海と空と教室と2
 


              教室

その人は楽しそうに教室での出来事を話す。


例えばそう、悪戯っ子達がどんな風に教室を抜け出そうとしていたとか、 教科書の影で弁当を食おうとしていたとか。
野外実習の時にもらった四葉のクローバー、しろつめくさの花冠。
教師が木の葉マークをクナイで形作ってから実習に入ると子供達が集中するのだそうな。
変化の実習で生徒達がどんなにへんてこりんになってしまうか、アナタは身振り手振りで楽しげに話してくれる。





「あ、今日は待機でいらっしゃったんですか。」

待機のノルマが終わる三十分前、アナタは書類を持って上忍待機所に顔を出す。オレを見つけるとにっこり笑ってそう挨拶して、それから用のある上忍に書類を渡したり必要事項を書いてもらったりとしばらく事務仕事をする。それらが終わった頃をみはからってオレは声をかける。

「オレ、もうすぐ終わりなんですよ。イルカ先生はあがり?」
アナタはまたにっこりと笑う。
「はい、この書類を本部へ提出したらおしまいです。」

皆の知っている受付スマイル。

「じゃあさ、この後飯、どう?オレ、腹へっちゃって。」
「オレでよければご一緒させていただきます。はたけ上忍。」

節度のある態度と言葉遣い、だってここは上忍待機所だから、アナタはオレのことをはたけ上忍って呼ぶ。

「校門のとこで待ってるね。」

ヒラヒラ手を振ると、アナタは畏まって一礼して待機所を出て行く。一つくくりにした黒髪をひょこひょこ揺らし、背筋を真っ直ぐに伸ばしたアナタは、用事を済ませた受付職員の顔で戻っていく。








「お待たせしました。」

オレを見つけて走ってくるアナタ。その顔はアカデミー教師でも受付職員でもない、うみのイルカだ。

「今日はオレね、焼きとり食べたい気分です。カカシさんは?」

オレへの呼びかけもはたけ上忍からカカシさんに変わる。アナタのテリトリーにいれてもらったような気がしてオレはなんだかくすぐったい。

「じゃ、今日は『鳥千』いきましょ。今夜は腹一杯焼き鳥。」

旨くて安い焼き鳥屋の名前を言うと、アナタは鼻の頭を指でかいて嬉しそうに笑う。



『鳥千』は焼き鳥の屋台だ。木の葉通り公園の端っこにいつも店を出す。
屋台とはいえここはカウンターだけでなく、周辺に簡易テーブルをいくつも置いて商売している。公園の敷地内にテーブルを置くのは本当は違法なのだが、使っている場所は隅っこだし安くて旨いと人気のある屋台なので上もとやかく言わない。
寒い季節や雨の日は親父がでっかいテントを張ってその中にテーブルを置く。下忍を引退したという親父は、流石元忍びだけあって、一瞬で巨大なテントを張ることができる。なかなか綺麗好きな親父らしく、簡易テーブルにしろテントにしろ、いつも清潔だった。

今日は風の心地よい季節だし天気もいいのでテントはない。オレとイルカ先生はいつもテーブル席に座る。
テーブル席はセルフサービスだ。酒や焼き鳥の皿をもらう時に金を払う。まずは生ビールと焼き鳥各種をのせた大皿を持ってオレたちは席につく。

「今日もお疲れさまでした。」

やはりセルフサービスのおしぼりを使いながらイルカ先生はにこにこ笑う。それは待機所でみせる受付スマイルじゃなくて、彼自身の笑顔だ。こっそりオレは喜びを噛み締める。
まずは腹ごしらえ、イルカ先生は口一杯に焼き鳥を頬張る。胆串から心臓だけはずし、これが楽しみなんです、とニカリと笑う。胆の後、最後に口にいれるのが好きなんだそうだ。オレは自分の胆串から心臓をはずして彼の皿に入れる。するとまた、嬉しそうにニカリ、と笑う。

可愛い…

ガタイのいい成人男性に可愛いも何もあったもんじゃないが、実際、イルカ先生の体格はオレとたいしてかわらないわけだし、でもこんな時オレは彼のことをとても可愛いと思う。そして胸の辺りが温かくなってくる。

「それでですね、カカシさん、あいつらときたら、いっちょまえにトラップしかけていたんですよ。火薬を使った危険なものじゃなく水入りバケツの仕掛けをちょっと忍びらしく進化させた奴なんですけど、まぁ、よく考えてましたよ。ホントに濡れると後が面倒なんで影分身でひっかかってみて、それから取っ捕まえて廊下で説教です。でもあいつらときたら、怒られてるってのに嬉しそうな顔してねぇ。あぁやって少しずつ腕をあげていくんですよね。」

