銀色の魔物
「あー先輩、ま〜た仕事しないでイチャついてる。」
火影執務室を開けたオレは声を張り上げた。先輩の黒髪の恋人、うみのイルカさんが大慌てで先輩から体を離そうとする。
「ちょっ…離して下さいよカカシさんっ。」
「や〜だよ、せっかくイルカ先生が来てくれたのにもったいない。」
先輩の腕ががっちり巻き付いて身動きがとれないもんだから、イルカさんはそりゃー盛大にジタバタしはじめた。
「すっすみません、テンゾウさん、オレッ…」
「いやいや〜、先輩が悪いんだってことくらいわかってます。」
それからオレは先輩に言った。
「先輩、うみの校長は忙しいんですから、あんまり引き止めたら一緒にランチタイム、過ごせませんよ。」
ね〜、うみの校長、とイルカさんにふったら、真っ赤な顔してぶんぶん首を縦に振った。相変わらずからかいがいのある人だなぁ。先輩はしかめっ面でオレを睨むと、しぶしぶ腕を解いた。
「……テンゾウ、お前ってイイ性格だよね。」
「はい、よくそう言われます。」
そう、火影の補佐になってからほんっとーによく言われる。
オレの二つ名はいつの間にか漆黒の残酷人形だ。失礼な。
まぁ、先輩につけられたあだ名、史上最凶最悪の火影、とか銀色の魔物、よりはましかもしれない。
「じゃ、オレはこれで。テンゾウさん、提出書類、机の上ですから。」
先輩の拘束から逃れたイルカさんは真っ赤な顔のまま一礼すると逃げるように執務室を出て行った。またねイルカセンセー、と先輩が能天気に投げキッスしている。ホント、相変わらずだ。バタン、とドアが閉まると先輩がへらへらしながらオレに惚気はじめた。
「もう、イルカセンセったらかっわいいの。オレに直接提出する書類なんてさ、普通教頭か教務主任に頼めばいいわけなんだけど、必ずあの人が持ってくるのよ。あの人だってすっごく忙しいじゃない?でもけなげだよね〜、ちょっとでもオレの顔見たいっていうの、愛されてると思わない?」
「はい、この十年、同じ台詞毎日聞く程愛されてると思いますよ、先輩。」
「……テンゾウ、可愛くない。」
「よくそう言われます。」
ぷく、とむくれる先輩の机にドサリ、とオレは書類を置いた。
「こっちが雷の国の後継者リストに載ってる者達の調査書、こっちはこの間のお家騒動に関わった連中のリストです。」
「ん〜、ご苦労さん。あんまりあくどいのも裏切るからダメだし、賢すぎても手駒に使えないし、バランス難しいよねぇ。」
先輩は凄まじい勢いで書類をめくっていく。言ってみりゃ写輪眼全開って感じ。
それもこれもイルカさんとのランチタイムを確保するためだ。
この十年、先輩は木の葉を一枚岩にするべくそりゃ〜あの手この手で邪魔な勢力を潰してきた。それだけじゃない、火の国の大名だけでなく国主やその側近にまで木の葉の影響力が及ぶよう、ほんっとーにあくどくねちこく陰険に立ち回った。
十年たった今では、先輩は影の国主とまで言われて恐れられている。最近は周辺諸国との友好と同盟を維持できるよう、またまたあの手この手で、だから最凶最悪だの魔物だのって言われるんだけど、先輩は戦争を避けるために必死なんだ。そして、いずれ火影にとあちこちで修行させているナルト君のために手を打っている。
「このヒヒ親父がまた難癖つけてきてますけど。」
「ん〜、ここってお年頃の娘が何人かいたよね。正妻カードでもちらつかせて機嫌とっといて。」
使えるものは何でも使えとばかりに、火影になってからの先輩はその端正な美貌を世間にさらして、結婚をエサにうまいこと、というかほんっとにあくどく立ち回っている。
恋人のイルカさんはしっかり側に置いていて隠しもしないんだけど、イルカさんは男だし、隠さないだけにかえって正妻になったらどうとでもなると思われるみたいで、外交面でこれが結構効力を発揮するのだ。
「ね〜テンゾウ、今日のお昼ご飯、なんだっけ?」
「今日は一楽デーですよ。」
「そっか〜、イルカ先生、喜ぶね〜。」
