御注意・ある意味パラレルです。表の塚不二小説とは全くの別設定。くっついてない手塚君と不二君は高校生になってます。そーです、高校三年生、青春まっさかりの二人〜。でもとんでもない目にあうんですね。では、OKの方はどぞ。





    「時代劇」




海岸沿いの道を高校生の一団がランニングしている。早朝の海は穏やかに凪いでいた。

青春学園高等部男子テニス部は春の合宿で鎌倉に程近い海辺の街へ来ている。鎌倉に近いといっても、小洒落たレストランやアンティークショップ街があるわけでも、由比が浜だの江ノ島だのという観光地でもない。ひなびた海辺の、要するにただの田舎町だ。名門、青学高等部のテニス部が何故そんなところで合宿かというと、ひとえに顧問の趣味だとしかいいようがない。

「青春学園、青春ーっ。」

が口癖の顧問教師は海辺のランニングにロマンを感じているようだった。結果、朝夕、部員達は海岸沿いの道を走り、砂浜でストレッチをしたあとまた宿まで走って帰るのだ。


「あの楠の木の祠まで全力疾走ーっ。」


自転車で最後尾を走る顧問の声が響く。


「ウィーッスッ。」


また砂浜におりるのか〜、と些かげんなりした様子で青学高等部の新三年生と新二年生はダッシュした。



☆☆☆☆☆



樹齢何年になるのか、幹まわりは大人二人が両手を広げてもまだ足りない。その楠の根元には古びた小さな祠があり、そこから下の砂浜に降りる道があった。


「ったく、勘弁して欲しいッスよ〜。」


ぼやきながら登ってきたのは桃城である。スニーカーに入った砂が気持ち悪いらしく、もぞもぞ足を振っている。


「朝から砂まみれってのもなぁ、しかも毎日。」
「先生の趣味だからね。」


背中にくすっ、と笑う声がする。


「それで済ませるんすかぁ〜、不二先輩〜。」


情けない声で桃城が振り返ると、明るい髪と瞳を持つ不二周助が微笑んでいた。朝日をうけてすらりとした肢体がほんのり輝いているように見える。


うっわ、相変わらず…


その美青年ぶりに桃城は思わず見愡れた。少年期をぬけたというのに、この先輩はますます綺麗になっていく。それでいて、桃城のダンク顔負けのスマッシュを打つ膂力があるのだからタチが悪い。


「ボケッとしてねぇでとっとと行け、タコ。」
「ぬぁ〜にぃ〜っ。」
「あ、ごめんね、海堂。」


不二に微笑まれて海堂が慌てた。


「あ、いや、先輩じゃなくってですね、このタコが…」
「誰がタコだ、誰が。」


ド突きあいをはじめた二人を祠の横に立って不二はニコニコ眺めていた。と、二人の体が祠にぶつかって派手に音を立てた。


「うわっ。」
「わっ、てめぇ、気をつけろ。」


年代物の木の扉はだいぶ痛んでいたのだろう、留め金が少し外れて開いていた。


「壊すな、阿呆。」
「てめぇのせいだろーがっ。」


言葉は乱暴だが、明らかに焦りだした二人に苦笑しつつ、不二は扉を元の位置に据え付けてみた。がたつくが、なんとかなりそうだ。きっちりはめ込んでふと足下をみると、なにかが落ちている。拾い上げると、鞘にはいった小刀のようだった。


「不…不二先輩…」


後輩二人が気まずそうな声をかけてくるのに気付いて不二は祠の前から立ち上がった。


「あ、大丈夫、扉はちゃんとはまったから。」
「すっすいません。」


にこり、とすると桃城と海堂が小さくなって同時に謝る。そこへ顧問の声がかぶさった。


「なーにをしとるかーっ、宿までまた全力疾走ーっ。」
「不二に桃に海堂〜〜、さぼってるってずるいにゃ〜。」
「だからって英二、そこで止まらない。」


顧問の後ろから大石と菊丸が顔を出す。続くテニス部の顔ぶれは中学時代とほとんど同じだ。進学校としてもレベルの高い青学高等部は中等部からそのまま上がることを希望するものが多い。一般入学者のなかでテニス部に入部するものもいるが、やはり部の中心にいるのは中等部からのメンバーだ。


「へへ〜んだ。相変わらず口煩い副部長〜っ。」
「英二っ。」


はたこうとする大石をひらりと躱して菊丸はダッシュした。


「おっさき〜。」
「待て、英二っ。」
「あ〜、先って、ずるいっスよ、エージせんぱ〜いっ。」


ワイワイ騒ぎながら部員達は走りはじめる。一緒に走り出そうとした不二はふと足を止めた。新部長の手塚国光が砂浜から上がってくる。不二の目が和らいだ。手塚はランニングでも何でも、最後尾につけている。さりげなく部員に目を配っているからだろう。


