たまらんカップル6





「なぁ〜、夕べ、オレ、変な夢みちゃってさ〜。」

ロッカーから着替えを引っぱりだしながら菊丸は誰に言うともなく言った。
側にいた人間が適当な相づちを返す。

「オレ達、合宿してんだけど、すんごい変な事件が一杯あってさぁ。荷物が置いていたとこから移動してたり、食事が一人分消えてたりとか〜。」
「食事が消えるって、そりゃ英二にとっちゃ大事件だ。」

大石がおかしそうに言った。

「だーかーらー、その後が変な夢なんだってば。もー、真面目に聞けよっ。」

はいはい、と苦笑が漏れるなか、菊丸は叫んだ。

「だって、手塚が戦隊モノのヒーローになってたんだもん。」

げっ、と誰かが唸った。皆の目が手塚に集中する。手塚が戸惑った顔をした。

「菊丸の夢だろう?」
「夢だけどさ〜。」
「で、菊丸先輩、手塚部長どうしたんスかっ。」

誰も手塚の言うことは聞いていない。わくわくと菊丸に続きを促した。

「うん、なんかね、不思議な事件の原因は座敷わらしでね、沼に住んでる悪い蛇から住民を守ってたらしいんだけど、もう力が尽きて消えちゃいそうだから助けてってメッセージだったんだよね。」

おおお〜、と何故か部員の間にどよめきがおこる。すでに部室にいた全員が菊丸の側に集まってきていた。

「そしたら手塚がさ、いきなり、『もう悪戯をしないと約束するならオレが蛇を退治してやる』っていってさ、おじいさんの日本刀、ってヤツ持って沼に向かうんだよな〜。」

うわ、部長、カッコイイ、日本刀なんて持ってるんだー、部員達から様々な声があがる。

「おい、それは夢だろう。」

迷惑そうに眉をひそめて手塚が口をはさむが完全に無視された。菊丸の口調に熱がこもる。手塚は内心、焦り始めた。

「でもさぁ、いくら手塚が日本刀持った戦隊ヒーローでも相手はでっかい蛇だからさ、噛み付かれたりして負けそうになるんだな。」
「オレ達、助っ人しないんスか?」

桃城が心配そうに聞く。菊丸が深刻な顔で首を振った。

「なんか、不思議な力が働いてて、オレ達、手塚の側に寄れないの。」
「結界ってヤツっすね。」
「海堂、たまに君、不思議なこと言うね。」

乾に言われて海堂は照れたように下を向いた。

「そこへなんとっ、座敷わらしが駆け付けるんだよ。あ、座敷わらしっていっても赤い着物着たかわいいおかっぱ頭の女の子でさぁ。」
「部長、もしかしてロリコン…?」
「リョッリョ−マ君っ。」

ぼそっと呟いたリョーマの口をカチローが慌てて塞ぐ。横に立っていた不二の笑みが僅かに引きつった。

「そのかわいい女の子が来た途端、手塚ってばさ、『大丈夫だ、約束は果たす』なーんて言って、必殺の一撃くらわして蛇たおしちゃうんだよ〜。」

さすが手塚部長っ、うわぁ、女はガキでも偉大っすねー、部員達は口々に勝手なことを言いはじめる。不二の口元から笑みが消えた。

菊丸の夢なんか真剣に聞くなっ、

手塚はそう叫びたいのだが、あまりの展開に言葉がでない。

「まーって、まって。まーだ、続きあるんだにゃ〜。」

にっと笑って菊丸が指を突き出した。部員達は再び固唾を飲んで菊丸の話に耳を傾ける。

「ほっとしたのも束の間でさ、蛇は最後の力を振り絞って手塚を体に巻き込むんじゃん。そして沼に引きずり込もうってするんだよ。手塚ーってオレ達、叫ぶんだけど、怪我をしている手塚はもうぐったりしちゃってぇ、ずぶずぶと暗い沼の底に沈んでいってさぁ。」