ひな串を頬張りながら一生懸命しゃべるアナタ。

「火影様に変化してみろって言ったら、そりゃー巨大な、もうバケモノ並みの乳になっちゃって、ありゃ牛どころのサイズじゃなかったですよ。いったい子供らの中の五代目のイメージってどうなってるのやらってね。背が低いからモロ乳が正面に見えるからかなぁ。」

ちょっと下世話な感じでおっぱいの話をしてくるアナタ。

「くノ一教室の子がね、押し花でしおりを作ってくれてね、イルカ先生にあげるってわざわざ。ありがたいもんですよ。」

目を細めて口元を綻ばすアナタ。

ねぇ、今日も意地悪されたの?ひどいこと言われたの?
知ってるんだよオレ。アナタがわざわざ用事作って上忍待機所までオレに会いに来るときって、嫌な事を我慢して我慢して我慢して、なんだかポッキリいっちゃいそうな時なんだよね。
オレの待機の時間、ちゃんとチェックしてるでしょ?アナタは遠慮深い人だから、自分から決してオレを誘ったりしない。そのかわり、三十分前に顔を出すんだ。
受付スマイルの後ろでアナタが落ち込んでいるのがわかるよ。そんなアナタを見るのは辛い。だからオレから誘う。お腹が空いたってオレの都合でアナタを誘う。

こんな日はアナタ、大好きな焼き鳥をお腹いっぱい食べたがるんだよね、気付いてた?安くて旨くて、そして他のテーブルとはちょっと距離をとれるこの場所がアナタのお気に入り。アナタはビールと焼き鳥頬張りながら、オレに教室の話をするんだ。生徒達がどうだった、授業でこんなことをやった、子供達の笑顔のことだけをオレに話す。楽しかったことだけをオレに話す。

でもね、オレは知ってる。アナタはナルトを可愛がったことで随分と意地悪されてきた。三代目がアナタに目をかけていたから、妬まれて意地悪されてきた。そして今度はオレだ。
自分の事に驕りはしないけど、やっぱりビンゴブックに載ってみたり里の誉れと呼ばれてみたり、そんなオレだから甘い汁を期待してすり寄る輩も多いし、オレの作られた虚像に憧れてひたすら好意を押し付けてくる連中もいる。
でもオレがソイツら見向きもしないでアナタばかりを誘うから、悪口いわれちゃうんだよね。最初は三代目に取り入って、今度は里のトップクラスの上忍に取り入っているずるい中忍だって。五代目や自来也様やオレの仲のいい上忍達までアナタを気に入っているもんだから、最近じゃ悪口だけじゃなくて、実際に嫌がらせされてるんでしょ?腹たつことも多いんだよね。
ごめんね、ホントにごめん。でもオレはもう、アナタを手放せないの。アナタの側にいると落ち着く。胸の奥から温かくなる。そしてなにより、アナタを愛しく思ってしまっている。

権力志向やブランド嗜好のないアナタはオレといたっていい事何にもないよね。損するばっかりで、嫌な思いする事の方が多いよね。
わかっていてもダメなんだ。アナタの前だとただのはたけカカシになれるからホッとする。
ひどい任務の後、オレはアナタを誘いたい一心で報告書を出す時間調整してるって知らないでしょ。オレがさ、ヘコんじゃって、でもやりきれない記憶に残った綺麗なもの、綺麗なことだけをすくいあげてアナタに話すとさ、じっと黙って聞いてくれるんだよね。
アナタに見つめられて、アナタが静かにオレの話を聞いてくれて、それでどんなにオレが救われているか。
あぁ、アナタもそうだったらいいな。こうやってオレに、教室の楽しいことだけを話して、それで折れそうになった心が少しでも癒えるんだったら、いくらでも付き合うよ。一晩中だって話を聞くよ。ねぇ、もっとさらけ出してくれていいんだよ。

もしオレが、アナタの方に踏み出したら、そうしたらアナタも近づいてきてくれるだろうか。オレの手をとってくれるだろうか。



アナタは教室での楽しい話をする。
子供達の笑顔、小さな好意、小さな優しさ。



アナタは教室での楽しい話だけをする。



乙女です、カカシさん。乙女思考な二人、ちゃんとくっつけるのかね(って、くっつくんだけどさ、カカイルなんだし〜)次は海と空と教室と、に続く〜