、これ、馬じゃないーーーっ。」
「馬だぞ?」
「だからっ、なんで出かけるのに馬なのさっ。」
「出かける時は馬であろう。」
噛み合わない押し問答をしていると、血相を変えた郎党達が飛んできた。
「危のうございますっ。御渡り様を外におだしするなど。」
「先程、野盗に襲われたばかりではございませぬか。」
「だからおれが不二についていく。」
「若殿っ、御渡り様を名前で呼び捨てとは、不敬がすぎますぞっ。」
「あ、別に僕は不二でいいけど…」
「あー、わかった。だから、御渡り様にはおれがついていくといっている。」
「それが危ないと申しておるのですーーーっ。」
郎党達の様子では、どうやら神様の使いがフラフラ出歩いてはまずいらしい。しかし、不二はどうしても周りの様子を確かめたかった。時をこえたなど、馬鹿げた疑いは早めに払拭するにかぎる。
「わかったわかった。では先触れを出せ。御渡り様が我らの田畑を見回る故、加護に預かりたき者どもは平伏してお迎えせよと。辻や要所にはそなたらが警護に立つがよい。それぞれ、家にひかえておる者共も外に出て周辺を警護せよと伝えい。ならばよかろう。」
それならば、と家人、郎党どもは早速門を飛び出していった。後にのこった国光がやっと不二に向きなおる。
「で、どの馬にする。」
「……………」
堂々回りに不二は顔をしかめた。それを見た国光が可笑しそうに肩を揺らした。
「乗れぬのだな。よい。おれが抱いていってやろう。」
「なっ。」
不二が抗議の声をあげる間もなく、国光は片腕でひょいと不二を抱えると馬に跨がった。
「ぎゃーーっ。」
「騒ぐな、馬が驚くだろう。」
国光はぽんぽんと栗毛の馬の首を叩き、鞍に横座りしたままの不二を抱える腕に力を込めた。
「降ろし…」
「つかまっていろ。」
はっ、というかけ声とともに、国光は馬の横腹を蹴る。馬は勢いよく駆け出した。
「うぎゃーーーーっ。」
カエルの潰れたような悲鳴を不二はあげた。馬が駆ける度にお尻は跳ねるわ顎がはずれそうなくらいガクガクするわで必死に国光の腕にしがみつく。国光は楽しそうに笑った。
「くっくくくくにみつーーーっ。」
泣きそうな声にやっと国光は馬の速度を緩めた。今度はゆったりとした歩調で馬をすすめる。不二は涙目になりながら斜後ろの国光を睨み上げた。
「ひっひどいよっ。お尻、痛いじゃないっ。」
「そうか、馬ははじめてか。」
何が楽しいのか、国光はまた声を上げて笑った。むっとした不二が足をバタつかせるが、腕の力はいっこうに緩まない。それどころか引き寄せられてかえって胸に抱き込まれるような格好になった。
「周りを見たいのだろう?ならば馬上がよいではないか。それに見ろ。」
国光が耳元に口を寄せた。不二はそれにどきっとする。
「御渡り様の御加護に預からんと皆が出てきておる。笑みでもみせてやれば喜ぶぞ。」
おぬしの笑みはよい風情だからな、と言われて不二はますますむくれた。本当に、手塚と同じ顔をしているくせ、この国光はどうも戯れ言が好きらしい。からかわれていることにムカつきはするが、馬から降りるわけにはいかない不二は、国光を無視して周辺観察に専念した。
道といってもひどいでこぼこで、道の脇の田畑の畦には人々が平伏していた。皆、同じように汚れた小袖を着て裸足だ。彼らの家とおぼしき掘っ建て小屋があちこちに散らばっている。茅葺きで土壁の家々には窓もなく、どうやら中には床もなさそうな感じだった。ところどころに、少しはましな家が建っていたが、それは家人や郎党達のものだということだった。
不二は改めて愕然とした。どうみても、現代の日本ではありえない光景だ。それが延々と続いている。
「ね…ねぇ…」
不二はやっとのことで口を開いた。
「皆、こんな家に住んでいるの?これが普通の人の格好?この人達って、何なの…?」
「あの者共は田畑を耕して糧を得ておる。不二には珍しいのか?」
こくこくと頷く不二に、国光はいろいろと話はじめた。
「だが、どこの庄でもまぁ、似たようなものだ。榎本の庄はまだ豊かだぞ。皆が餓える事はない。おれの水軍の兵もいつもは田畑をたがやしている。秀次や、そうだな、一族のごく近しいものは館に住まっておるがな。」
不二は思わず振り向いた。
「じゃあ、この辺りに街はないの?」
「鎌倉のことを言っているのか?確かに、あそこは人が多いな。家も重なるようにたっている。だが、もう夕暮れが近い。これから向かうには遠すぎる。」
不二はまた呆然と前を見つめる。平伏した人々が不二を拝み見ていた。皆、手をすりあわせ、涙を流さんばかりの顔をしている。ありがたや、と口々に呟くのが聞こえてきた。不二の胸は次第に絶望に塞がれていく。信じたくない現実から目をそらすように不二は空を仰いだ。太陽は傾き、西の空が赤く染まりはじめている。国光は鎌倉のことを話していた。
