夕食時、写真クラブの不二ガードは鉄壁だった。
不二ともう少しテニスの話がしたい三上は、果敢に鉄壁にトライしたが、あえなく玉砕した。
女子生徒すら、「おれら、写真展の段取りはなしてるとこだから。」と追い払われる。不二は困ったように微笑むばかりだ。手塚が話し掛ける隙など微塵もなかった。

夕食が終わっても風呂場でも、手塚は不二を捕まえ損ねた。明後日はテニスの合宿で一緒になるのだから、と自分に言い聞かせても、妙に胸騒ぎがして手塚は落ち着かなかった。

就寝時間もせまる頃、手塚は部屋の前の廊下でやっと不二をつかまえた。

「ちょっといいか、不二。」
「手塚さん、写真クラブは部屋で…」

不二の隣でゴタゴタ言おうとしたクラブ員を手塚はひと睨みで黙らせた。

「あ、先に部屋へ帰っててよ。」

にっこりと不二がうながすと、半分腰の抜けたクラブ員は大慌てで駆け去った。呆れたように不二はため息をつく。

「手塚、君、自分がどれだけ迫力あるか、自覚した方がいいと思うよ。」

それから不二は、くすっと笑って手塚の額をつついた。

「ほら、また眉間に皺よってる。」

手塚はいぶかった。こうしている不二はいつもの不二だ。変わった所はない。まじまじと不二をみつめていると、突然腕に何かがぶつかってきた。

「手塚さ〜ん、こんなところにいたんですかぁ〜。」

会計の女子生徒だ。

「ほ〜ら〜、不二さんにかまうとまた写真クラブさん達に怒られちゃいますよぉ。」

べたべたとまとわりついてくる。最悪のタイミングだ。

「それにぃ、生徒会の皆も待ってますしぃ、あたし、呼びにきたんです〜。」

甘ったれた物言いに手塚は眉を寄せた。

「すまんが不二に用が…」
「手塚、じゃ、僕、部屋に帰るから。」

すっと不二は手塚の脇を通り過ぎる。

「不…」

不二と呼び掛けようとした手塚に、梅の花が強く香った。

「…梅…」

手塚はぎくりと身を強ばらせる。

「え〜、梅ってどーかしたんですかぁ。」

女生徒がしなをつくりながら手塚の手を引くが、手塚は呆然と不二の消えた廊下の先をみつめるばかりだった。




☆☆☆☆☆☆




梅の香りがする。強く甘い梅の花の香り…




手塚はふと目が覚めた。まだ真夜中だ。時計は夜中の二時をさしていた。

誰かに呼ばれたような気がして、手塚は起き上がった。同室の男子生徒達はぐっすり眠っている。

また梅が香った。窓は閉っているのに、何故こんなにきつく香るのか。


「手塚…」


微かに自分を呼ぶ声がする。はっとして手塚は窓に駆け寄った。

手塚達生徒会の部屋は二階だ。がらりと開けた窓の下には梅林が広がっていた。


「…手塚…」


手塚は窓から身を乗り出して目を凝らした。梅林の下の小道に人影がある。宿の脇の外灯に照らされ、こちらを見上げていた。

「不二っ。」

人影は不二だった。クリ−ム色の無地のパジャマが闇に白く浮き上がっている。

手塚は紺色のパジャマに上着をはおると、大急ぎで階下に降りた。ロビーに人気はない。玄関の鍵も開いていた。宿泊客用の外履きに足をつっこんだ手塚は、玄関を飛び出す。小道の先に不二はいた。

「不二ッ。」

手塚の姿をみとめると、不二はすっと目を細め、小道の奥へ入っていく。

「不二っ。」

手塚はただ名前を呼んで後を追った。紅や白の花の中、不二の背中がぼんやり白く浮かび上がっている。手塚がどんなに走ってもその距離は縮まらなかった。ふわふわと不二のパジャマの裾がひらめく。胸騒ぎが強くなる。夕べ見た夢の情景が重なる。

「不二、待て不二っ。」

梅の花びらがはらはらと散る。ふっと不二が視界から消えた。目の前に舞い散る白梅の花びら、いつのまにか手塚は白梅の古木の前に来ていた。

「不二…?」

不二は古木の幹に背をもたせて立っていた。外灯のせいなのだろうか、そこだけぼうっとほの明るい。青白い花の下で淡いベージュのパジャマを着た不二も燐光を纏ったように浮かび上がっている。不二が口元に微かな笑みを佩いた。

「待ってた…手塚…」

はかなげな笑み、手塚は引き寄せられるように不二の側に立った。幹にもたれたまま、不二は手塚を見上げる。

「待ってたんだ…君を…」

梅が香る。はらはらと落ちかかる白い花びらの中で淡く微笑む不二。くらりと手塚は目眩を感じた。理性が警鐘をならす。


不二を連れて帰るんだ。不二、そんな薄着では風邪をひく、宿へ戻ろう、そう言って上着を着せかけ宿へ…


「…不二…」

声が掠れた。不二がどこかうっとりと囁く。

「君だけを待っていた…」

不二の唇が自分の名前をかたどる。甘く、優しく、手塚…と。

頭の中が白くはじけた。手塚は乱暴に不二の手を引くときつく抱きしめる。不二はされるがまま、手塚に体をあずけてきた。

「不二っ。」

噛み付くように唇を合わせた。ずっと恋いこがれてきた同級生、手塚はその唇を貪った。

熱が奔流となって全身を駆け巡る。お互いはむように唇を合わせていると、不二の舌がぬるりと滑り込んできた。夢中になってその舌に吸い付く。不二がねっとりとからませてきた。深くなる口付け、手塚は不二を抱きしめたまま草の上に倒れこんだ。首筋に顔を埋め、きつく吸い上げる。

「…ふっ…」

不二が僅かに声をもらした。頭の芯がクラクラする。濃厚な梅の香り、手塚は不二のパジャマをたくしあげ、白い肌に唇を這わせた。不二の体がびくりとはねる。せわしなく手を這わせながら、手塚は不二の胸の飾りを口に含んだ。

「ん…」

不二が身を震わせる。

「不二、不二、不二…」

手塚は不二の体の上で憑かれたように名を呼んだ。荒い息をつき、夢にまで見た肌に印を散らしていく。きめ細かく張りのある肌に手塚は酔った。

「あぁ…てづ…か…」

吐息とともに不二が自分を呼ぶ。素肌で、全身で不二を感じたい。手塚は邪魔なパジャマを取り去ろうと身をおこす。

次の瞬間、手塚は凍り付いた。

不二が自分の下で微笑んでいる。蕩けるように妖しく美しく。

だがそれは不二ではなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆
おお〜っと、ど〜する手塚。不二じゃなくても獣になってヤっちまうかぁっ?(撲殺)