書類を読む合間に先輩はポロッとそう言う。先輩の楽しみはイルカさんとの毎日のランチとディナー、つまり、二人ともどんなに忙しくても一緒にご飯を食べるのだ。火影屋敷に同居はしていても、二人とも本当に忙しくてすれ違いが多い。忙しい時期はエッチできないって先輩が嘆いていた。
なんでイルカさんが火影屋敷に同居してるかっていうと、恋人だからってこともあるけど、暗殺の恐れがあるから普通に暮らせないのだ。
教育と政治は切り離すべきだっていうのが持論だった先輩は、六代目に就任してすぐに、アカデミーを火影の直轄からはずして別機関にした。その初代校長が恋人のイルカさんだ。
当時、まだ反対勢力も力を持っていたから、公私混同とそりゃあ大騒ぎになったもんだ。だけど呑気な風貌に似合わず性格が強面な先輩は、露骨なくらい周囲を仲間、つまりガイさんやアスマさんや紅さんやオレだけど、仲間で固めて反対派をねじ伏せた。
そしてそれ以上に腹が据わっていたのがイルカさんで、腰巾着だの男妾だの淫売だのと罵られても、知らん顔をしてアカデミーの教育システムを作り上げてしまった。
ただ、イルカさんは教育者として一流でも忍びの実力は中忍だ。常に暗殺の危険に晒されている。だから先輩は彼を絶対一人で出歩かせないし、常に護衛の暗部を最低二人はつける。外食もいっさいさせない。毒殺されるからだ。
イルカさんもその辺りは理解しているらしくて、大人しく先輩の言う通りにしている。
ただ、やはりストレスが溜まるだろうと、月に一度、一楽の親父さんに出張してもらっている。もちろん、オレ達護衛特殊部隊、通称カカシ一番隊が鍋釜から出汁にいたるまで厳しくチェックはするが、親父さんは嫌な顔一つしない。イルカさんの立場をわかっているのだろう。一度、火影に取り入っているラーメン屋だって因縁つけられた時、親父さんはこう啖呵を切ったそうだ。
『こちとら、長年のお得意さんにおいしくラーメン食ってもらいてぇだけなんだ。ラーメン代以外、ビタ一文受け取る気はねぇよ。』
頑固な親父さんはそうやって、いまだに屋台で営業している。本当に、男気のある人だ。
そう、そうなんだ。先輩にしろイルカさんにしろ、魔物だの淫売だのと罵られているけど、それは敵対する連中から言われているだけであって、二人を慕う人々は多い。
先輩が火影になって十年、世の中は確実に平和になっている。公正さもすすんでいる。そりゃあ、この世からは矛盾も悪事も不公平もなくなりはしないけど、それでも少しずつマシになってきているんだ。
そしてあの二人の周りには、昔なじみの気持ちのいい人達がちゃんと残っているし、誠実で有能な人材が集まってくる。
それでもやっぱり危険は排除したいから、オレは先輩の反対押し切って先輩に忠誠を誓う護衛特殊部隊を組織した。アスマさんとシカマル君が隊長と副隊長で絶妙のコンビネーションをみせてくれている。彼らの働きで実際、イルカさんの命が何度救われた事か。まぁ、先輩は強すぎるくらい強いから、あんまり心配はしていないけど、ふいとつかれると困るしね。
あ、そうだ。オレだって残酷人形とか言われてるけど、結構ファンも多いんだよ。そして恋人募集中でもある。そしたら先輩に釘をさされた。
「テンゾウ、恋人作るのはかまわないけど、結婚は許さなーいよ。」
にんまりと口元をあげる先輩の顔は邪悪だ。
「お前ってオレの懐刀なんだから、正妻カード、有効に使いたいのよね。」
使っていたのか、オレのまで…
やっぱり先輩は銀色の魔物だ、オレが渋い顔したら、先輩はゲラゲラ笑って、今度紅さん経由でいい人見つけてくれるって約束した。
ホントですね先輩。オレだって先輩達みたいにいちゃいちゃってのをしてみたいんですから。オレがそういったら、先輩はまた腹を抱えて大笑いした。もう、最凶最悪ですよ先輩。
仕返しにオレは懐に隠し持っていた書類の山をどさりと積んでやった。先輩が目を白黒させている。ちょっと胸がスッとした。
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