たまらんカップル




手塚国光は最近、上機嫌だった。
顔の筋肉が固いので傍目にはわからなかったが、とにかく機嫌がよかった。特に日曜の朝は晴れ晴れとした顔をしている。部活があろうがなかろうが、それは変わりなかった。



「手塚。」


恋人が優しく名前を呼んでくれる。部活を終えた手塚は、恋人や仲間たちと昼食をとったあと、恋人の部屋でくつろいでいた。昼食も恋人と二人きりでとりたいのが本心だが、手塚の綺麗な恋人は優しく仲間おもいだ。部活仲間の誘いをむげに断ったりしない。だから手塚はしぶしぶ皆と一緒に昼食をとる。顔の筋肉が固いせいで不機嫌を悟られることはなかった。

しかし、午後の時間は譲れない。手塚は日曜の午後、よほどのことがないかぎりこの綺麗な恋人と二人きりですごすと決めていた。

「手塚。」

柔らかく自分を呼ぶ声。

ああ、至福だ・・・

手塚の固まった口元の筋肉も思わず弛む。

そう、久しぶりなのだ。手塚の恋人、不二周助が手塚だけの名を呼んでくれる午後というのは。




不二は特撮戦隊物ファンだった。特撮番組は日曜の朝だ。特撮気分の高揚した不二は、身振り手振りでその日の感想を仲間に話すのが常だったのだが、想いが通じ合って以来、手塚はそれを自分だけに聞かせてくれるよう約束をとりつけていた。なぜなら、夢中で戦隊物を話す不二があまりに可愛らしかったからだ。ヒーローの変身シーンを演じる段になると、それに艶っぽい色気まで加わる。

こんな不二を他人に見せるわけにはいかないっ。

手塚は自分も他人なのはしっかり棚に上げて、先の約束を不二にとりつけていた。





ただ、不二と過ごす甘い午後に一つだけ、思わぬ落とし穴があったのだ。

不二は戦隊物ファンだ。当然、話す内容は戦隊物のことだ。そして最近の戦隊物は「イケメン」ぞろいなのだ。シリーズは変われど、様々なタイプのイケメンを揃えていることには変わりない。すると誰かしら不二好みのキャラが出てくることになる。

ガオレンジャーではガオシルバーにはまっていたな…

手塚は苦い思い出を振り返る。

ハリケンジャーの時はもっとひどかった…

ゴウライジャー、一甲と一鍬にはまった不二は、うっとりと二人の名前をよぶのだ。恋人を差し置いて不二の甘い唇に上るゴウライジャーに、手塚は殺意さえ抱いたものだ。

ところが、次のシリーズ、アバレンジャーで事態は一変した。不二好みのキャラがいなかったのだ。食指の動かないシリーズで、いつまでも不二はゴウライジャーをなつかしんでいたが、そこはもう終わってしまったシリーズである。いつしか不二は、戦隊物の出来については語るが、うっとりと誰かの名前を呼ぶということをしなくなっていた。そのかわりに甘く呼びかけられるのは手塚の名前だ。

ねぇ、手塚。

そう呼ばれるたび、手塚国光は幸せを噛み締めた。新シリーズ、デカレンジャーがはじまって、手塚はしばらく警戒していたが、どうやらゴウライジャーに匹敵する登場人物はいなかったようで、「宝児がかわいい」だの、「仙ちゃんが好みだ」だのという話はしても、うっとりと誰かの名前を呼ぶということはなかった。そのかわり、というのは癪だが、手塚の名前を呼んでくれる。危惧していた新キャラも不二の琴線にふれなかったことで、手塚はすっかり安心していた。

来年の二月まではこれで安泰だ。

しかし、安寧はそう長くは続かなかった。







はじめに不二の変化に気づいたのは、常に手元に置かれるようになった一体のフィギアだった。銀色を基調に犬の耳のような突起が二つ、頭に生えている。

こんなキャラ、いたか…?

そして、ある日曜の午後、不二が呟いたのだ。例の、うっとりとした口調で。

「ドギーっていいよね、稲田さんの声がさぁ…」




ドギーって誰だ、稲田って人物、出てきたかっ。




手塚は慌てた。慌てたがそこは手塚、表に出さず、不二に話をふる。

「新しく出てきたか?その、ドギーっていうのは。」
「やだなぁ、手塚。最初っから出てるじゃない。」

嬉しそうに不二は説明を始めた。

「地獄の番犬、ドギーだよ。」

いたか?そんなヤツ…

手塚は今まで不二にきいたデカレンジャーの話を総ざらい、記憶の中から引っ張り出してみたが、やはり心当たりがない。不二は嬉々として説明しながら、ビデオをセットした。

「とにかく、稲田さんの声がいいんだよ。だから、変身した後がかっこよくてさ。」

だから、稲田さん、って誰だ…

だいたい、今まで「一甲」だの「一鍬」だの、うっとりとはしても呼び捨てだったのに、この「稲田さん」だけは「さん」づけだ。手塚は嫌な予感に眉を顰めた。不二はビデオを目的の場面に進めていた。

「ほら、手塚、これがドギーだよ、地獄の番犬、ね、素敵でしょうっ。」

素敵でしょうって…

テレビの中では、デカレンジャー達の正面に陣取って偉そうな口をきいている「犬」がいる。青いふわふわした着ぐるみの犬は、生意気にも黒い軍服のようなものを着て、あれこれデカレンジャーに指示しているのだ。

『ロジャー』

デカレンジャー達は青い犬っころに敬礼すると、事件現場にかけつけている。不二が頬をそめて手塚に振り向いた。

「見ていて、手塚。ドギーが変身するから。」

敵にやられそうになっているデカレンジャーのところへ、青い犬っころが登場した。

『エマージェンシー』

犬っころが変身した。確かに、不二の手元にある銀色のフィギアそっくりなヤツが現れる。そしてやはり、頭の上の突起は犬の耳だ。

「いい声だよねぇ、稲田さん…」

稲田さん、稲田さんってのは、この犬っころの声か、しかしどうみても犬だ、二本足でたっていようが、変身しようが、青い犬っころの着ぐるみだ。

「ね、手塚、彼、かっこいいでしょ。」

それから不二は、いかにドギーが素敵か、熱弁をふるった。その熱弁に生返事をしながら、手塚の頭はぐるぐると一つのことだけが回っている。

犬以下か、オレは犬っころ以下なのか…

一甲も一鍬も人間だった。うっとりと恋人が彼らの名を呼ぶとき、手塚は負けてなるかと密かに敵愾心を燃やしたものだ。だが今回は青い犬の着ぐるみ、人間ですらないのだ。

なんとも言いがたい敗北感に打ちのめされ、手塚はただ、デカレンジャーの画面を見つめていた。






「最近、月曜になると手塚部長、機嫌悪くないっすか。」

越前リョーマの一言に、部員全員が頷いた。月曜の部活でポカをすると、通常の倍は校庭を走らされるのだ。

「不二先輩は絶好調みたいなのに、何でですかね。」
「お前、理由聞く勇気、あんのか。」

桃城に突っ込まれて、リョーマは顔をしかめた。

「どうせ不二先輩がらみなんでしょうけど、オレ、それを聞くほどバカじゃないっす。」

全員、またこくこくと同意する。たまらんカップル、へたにかかわるとろくなことはない。スイカ事件で身に沁みた部員達は、とにかく嵐をやり過ごすことだけに専念しようと自戒をこめて決意していた。



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ドギーがいかにかっこいいか、もっと知りたい方は「わしら」コーナーの「ドギー変身、デカレンジャー」を参照していただきたいっ(いっぺん死んでこい、オレ)