ホワイトデー?
教室に帰った手塚はクラスメートの言葉に訝しげな顔をした。
「あ〜、ダメダメ、こいつテニス部じゃん。しかもそこの星だよ〜。お返しなんか関係ないって。」
「あっ、そーだよ、テニス部だよ〜。」
「…なんだ、それは。」
眉をひそめる手塚にいいからいいから、と手を振ってクラスメートは話をかえた。手塚もそれ以上聞こうとはしなかったが、それでも何か引っ掛かるものがあったので、改めて周囲の雑談に注意を払ってみると、なにやら訳のわからない言葉が飛び交っている。
三倍返し?本命?
どうも世の中、テニス漬けで過ごしてきた自分にはわからない言葉や慣習があるようだ。手塚はハタと考え込んだ。今までなら放っておく。現に、知らないまま放っておいてもなんら不都合はなかった。だが今回は事情が違う。
不二にチョコを貰った…
それにどういう意図があれ、チョコを貰ったというのは厳然たる事実だ。しかし、バレンタインデーチョコに関してはいろいろとこむつかしいしきたりがあるらしい。手塚は困り果てた。世の中の一般常識らしいから、誰彼素直に聞くのも憚られる。
そうだ。大石に聞こう。
思い立ったらじっとしておれず、手塚は大石のクラスに急いだ。
☆☆☆☆☆☆
大石はいなかった。地図帳をとりに資料室へ行ったという。
昼休みまでムリか。
諦めて教室へ戻ろうとした手塚の肩を誰かがポンと叩いた。
「乾。」
「や、誰に用事?不二?」
突然でてきた名前に手塚はぎくっと体を固くした。乾はにっと口の端をあげると顎をしゃくる。
「でも先客がいるみたいだね。」
廊下の先の階段口に松平玄九郎と不二がいた。
玄九郎が何か言ったのだろう。不二がくすっと肩をすくめて笑う。仕種は可愛いのに妙に艶があった。
「不二っ。」
気付いた時には手塚は不二に声をかけていた。
「あれ、手塚。乾。」
不二が嬉しそうに手を振る。手塚はツカツカと不二に歩み寄ると黙って玄九郎を見た。玄九郎はチラと手塚に目をやると、ふっと目を細める。それから不二の肩をポンと叩くと鮮やかに笑った。
「じゃあな、不二君。また。」
「あ、はい。」
不二が挨拶をかえすのに玄九郎は後ろ手に手を振って答えた。手塚はその背中に刺すような視線を送る。
「手強そうだねぇ。」
乾の声にはっと我に帰った。乾はにやにやしている。
「え、何?どうしたの?」
二人の様子に不二はただきょとんとしていた。
☆☆☆☆☆☆
「大石。三倍返しとは何だ。」
結局、大石を捕まえられたのは部活の後だった。
「………は?」
「だから、三倍返しだ。」
「あ〜っと…手塚?」
大石はまじまじと手塚を見た。はじめは何の冗談かと思ったが、目の前の友人は至極真面目だ。
「皆、ホワイトデーだの三倍返しだのと騒いでいるが、わけがわからん。何のことだ。」
「………手塚…」
この男はどうやって今まで生きてきたのだろう…
大石は時折、つくづくそう思う。テニスや勉学はあれ程優秀なのに、妙なところでスポンと見事に抜けている。
まあ、今さら驚くことでもないか…
大石はとりあえず、しかめ面の友人の疑問に答えてやることにした。
「あのな、手塚。ホワイトデーっていうのはバレンタインデーにチョコを貰った男が女にお返しをする日だ。」
「お返しの義務があるのか。しかし、今までテニス部で誰もそんなことをしている奴はいなかったぞ。」
大石は頭を抱えそうになったがぐっと踏み止まる。
「それはだな、男子テニス部員は、まぁ、特にレギュラーや準レギュラーは毎年たくさん貰うだろ。だから、暗黙の了解というか、お返しはしてないんだよ、皆。」
そうか、だからテニス部だからとあいつらは…ぶつぶつと手塚はなにやら呟いている。ため息を一つつくと、大石は説明を続けた。
「で、ホワイトデーには貰ったチョコの三倍を返す。だから三倍返しだ。」
「なに、貰ったチョコの三倍だと?そんな…」
「手塚、違う。値段だ。」
皆まで言わせず大石は即答した。おそらく手塚の頭の中には今、巨大なハートのチョコレートがイメージされたはずだ。そして、それがわかる自分を誉めてやりたいと大石は嘆息した。
「手塚、貰ったバレンタインチョコが本命だろうと義理だろうと、ホワイトデーってのは男にとって重い日なんだよ。」
この時、手塚国光は生まれて初めて、バレンタインデー以上の悪習がこの世に存在することを知った。
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うわ〜、アップするの忘れてたって言ったら怒る?怒るよね、怒るとき怒れば怒ろうって、活用やってる場合じゃないってばよ。手塚祭りですっかりさっぱり忘れてました。冬にこの続きだそうと思っているので、これからダッシュでアップです。とっととファイルつくらなきゃ。この話が終わったらいよいよ告白編ってか〜。コミックと平行してアップ作業開始じゃあ〜、時間あるのか、オレ達…