海と空と教室と4
 


           教室から見える空は

この任務を終えたら六代目火影に就任することが決まっていた。
オレは気が重かった。里を起こした頃ならいざ知らず、今の火影に求められるのは忍者としての強さはもとより、火の国の国主や他の国々と渡り合える政治力だ。
五代目がそれをかなり苦痛に感じているのは知っていた。あの人は根が真っ直ぐな人だから、どろどろした駆け引きの世界に嫌気がさしてきたのだろう。
でもオレだって嫌だ。人間のどうしようもなく醜い部分と日々向き合う生活をするくらいならば、手を血に染めてクナイをふるったほうがどれほど気が楽か。

火影は直接手を下さないかわりに、その判断次第で多くの人の血が流れる。そんな生活は真っ平だ。だが、幼い頃から世話になった五代目の最近の憔悴ぶりや、無邪気に火影を目指す教え子を思うと、五代目の要請を無碍にも出来ない。
三代目の頃から、忍びの人間教育に反対する勢力も根深く存在している。奴らのやり口は陰湿でねちっこい。そんな奴らに権力を握らせたら、オレの可愛い教え子達や後輩達、仲のいい同僚まで闇に葬られるのは明白だ。ナルトなんてどんな目にあわされるやら。

「お前、ナルトを飼い殺しにさせたいのか?」

五代目の一言でオレは腹を括った。四代目の忘れ形見、あの子は何か根本的なものを大きく変える力を持っている。オレはそれを成し遂げる様を見てみたい。変わった世界を見てみたい。
そして、その助けになるのがきっとアカデミーの教育だ。
ただ盲従する忍びはいらない。盲従は何かをなすときの大きな戦力になるが、一歩間違えるととんでもない惨劇を引き起こす。
イルカ先生の教育方針は三代目ゆずりの人間教育だ。あの人の育てる生徒はどこかに人としてきちんとした芯を叩き込まれている。惚れた欲目をさっ引いても、あの人はアカデミーの教育に必要な人材だ。オレはナルトやあの人を守りたい。

だからオレは六代目火影就任を了承した。
この暗殺任務に出る事も随分反対されたが、オレは忍びとしての自分にけじめをつけたかった。
ほとんどの忍びが手を染めるであろう暗殺任務、依頼されたからには一切私情を差し挟まず、冷徹にこなさなければならない。アカデミーの人間教育と矛盾する幾多のこういう任務をオレ達はこなしていく。矛盾を抱えたまま、皆忍びとして生きていくのだ。
ただ、オレはそこにうまれる葛藤こそが、惨劇を未然に防ぐ礎になると思っている。暴走する殺意に歯止めをかけられるものは、忍び自身の心の中にしかない。オレは最後に忍びとしての己を血に染め、覚悟を固めようと思った。

それでもやっぱり気は塞ぐ。覚悟を決めたと思っても、やはりこれからすすむ修羅の道を思うと重圧に心は沈んだ。
滞りなく暗殺任務を終え、他里の忍びの仕業に見せかける工作をしてから、里とは逆方向に森をすすんだ。さりげない痕跡をあちこちに残し、オレは初夏の森を駆ける。鮮やかな緑に青い空が目にしみた。

ねぇ、イルカ先生、この任務が終わっても、オレはまたこういう話しかアナタにできないのかなぁ。
火影になったらこんな話をすることすらできなくなるのかなぁ…

ふいに森が途切れた。
潮騒、空、広がる海原、オレは森の端の崖の上に出ていた。
真昼の空は高く青くて、それを映した海はどこまでも深い青、白い波がきらきら陽光をはじいていた。
海風が頬を撫でる。潮の香り、波の音、外側に向かって広がっていくような心地よさ。オレは大きく深呼吸した。

気持ちいい。

なにもかもが明るくきらめいている。水平線の向こうの空の色は海と同じで、溶け合って見えるのは水蒸気のせいなのだろうか。
と、その溶け合った世界に何かが跳ねた。白い波が光をはじく。いくつもいくつも、なんてたくさん。
イルカの群れだ。イルカの群れが跳ねながら泳いでいる。オレはどこか呆然とそれを見つめた。
青い海、青い空、白い波、光をはじく命達。
涙が出てきた。
ただの感傷だ。わかっている。でも命は美しい。一つの命を奪ってきたオレは今、素直にそう思う。

あぁ、イルカ先生、帰ったらオレはアナタにこの話をしたい。
そしてもし、アナタがオレの手を取ってくれたら、修羅の道とわかっていてもオレはアナタを連れていく。どんなにアナタが苦しんでも決して手を放さない。
滲んだ涙を腕で拭い、オレは再び地面を蹴った。



イルカ先生、アナタが教室から見上げる空はいつもオレに続いていますか?ならばもう迷いはない。どこまでも広がる空の下、オレ達は常に結ばれている。



カカシさんも腹を括ったようです。相変わらず乙女な三十男が二人…「銀色の魔物」に続く〜