ゆっくりと白梅の精は生徒達の方に顔を向ける。整った花のかんばせ、白い肌が透けるようで口元には優しげな笑みが浮かんでいる。早春の光に色素の薄い髪をさらりとなびかせ、梅の精は一歩足を踏み出すとその白い手を眼前にかかげた。はっと息を飲む生徒達。


パシャッ
シャッター音。


「手塚。」

梅の精はそう言ってにっこり笑った。がさがさと茂みが動いて、梅の精の後ろから、まるで眷属のようにぞろぞろと数人の男子高校生が姿をあらわす。

「あれぇ、青学の生徒会じゃん。」
「なにしてんの?生徒会。」
「手塚、君の言ってた場所ってここだったんだ。」

淡いクリ−ム色の上着にジ−ンズをはいた梅の精はにこにこ笑って近付いてくる。

「…不二…」

惚けたように手塚はその名を呼んだ。



☆☆☆☆☆☆



「写真クラブの撮影合宿あるっていってたじゃない。」

奇しくも青学高等部写真クラブと生徒会の泊まる宿は同じだった。といっても小さな田舎町、高校生達が宿泊する宿など限られているのだが。そして今、彼らは一緒に昼食をとっていた。

「そう、あの梅林の撮影なんだ。それにしてもあの古木、見事だよねぇ。」

手塚の向いに陣取ってメンチカツをかじっている梅の精に田舎町の高校生達はすっかりぼうっとなっている。

「不ッ不二さんって、あの青学テニス部の不二周助さんですよね。」

生徒会長の三上がどもりながら不二に話しかけた。

「あっあの、オレ、中学の時から知ってます。月間プロテニスとかにのってたし、立海大付属との決勝、すごかったってそうですね。」

でもこんなに綺麗な人だとは…もごもごと言う三上に不二はにっこり笑いかけた。三上は真っ赤になる。

「えーっ、不二さんって、テニス部なんですかぁ。」
「じゃあ、手塚さんと一緒?」
「だから仲いいんだぁ。」

今度は不二にすり寄る女子生徒達を青学生徒会女子役員達が牽制した。

「中学の時から不二君は手塚君と並んでテニス部の双璧だもの。」
「天才不二周助って有名なんだから。」
「やだ、知らないなんてーっ。」

女子の険悪なムードに男子生徒達は知らん顔を決め込んだ。案外男同士、交友を深めるチャンスかもしれない。三上をはじめ、男子役員達は不二にアピールしはじめる。不二は愛想よく応対していたが、とうとう痺れを切らしたらしい写真クラブが声をはりあげた。

「不二ーっ、いつまで生徒会の相手してんだよ。」
「午後の撮影、行くぜーっ。」

不二は慌てて皿の残りを口に放り込むと上着を掴んで立ち上がった。テーブルを離れ際、ふっと手塚を振り返る。

「手塚、君、今日はいつ終わるの?」

突然言われて手塚の心臓が跳ねる。

「三時半頃には宿に戻る予定です、不二さん。」

手塚のかわりに三上が答えた。

「そう…」

一瞬、不二は何か言いたげな顔をしたが、じゃあ後で、とだけ言って食堂を出て行った。





午後は「郷土歴史館訪問」だの、「ボランティア活動見学と体験」だのに参加させられ、手塚達が解放されたのは予定より遅い四時過ぎた頃だった。写真クラブはまだ帰ってきていない。女子生徒達につかまる前に手塚は宿を抜け出した。足はテニスコートのほうへ向かう。

胸がもやもやしていた。今頃、不二は写真クラブのメンバーと一緒なのだろう。

笑いあい、親しげに肩を抱いて…

撮影会の合宿があると聞いてはいた。同じクラブ員同士、ふざけあったりじゃれあったりするのも普通のことだ。しかし、それを、不二がそうしているのを目の当たりにするとやはり平静でいられない。胃のあたりから黒い塊がこみ上げてくる。

