一緒に行くという部員達を、練習があるじゃない、と笑っていなして、不二は小刀をポケットにいれた。道々読むつもりで、「教育委員会監修、郷土の歴史と文化」も借りてきた。ちょっと分厚い文庫本サイズのその本には、背表紙に穴を開けて黒いヒモがとおしてあり、青インクのボールペンがくくりつけてある。

なんだかなぁ…、と不二はボールペンを本にはさみこんだ。

メモすることでもあるんだろうか、郷土の歴史…

不二は本を反対側のポケットに突っ込んだ。




宿をでたところに人影があった。門柱にもたれて立っている。


「…手塚?」


手塚だった。不二の心臓がとくんとはねる。


「てづ…」
「オレも一緒に行く。」


一言、そう言うと手塚は先に立って歩き始めた。不二はぽかんと立ったままだ。手塚が振り向いた。


「行くぞ、不二。」


はっとして不二は慌てて手塚の後をおった。横に並んで歩く。ちらと窺い見る手塚の顔はいつもと変わらない。


ちょっとは心配してくれたのかな…


不二は緩みそうになる口元を押さえた。




☆☆☆☆☆




海からの風は肌寒かったが陽射しはすっかり春で、道ばたに植えられた菜の花の蕾もほころんでいた。並んで歩きながら、不二は借りてきた本を開いていた。


「えーっと、鎌倉時代初期、この辺りは東国の豪族、三浦一族のなかの榎本一族が支配していた。榎本一族は水軍をつかさどっており…うわ、鎌倉時代だって。あの祠って鎌倉時代からあるってわけ?」

「定期的に建て替えていたと言っていたな。その本に書いてあるのなら、鎌倉時代からの祠なんだろう。」


手塚が本を覗き込んできた。触れ合いそうになった頬に不二は慌てた。乱れた動悸を誤魔化すように本をめくると、家系図らしきものが書いてある。


「あ、手塚、見て、同じ名前、榎本国光だって。」
「………」


手塚が嫌そうに顔をしかめたのが可笑しくて不二は肩を揺らした。


「あれ、何だっけ、あの頃の格好って大河ドラマとかでやってる、あれ、結構手塚、似合うかも?うわ、想像しちゃった。」
「テニスウェアでなくてもいい男だろう。」
「自分で言ってるよ、国光殿は。」


 本人が自覚しているのかどうか、手塚は不二と二人きりの時には案外とくだけたことを言う。自分には心を許してくれている、そう思えて不二は嬉しかった。だがそれは、手塚への想いを封印しなければならないということなのだ。友人としての信頼を裏切るわけにはいかない。そう思い知る度に甘い痺れと痛みが不二の心を引き裂く。

高い空でピーと鳶が鳴いた。潮騒が耳をなでる。穏やかな春の陽をうけて二人はゆっくりと歩いていた。


練習があるのに…


不二は手塚を横目でうかがう。手塚は急ぐふうもない。二人きりで歩く、そのささやかな幸せを不二は噛みしめた。


ずっとこの道が続けばいいのに…


楠の巨木がみえてきた。もう祠まですぐだ。


「あ〜、もう片道おしまい。。残念、せっかく手塚と二人きりのデートなのにね。」


もったいないな、と本音を軽口に紛らわせて不二は笑った。ふと、手塚の足が止まる。


「不二…」


固い声だ。不二は戸惑った。


「手塚?」


首をかしげて手塚を下から覗き込もうとする。手塚が不二の腕を掴んだ。


「不二、話が…」


引き寄せられた拍子に、不二のポケットから小刀が滑り落ちた。地面に落ちて小刀が跳ね鞘がずれる。


「わ〜っ。」


不二が焦って手をのばした。


キン…


石に当たったのか澄んだ音が響き鞘がはねとぶ。


「手ッ手塚、鞘がっ。」


不二が柄を掴んだ時には小刀はすでに抜き身となっていた。


「抜け…たね…」
「…そ…そうだな…」


二人は顔を見合わせた。小刀の刃がキラリと光をはなつ。古ぼけた鞘や柄に不釣り合いな程、その刃には一点の曇りもない。


「た…祟られるかな…僕達…」
「…そんなわけないだろう。」


楠の葉の合間から陽が射した。小刀の刃の光が増す。


「え…これって…」


陽射しの反射ではない。小刀の刃自体が光を放っているのだ。

突然、目も眩むような閃光が走った。衝撃が不二の体をおそう。


「手塚っ。」


自分に手を伸ばす手塚が見える。だがそれは真っ白い光に掻き消え、不二の意識は闇に沈んだ。



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あ〜、ちょ〜お短かったので、次の更新は三・四日後に。ちょろっと修正箇所がでたので〜ってことで。
さてさて、不二君、祟られたちゃうんでしょうか。いや、血ぃ吐いたりなんかしませんって。これ、怪談じゃないし。切ない恋物語なのさっ(ほんとか〜〜〜〜っ)