たまらんカップル7


「ね、クワガライジャーでしょ。」

振り向いた不二がふわりと微笑む。

「あ…ああ…」

手塚は戸惑ったように曖昧な返事をした。

☆☆☆☆☆☆


手塚は不二の家でビデオを見せられていた。何でも不二お気に入りのドラマ、「ト○ック」が深夜時間帯からゴールデンタイムに移動して新しく始まったとかで、半ば強制的にビデオ観賞会が不二宅にて設けられたのだ。

「手塚も絶対気に入ると思う。」

にっこりする不二の笑顔にクラクラきて、手塚は一も二もなく頷いた。不二と二人きりで休日を過ごせるならビデオだろうが何だろうがかまわない。ビデオが終わればゆっくり可愛い不二の唇を堪能することもできるだろう。少しぐらい触ってもいいかもしれない。


手塚はむっつりスケベだった。


☆☆☆☆☆☆


「おはよ、手塚。」

日曜日の朝、十時、ドアチャイムを鳴らした手塚を不二が嬉しそうに迎えた。

「いらっしゃい、手塚君。」
「手塚さん、お久しぶりです。」


由美子さんと裕太君…


手塚は一瞬、白く固まった。


不二と二人きりのラブラブビデオ観賞会じゃなかったのか。
いや、確かに、二人きりで、とは言われなかったが…


さあ、どうぞどうぞと二人に手を取られ、手塚はリビングのソファに座らされた。そのまま両脇は恋人の姉弟にかためられ、肝心の不二はソファの右隣にある一人がけ用の椅子におさまってリモコンなぞいじっている。最愛の人の白い指にいじられているリモコン…


くっ、リモコンめ。


存外手塚は独占欲が強いのだ。


人目がなければ即座に不二を引き寄せて、憎きリモコンを叩き付け、恋人のしなやかな指を口に含んで舌をからませ…


不埒な妄想に鼻血を噴きそうになる。あまり柔軟ではない手塚の顔の筋肉がそれを救っていた。


☆☆☆☆☆☆


ビデオがはじまると、不二三姉弟は一心に見入っていた。時折、堪えきれないというふうに肩を震わせて笑う。手塚には何が何やらさっぱりだった。やたらと髪の長い女優と目の大きな長身の男が大仰な身ぶり手ぶりであれこれしゃべる。その度に不二が、由美子が、裕太まで涙を流さんばかりに笑うのだ。しかたがないので手塚はテレビではなく不二の方を眺めていた。くるくる変わる表情、大きく見開かれる目、楽しげに揺れる柔らかい髪、ほんのりと色付いた頬、そして唇、不二の唇…


ああ、キスしたい。
キスして、柔らかい舌をからませ、吸い上げて…


丁度その時、不二が手塚に振り向いた。そして弾んだ声でいう。

「ね、クワガライジャーだったでしょ。」
「?」


クワガタ虫がいたか?ドラマに。たしか場面は冬景色だったぞ?


「えーっ、やっぱクワガライジャーだったのか、アニキーっ。」

突然、右隣に陣取っていた裕太が膝をのりだした。

「オレオレ、そーじゃねーかとは思ったんだけどさーっ。」
「さすがは周助ねぇ。あたし、わからなかったわ。」

由美子が頬に手をあててため息をついた。

「ギンガレッドがいなくなっちゃったのは寂しいけど、周助の一鍬なら許しちゃう。」
「姉さん、前原一輝のファンだものね。」
「そっかー、あの新しい刑事がアニキの一鍬だったのか〜。」


こ…この姉弟…


手塚は愕然とした。


三人揃って特撮ファンだったのかっ。


呆然としたまま手塚の頭の中では様々な思いが渦巻く。


いや、ありえないことではない。あれだけ特撮オタクな不二なのだ。その兄弟が同じ傾向を持つのはなんら不思議ではない。ないが、あの上品でお嬢様な由美子さんまで。
いやいや、そうではない、問題はそんなことじゃなく…



周助の一鍬っ?



手塚の手がぐっと握りしめられた。



アニキの一鍬だとっ。



不二の頬が心なしか赤く染まっているのは気のせいではあるまい。険しい光を宿した手塚の視線に気付かず、姉弟達はもりあがっている。

「髪型もメイクも変わってるから最初わからなかったんだけどね。」
「アニキは一鍬にメロメロだからな〜。」
「周助、一甲と一鍬、どっちがいいの?」
「そんな、決められないよ。」
「気が多いんだって、アニキはよ〜。」


とろけるような不二の笑み。
不二、そんな笑みを向けていいのは、それは。


「本命、決めなさいよ、周助。」
「一甲と一鍬、決めろって、アニキ。」
「オレと一鍬とどっちがいいんだ。」


その場の空気が凍った。三姉弟の目が、今の言葉を放った人物に注がれる。手塚は大真面目に繰り返した。


「不二、オレと一鍬とどっちがいいんだ。」


ふっと不二の目が優しく細められた。椅子から滑るように手塚の前へ膝をつくと、固く握りしめられた拳に手を置く。

「馬鹿だね、手塚。そんなの決まってるでしょ。」

君とくらべられるものなんてこの世に存在しないよ、そう囁くように不二は告げる。手塚の肩から力が抜けた。

「…不二…」

拳を解いて不二の手に指をからめる。

「すまん、不二…つい…」
「ううん、嬉しいよ、手塚。妬いてくれたんだ。」
「……すまん。」

からめた手を取り、唇を寄せ、そしてはじめて手塚は我に帰った。


ちょっと待て、ここは…オレは…


手塚はおそるおそる両隣りに目をやる。右隣で裕太が硬直していた。左隣で由美子がなにやら目を輝かせている。そして目の前にはニコニコ笑う不二の顔…


だぁぁぁぁっ、


声なき悲鳴をあげ、手塚は不二の手を振りほどいた。

「いやっ、そのっ、これはっ、」
「アニキと手塚さんが…アニキと手塚さんが…アニキと手塚さん…」
「冬の本はきまりよ、これで一冊いけるわ。」

さらさらと白い灰になっていく裕太と、ガッツポーズの由美子の間で赤くなったり青くなったり忙しい手塚を不二は愛おしそうに見つめている。



たまらんカップル、家族公認になる日もそう遠くない。



☆☆☆☆☆☆☆
オタク現象ますます強まってきてます、たまらんカップル。なんか、手塚のバカ度もアップしてきているような…
あ〜、例のドラマですね、すっごく好きなンですわ。前回まではギンガレッドが下っ端の刑事さんだったんですけどね、こんどはクワガライジャーの一鍬君がその役で出てます。髪の色もメイクも変わってたから最初わかんなかったよ。がんばれ、クワガライジャー。また仕事くればいいねっ。