「不二が行きたいのであれば朝早く出立しよう。鎌倉には鶴ヶ岡八幡宮といって大きな社もある。海神が祭られておるのは江ノ島だ。美しい所だぞ。」
ああ、そうだよ、僕が知っている鎌倉にだってあるさ、鶴ヶ岡八幡宮も江ノ島も由比が浜も。だけど僕が知っている鎌倉の近くにこんな場所なんかない…
不二はぼんやり空を仰ぎ見たまま、ふと、飛行機でも通らないかな、と思った。大平洋岸沿いは国内線の航路だ。それだけではない。横須賀へ向かうアメリカ軍の飛行機や自衛隊のヘリもよく飛んでいる。あまり気候に違いが感じられないということは元の場所からそう北や南に移動していないということだ。よしんば飛行機が見つからなくても、狭い日本、車のヘッドライトの軌跡くらいは必ず見える。ここは大平原のど真ん中ではないのだ。そうだ、生活の光をみつければいい。はっと気付いた不二はがばっと後ろを振り向き、はずみで馬から落ちそうになった。
「不二っ。」
慌てて抱きとめる国光の腕に掴まりながら不二は叫んだ。
「国光、高い所、どこでもいいから一番高い所、下が見渡せるところに連れてってっ。」
その剣幕に国光は戸惑った。
「しかし、暗くなるぞ。」
「いいんだ。暗くなった方がわかるから、お願い。」
不二は必死だった。国光はしばらく黙って不二を見つめていたが、ふっとため息をついた。
「よかろう。ならぬと言っても、その様では一人で走って行きかねん。」
それから周りを一瞥して言った。
「郎党共を振り切る故、馬をとばすぞ。しっかり掴まっておれ。」
やれやれ、また秀次の小言がくるな、と呟くと、国光は馬首を返して鞭をあてる。どっとばかりに駆け出す馬の後方で、慌てる家人や郎党の声が聞こえてきたが、国光はかまわず馬を駆った。不二は最後の望みをかけて、ただひたすら国光にしがみついていた。
☆☆☆☆☆☆
国光はゆっくりと馬をすすめる。とっぷりと日が暮れあたりは真っ暗だった。明かりのない細い山道で国光は巧みに馬を操る。不二も目はいいほうだが、国光には様々なものがはるかによく見えているようだった。
暗い山道はひどく恐ろしいものだった。黒々とした木々がざわざわと枝葉を鳴らす。時折、ぎゃあぎゃあと何かの鳴き声が聞こえてきて、不二は体を固くした。ただ、その度に国光の腕に力がこもる。はじめは気付かなかったが、不二が身を竦ませると国光は自分の胸の方へ不二を抱き寄せるのだ。大丈夫だ、そう言われているようで、不二はいつしか体から力を抜いていた。
山道を登りきると国光は不二を抱いたまま馬を降りた。足に力が入らずへたり込む不二に待っているよう言い、近くの木の幹に馬を繋ぐ。
「疲れたか。」
「………お尻が痛いだけ…」
いかに国光が気を使って不二を抱えていたとはいえ、流石に何時間も馬上に揺られるのは堪えた。やっと立ち上がった不二の手を国光は引いた。
「こっちだ。」
木々の間を抜けると、突然視界が開けた。不二と国光は切り立った崖の大岩の上にいた。
「ここからなら一望出来る。」
崖の下から風が吹き上げてくる。不二は一歩踏み出し、ひたすら眺めた。眼下を、海岸線を、遠くに見える山の端を。
暗かった。車のライトも飛行機の点滅も、どこかにあるはずの街の明かりの反射すらない。全ては闇につつまれて、木々や山々だけが黒い影を浮かび上がらせていた。唯一、ちらちらと見える火は国光の館とその周辺だけで、それも都会の灯を見なれた不二の目にはひどく頼り無くうつった。
「…暗い…」
誰に言うともなく不二は呟いた。吹き上がってきた風が不二の髪を散らす。ふとよろめいた不二の肩を後ろから国光が支えた。
不二はそのまま夜空を見上げる。降るような星空だ。一つ一つの星が白く強い輝きを放ち、瞬きながら漆黒の海へなだれ落ちている。こんな星空は知らない、見た事がない。認めざるをえなかった。ここは不二の世界ではない。
「ここ…ほんとに違う世界なんだ…」
乾いた笑みが口元に浮かんだ。不二は虚ろに夜空を眺める。星々のきらめきは絶望でしかなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
なんと、時をこえた不二君。鎌倉時代にタイムトリ〜〜ップ、う〜ん、ロマンだねぇ、って、本人はそれどころじゃありません。次回は鎌倉パニック編ってとこですかね。
ところで、何度も言いますが、歴史事項は嘘八百ですからねっ。けして突っ込まないように。那須の与一さん、平家物語の扇の的で有名ですが、あれ以降歴史に名前が出てなくて、よくわかってない人物なので捏造させていただきました。那須の本家出身ではあっても長男じゃないんで、まぁ、館が榎本の庄から馬で行ける場所にあるってことで(いや、だいたい榎本の庄からして、嘘っぱちなんだけどさ)