ええええ〜っ、と部員達から悲鳴が上がった。部長、死んじゃうんですか〜っ、手塚部長〜っ、悲痛な声が響きわたる。夢だろう、と突っ込むものは誰もいない。

「その時、奇跡がおきたんだよ〜。」

菊丸がむん、と胸をそらした。

「なんと、そのかわいい座敷わらしが残った力を振り絞って手塚を救うんだ。で、力を使い果たしちゃってさぁ、座敷わらしは蛇と一緒に消えていくんだよ〜。そいで、最後に微笑みながら手塚に言うんだ。」

菊丸は両手を胸の前に組み、しなを作って可愛らしい声をだした。

「『おにいちゃん、私のこと、信じてくれたのも、命がけで助けてくれようとしたのも、おにいちゃんだけだよ。おにいちゃん、優しくしてくれてありがとう。ありがとう、おにいちゃん…』ってさぁ。」

感動だろーっ、と拳を握りしめる菊丸の周りで、部員達も感歎の声をあげた。

「かっこいいッスねー、なぁ、越前、そう思うだろっ。」
「部長、けっこうやるじゃん。」
「手塚、見直したぞ。実は熱い男だったんだなっ。グレイトバーニーングッ。」
「やはりヒーローにはかわいい女の子がからむ確率99パーセント。」


「おにいちゃんって…何さ…」


地を這うような声に皆がぎょっとした。


「手塚…おにいちゃんって、そのコとどういう関係…?」

不二の目が開いている。凍り付くような眼差しだ。部員達の背中を冷たいものが流れた。

「赤い着物のかわいい女の子だって?君、そんなコのこと、ひとっことも僕に話したことないよね。」

手塚は慌てた。どういう関係も何も菊丸の夢なのだから手塚が知るわけはないのだが、あまりの不二の怒りに声がでない。蛇に睨まれたカエルのようにただ突っ立っている。

「不ッ不二〜、あの…あのにゃ〜、それってオレの…」
「エージは黙ってて。これは僕と手塚の問題だから。」

ぴしゃりと言われて菊丸は黙り込んだ。

「君、たかがいたずらやめさせるために命かけるの?何それ、それってどういう関係?」
「不ッ不二っ、誤解だ…」

やっと手塚が声を絞り出す。

でも部長、そのセリフ、かえってヤバイです…

突っ込みたくても不二の迫力に全員何も言えない。

「ふ〜ん、手塚、僕はダメでもそのコなら君の側にいけるんだ。なにさ、僕よりそのコの方がいいんだねっ。」
「不ッ不ッ不二…」

一人、二人と三年生はこっそり抜け出す。こうなった時の不二の恐ろしさは三年生全員が身に沁みて知っていた。後輩達は金縛りにあったように動けない。

不二先輩、それは夢です、夢の話なんです…

そうフォローしたいのは山々だが、なにせ普段柔和な不二が怒りをオーラを発しているのだ。全員恐くてすくみあがっている。さすがのリョーマも茶々をいれる余裕をなくしていた。

「だいたい、僕のゴーライジャーに変身するなんて、手塚、許せないっ。」
「今はアバレンジャーだろう…。」
「ゴーライジャーの方が好みなのっ。」
「オッオレは別にゴーライジャーになったわけでは…」

部長っ、何、とんちんかんなこと言ってンですか〜っ。

後輩達は泣きそうだった。ラケットを握ると無敵の手塚部長も今は全くの役立たずだ。

「もうっ、手塚がその女の子をとるなら僕だって一甲や一鍬に乗り換えてやるっ。」
「不不不二っ、お前、オレよりゴーライジャーがいいとでも…」
「手塚が悪いんじゃないっ。」

いつ果てるともしれない痴話げんかに後輩達は途方に暮れていた。助け舟をだしてくれそうな三年生はとっくに逃げてしまっている。堀尾が半べそでリョーマに囁いた。

「越前〜、この喧嘩、そろそろ終わんないかなぁ…」
「ま…まだまだ…だね…。」

たまらんカップル、ラブラブ街道を驀進する二人には、今日も周りに迷惑かけまくっていることの自覚はない。




さすらいのファックス職人、Tさん(ていえばわかる人はわかるよね〜)の夢から出た話です。いや〜、にしてもTさん、なんつースペクタクルな夢を…。なんでも、Tさんの夢では手塚が座敷きわらしに説教する部分もあったそうで。それはまた別ネタでつかわせてもらおーっと。Tさん、素敵な夢をありがとう。