根っからの部長気質なんだから…


足を止めている不二に気付いた手塚は不思議そうな顔をした。不二はにこっと笑いかける。


「手塚、一緒にいこ。」


不二の子供っぽい仕種に手塚は苦笑した。明るい髪の美青年は時折ひどく幼い表情をする。


「行くぞ、不二。」


二人は並んで走りはじめた。切ない想いが不二の胸に満ちてくる。ちらと横目で見る手塚は相変わらずの仏頂面だ。だがそれは彼が不器用なだけで本当は誰よりも仲間おもいの熱血漢なのを不二は知っている。

不二はそんな手塚が好きだった。けれどそれは告げられない、告げてはいけない想い。中学の頃から友人として側にいたからこそ、絶対に知られてはならない恋心だ。


「一緒に走れるのもあと少しなんだよね。」


不二は小さく呟いた。そう、手塚はプロへの道を歩み始めている。海外遠征があっても今はできるだけ部の活動を優先している手塚だが、高校を卒業してしまえば接点はなくなるのだ。


「…ん?」


小さくもれた不二の呟きに手塚が顔を向けた。


「…なんでもない。」


こうやって手塚の隣を走れるのも…


「不二〜、手塚〜、おっそ〜い。」


前を走る菊丸が振り向いて叫んだ。痛みを振払うように不二は菊丸に手を上げ合図を返すといたずらっぽい笑みを手塚に向ける。


「のんびり走ってると朝御飯貰っちゃうよ、手塚部長。」
「馬鹿、何言ってる。」


高くなった朝日を受けて、春の海がきらきらと輝いていた。



☆☆☆☆☆



「あ、しまった。」


朝食のテーブルで不二が声を上げた。


「何?不二。」
「どーしたんスか、先輩。」


菊丸と桃城が同時に不二の手元を覗き込む。不二はジャージのポケットから手を出した。


「…なんスか、それ。」


テーブルに置かれたのは、古い木の鞘にはいった小刀だ。


「ほら、桃と海堂が扉壊したでしょ。あの祠でね。」
「わ〜〜〜っ、先輩っ。」
「なぁにぃっ、何を壊しただとぉっ。」


ぬっと顔を突き出してきた顧問に桃城と海堂は青ざめた。


「あの、いや、そのコイツが。」
「てめぇ、ぶつかったのはてめぇだろーがっ。」
「そっちが押したからだろーがっ、まむし。」
「壊したんだな、お前ら。」


顧問の地を這うような声に二人は縮こまる。急いで不二がとりなした。


「あ、大丈夫です。すぐに扉は嵌め込むことができましたから。でも…」


不二は困ったように眉を寄せた。


「その時、足下に落ちてきたこれ、中に返そうと思っていたのにうっかり持ってきてしまって…」
「ふ〜む、小刀?脇差しにしては小さすぎるな。実用向きというより神事か何かに使う奴か?」


よくポケットから落ちなかったな、と二十cm程のそれを顧問が手にとって鞘をはらおうとした時、


「いかーーん、抜いたらいかんーっ。」


宿のオヤジが血相をかえてとんできた。


「あの祠の刀じゃろ。それを抜いたら呪われるぞっ。」
「えええええ〜〜〜っ。」


食堂の温度が一挙に下がった。



☆☆☆☆☆




「今をさること、八百年前、時の鎌倉殿は源実朝、この辺りは東国の豪族、三浦一族の傍系、榎本一族が勢力をほこっておった。」


朝食そっちのけで青学テニス部員達は宿のオヤジの話に固唾を飲んでいた。


「新興勢力、北条に反発した和田義盛の悲劇は有名な話。」
「おい、和田なんとかってなんだっけか。」
「うるせぇ、オレが知るか。だまって聞け、タコ。」


こそこそ罵りあう桃城と海堂にオヤジがむむ〜っと唸った。


「コラ、高校生、日本史の勉強が足らんっ。」
「ねーねー、で、その呪いの刀って何々〜。」


しびれを切らした菊丸が興味津々、話の核心を尋ねてくる。


「だからな、ここら一帯を治めていたその榎本一族も、和田の殿様に加勢して滅びたんだがな。」


うんうんと頷く高校生達。


「最後の当主、なんつー名前だったか、榎本なんとかってその当主が自害した刀がそれだとの言い伝えがあってな。」


オヤジが声を潜めた。


「呪の刀ってんで、昔から大事に祭られてたんだそうだ。祠を建て替えるときだって、粗相のないよう気をつけてな。絶対に刀を抜いちゃいかんって言われてたらしいんだが、五十年程前、なんでも戦争が終わったばかりの頃、血の気の多い若いのがな。」