『いつまで生徒会、相手にしてんだよ。』

不二を呼んだ男子生徒は挑むような目でこっちを見ていた。まるで不二は自分達のものだとでも言わんばかりに。

「くそっ。」

手塚は忌々しげに呟いた。醜い嫉妬だ。自分には何を言う権利もないというのに、不二を独り占めしたくてたまらなくなる。

手塚は無性にボールが打ちたかった。テニスボールを追っている時だけは何もかも忘れられる。そして、テニスコートに立っている時だけは不二の視線を自分のものに…


ふいに強い香りを感じた。梅の香りだ。

梅林を歩く手塚のまわりには、当然梅の香りが漂っていたのだが、一際強く香ってくる。目をあげると、白梅の古木の前に来ていた。

午後の遅い陽を浴びて白い梅の花びらは僅かに色を持ち、凛とした佇まいにに艶が加わっていた。手塚は古木に歩み寄った。はらっと花びらが散ってくる。ごつごつとした黒い幹に手を触れ、手塚は花を見上げた。ガクまで青白い白梅は、風もないのに花びらを散らす。

「不二…」

我知らず、手塚は愛しい名を呼んだ。この木の傍らに立つ不二を見た時、一瞬、梅の精なのかと本気で思った。

「不二に似ている、と言ったら、怒るだろうな…」

なんで男の僕が梅の花なんだ、とむくれる様が想像できて、手塚は笑みをこぼした。はらり、と白い花びらが手塚の肩に舞い落ちる。

「不二…」

苦しい恋だ。いつか、自分はこの恋を昇華することができるのか。手塚は木の幹に額をつけた。小さく呟く。

「不二…」
「あんまりその木に近付くと、梅の精に取り込まれちゃいますよ。」

ぎくっと振り向くと、女生徒が立っていた。ここへ着いてから自分にまとわりついている会計の女の子だ。

「その木、言い伝えがあるんですよ。すっごく昔に、恋人を待ちながら死んだ女の人がいて…」

その女生徒は話ながら手塚に近付いてきた。媚びるような笑みが口元に浮かんでいる。手塚は眉をひそめた。

「その女の人、死ぬ前に頼んだんですって。自分の死体を燃やして、その灰を梅の根元にまいて欲しいって。」
「そんな昔に火葬の習慣があったのか、ここは。」

手塚の冷たい口調にかまわず、その女生徒は手塚の隣に歩み寄った。

「そんなの知らない。でも、その女の人の気持ちはわかっちゃうな。腐りたくなかったのよ。腐るんじゃなくて…」

ふふっ、と女生徒は誘うように手塚を見る。そのあからさまな視線に手塚は吐き気がした。

「体も心も燃やして、それを取り込んだ梅の中で恋人を呼ぶの。私のなかへ来てって…」

可愛らしい顔つきでしかし淫らな空気を纏う、それは男にとって魅力的かもしれないが、手塚の中には嫌悪しかわかなかった。手塚が黙って立ち去ろうとすると、その女生徒は腕を取って耳元に囁いた。

「手塚さん、苦しい恋、してるんでしょ。」

私、慰めてあげられるとおもうんだけど…女生徒が手を胸に導こうとする。咄嗟に振払うと、いきなり胸に倒れこんできた。

「きゃあっ。」
「あ…」

女生徒の悲鳴と同時に、背後から驚いたような声がする。はっと振り向くと不二が立っていた。手塚は呆然とする。声もなく立ち竦んでいると、不二が困ったような笑みを浮かべた。

「ごめん、僕、えっと…」

それから不二は、足早に去っていく。

「不二っ。」

慌てて後を追おうとする手塚に女生徒はまだ腕をからめてくる。

「あ〜、ごめんなさ〜い。つまづいちゃってあたし〜。」

手塚は手を振りほどき、何か言う女生徒の声を無視して不二の消えた方へ走った。しかし、不二の姿はもうどこにも見当たらなかった。


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えへへ、ベタな展開ですねぇ。シリアスだしぃ〜。え、お笑いにはなりませんよ。これはシ・リ・ア・ス!あま〜いラブラブストーリーなんだってばよ(誰も信じてなかったり…?)