手塚が不二を見つけたのは夕食時の食堂だった。不二はクラブの仲間に囲まれて談笑している。話しかけようにも手塚が入っていける雰囲気はなく、手塚も「交流夕食会」なる形をとられたので席を動く事ができなかった。
やっと「交流会」が終わった頃には不二の姿はどこにもない。自由時間に突入して女生徒達が絡んできそうになったが、手塚はかまわず不二を探した。 写真クラブの部屋へ行っても不二はいない。風呂じゃないんスか、と怪訝な顔をされた。
宿の中をあちこちまわっているうちに、手塚はロビーに降りてしまう。不二はそこにいた。しかし、一人ではない。ここの生徒会長、三上と何か笑顔で話していた。不二が笑う度にさらさらの髪が揺れる。大人っぽい雰囲気を持っているのに、相づちを打つ時小首をかしげたりと、ふいに幼い仕種をみせる不二に、三上は見愡れているようだった。カッと手塚の頭に血が上る。ツカツカと玄関口の二人に歩み寄ると気付いた不二が微笑んだ。
「手塚。」
「あ、手塚さん、今、不二さんに明日のこと…」
「不二。」
手塚は不二の手を掴み、そのまま玄関の外へ引っ張っていく。
「ちょっちょっと、手塚。」
戸惑う不二の声がしたが、かまわず手塚は外へ出た。ロビーにはただ呆気にとられた三上が残されていた。
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「手塚、どこ行くの、手塚ってば。」
痛いよ、という不二の声に手塚はやっと我に帰った。
「あ…すっすまん。」
慌てて掴んでいた手をはなす。不二は手首をさすった。
「どうしたの?こんなとこまで引っ張ってきて。」
気がつくとそこは白梅の古木の前だった。テニスコ−ト脇の外灯の光が梅林までとどいているせいで、花々が白く夜空に浮かび上がっていた。
手塚は戸惑った。三上と楽しそうに話す不二をみてカッとなったが、落ち着いてみるとここまで引っ張ってきた理由が見つからない。だいたい、夕方女生徒にしがみつかれていたのだって、不二には関係のないことなのだ。不二はじっと手塚をみつめている。手塚は言葉に詰まった。
「いや…その…」
いたたまれず目をそらすと、不二がふっと梅の木に寄り添った。
「さっきまでね、僕、この木、写真に撮ってたんだ。夜空に白梅が映えるんじゃないかと思って。」
不二は幹をそっとなでる。その仕種がはかなくて、手塚はどきりとした。
「なんだかこの木、不思議だよね。なにかこう…」
不二は幹を優しくなでている。白梅の花びらが不二に降りかかる。白梅の木に溶け込んでいきそうな不二。
「不二っ。」
手塚は思わず不二の肩を引き寄せた。不二がきょとんと手塚を見上げる。
「手塚?」
「あっ、その、すっすまんっ。」
焦って手をはなす手塚に不二はくすっと笑いかけた。
「手塚、さっきから『すまん』ばっかり。」
「…すまん。」
「ほら。」
不二が可笑しそうに肩を揺らす。手塚も苦笑いをもらした。
「ねぇ、手塚、手塚は夕方の事、気にしてるんでしょ。」
突然不二にきりだされて、手塚は困惑した。実際、言われた通りなのだが、はいそうです、というのも憚られる。不二はくすくす笑った。
「そんなにしかめっ面しなくてもいいよ。どうせ手塚の気を引きたい女の子が強引に迫ったんだってことくらいわかってるから。」
君とは付き合い長いからね、そう言って不二はにこっとした。手塚は力が抜けた。夕方から必死になっていた自分が滑稽だ。思わずため息をもらすと、ふっと不二が手塚の肩に触れた。切れ長の目が見つめてくる。
「でもどうして必死で言い訳しようとしてたの…?手塚…」
手塚はぎくりと体を強ばらせた。不二が囁いてくる。
「ねぇ、誤解だっていいたかったんでしょう?何故…何故僕に…?」
手塚の心臓は壊れそうな程跳ねている。
手塚…
不二の吐息が耳にかかった。白梅が香る。目眩がするほど甘い。
「…不二…」
手塚は不二に手を伸ばそうとした。
「エ−ジ達に言いふらされたらヤバイからでしょ、手塚国光がナンパしてましたって。」
するりと不二は手塚から離れてからかうように笑った。
「言っちゃおうかな〜。乾とか喜びそうだね。」
それから不二はあっけらかんと手塚の手をひく。
「帰ろ、手塚。冷えてきたよ。」
「あ…ああ。」
拍子抜けしたような気分で手塚は大人しく手を引かれていった。
「明日も生徒会行事?大変だね、手塚も。」
たわいないことをいいながら二人は宿に向かう。ふいに強く梅が香った。不二の髪の毛に白梅の花びらが一枚、からまっている。手塚はぼんやりとそれを見つめていた。
その夜、手塚は夢を見た。むせかえるような梅の香り、不二が梅の林の中にいた。不二は奥へ奥へと歩いて行く。
ああ、あの白梅の木だ…
梅の木の下に女がいた。長い黒髪の美しい女。不二は女の元へ行こうとする。手塚は訳もなく不安になった。
だめだ、不二、行くなっ。
だが声がでない。不二に近付く事もできない。手塚は必死で叫んだ。
不二っ、行くなっ。
女が不二へ手を伸ばす。女は不二を抱きしめた。
不二ッ。
ふと、女がこちらを見た。婉然と微笑む。きつい梅の香り…
目覚めは最悪だった。額の汗を拭って手塚は息をつく。まだ明け方で、同室の生徒達は熟睡していた。手塚は額に手を当てた。
どうかしている…あんな夢…
ふっと梅が香ったような気がして手塚は顔をあげた。夕べ体についてきたのか、梅の花びらが一枚、枕元に散っていた。
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ホラー?いや、でるんですよ〜、ナニが…え、大丈夫、わしら、恐がりだからお化け嫌いだし、だから恐いのかけるはずもなし、ちゃんとシリアスラブストーリーなんですってばっ(ああ、疑いの視線が痛いってばよ)