宿のオヤジがじろりと見回し、青学テニス部の面々はごくりと唾を飲み込んだ。


「そんな呪いなんて迷信だ、馬鹿馬鹿しい、オレがそれを証明してやる、とかなんとかぬかして、鶏をさばくのにわざわざその刀を祠の中から取ってきたんだそうだ。」


食堂の中はいつしかシンとして、皆真剣に聞き入っている。


「鶏をつぶすとこなんて、坊ちゃん達は知らんだろ。都会じゃなぁ、お目にかかることはないからなぁ。ありゃな、きちんと血抜きをしなきゃいかんから、たいてい木の枝に逆さにつるして首をおとすんだよ。その時も、近所の連中が集まって鳥を木に吊るしとったんだそうだ。そこへ若いのがその小刀を持ってきた。」


テーブルの上の小刀を指差され、全員がひっと息をつめた。


「鞘をはらうと、手入れも何もしていないっていうのに、その刀はキラキラ光を反射するくらい光ってたそうだ。普通、手入れしないと錆びるもんなんだがね。皆、その若いのを止めた。不吉なものを感じたんだな。だがそれがいけなかったんだろうなぁ。意地になっちまったらしいよ、その若いのは。引っ込みがつかなくなった。皆臆病だ、とかなんとか言いながら、刀を振ったんだそうだ。」


オヤジが刀を振る真似をすると、うわっと菊丸が不二の腕にしがみついた。他の部員達も思わず体を引く。


「斬るつもりはなかったらしい。自分でも薄気味悪く感じたその若いのは、斬る真似だけして刀をおさめるつもりだったらしいんだ。ところが…」


オヤジが息をついだ。全員、硬直している。


「すぱっと鶏の首が落ちて、パッと血が飛び散ったんだそうだ。ぎょっとして皆が刀をみると、若いのの服や手には返り血がついてるっていうのに、その小刀の刃には僅かな血のりすらついていなかったそうだ。」


うぃいいいっ、と皆、青ざめる。


「戦後の食糧難だっていうのに、気味悪くてその鶏を食べるやつはいなかったそうだ。そして、小刀を持ち出したその若いのは…」


オヤジはずいっと膝をすすめ、声を落とした。


「一週間後に血を吐いて死んだ…」


ガタガタガターン、とけたたましい音を立てて、桃城と海堂が椅子から転げ落ちた。ひい〜っと菊丸が不二にしがみつく。わ〜、きゃあ〜っ、と食堂は悲鳴で大騒ぎになった。


「まぁ、そういうわけだから、飯が終わったらその小刀、祠にかえしておくこった。ちゃんと謝ってくりゃ、祟りもないだろうよ。鞘から抜いたわけじゃないしなぁ。」


からからとオヤジは笑うと、なにやら文庫本のようなものをテーブルの上においた。おそるおそる不二がそれを手に取ってみると、「教育委員会監修、郷土の歴史と文化」と銘打ってある。


「ここらの地元史だよ。歴史の勉強勉強。」


冗談なのかなんなのか、よくわからないことを言いながら、オヤジは水屋ににひっこんでいった。小刀はまだテーブルの上にある。


「ふ…ふじぃ〜。」


菊丸が情けない声をあげた。


「八百年も前の刀にはみえないけどね。」


乾がつとめて冷静な口ぶりで評する。桃城と海堂はすっかり青ざめていた。


「お…おれら、祟られないっすかね、先輩…」
「…鞘から抜いてはいないしね。」


さすがに不二の口元もひきつった。


「先生、朝食がおわったら、これ、返しに行ってきてもいいですか?練習時間にはちょっとくいこみますけど…」


一も二もなく了承された。



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新連載開始ですっ。週一くらいのペースで更新できたらいいな(…って、また自転車操業かい)次回から「教育委員会監修・郷土の歴史と文化」が嘘八百こきますが、けして騙されないように。嘘ですからね、捏造ですからねっ。あ、呪の小刀の話はホントです。ウチにあったんスけどね、色々後日談あって、今頃は出所不明の呪の脇差しってどっかの博物館に納められているはず。いや、もうあんな不吉なもん、いらないし…