他里の忍に監視されていた?すでにカカシの正体もばれていて、オレたちに警告しているつもりか?
「騒がなくっても今開けるよ、せっかちだねぇ。」
静が玄関の引き戸を開けた。どやどやと男たちがなだれ込んでくる。
「……っ」
男たちは我れ先に上がり口にたつイルカへ殺到してきた。イルカはザッと身構える。忍具はクナイのみ、懐にしのばせてあった。いつでも取り出せるよう胸の前に持ってきた手を、しかし男達はがっしりと掴んだ。
「やぁやぁ、アンタがカカッさんの弟さんかい。よぅ来てくれなすった。」
「遠いとこご苦労だったねぇ。」
「まったく、弟御がいるってのは本当だったのかい。よかったよかった。」
全員、満面の笑みだ。
「あっあのぅ…」
空気が読めない。恐る恐る口を開いたイルカの耳に、とんでもない発言が飛び込んできた。
「で、払ってくれるんだろ?カカッさんのツケ。」
「はいっ?」
男達はにこやかに繰り返した。
「ここ三ヶ月分のツケだよ。その前の分はアンタからの仕送りってんで払ってもらったからね。」
そういう複雑な暗示の掛け方をしたのか、流石は写輪眼のカカシ…じゃなくてっ。
イルカは目を白黒させた。
「あっあの、ツケは兄が支払うというのでお金は兄に…」
「アンタっ、カカッさんに金、渡しちまったのかいっ?」
男達がどよめいた。
「どっどのくらい渡したんだねっ。」
「まさか、財布ごとなんてこたぁ…」
「あ…あの…財布ごと…」
「ええええええーーーーっ。」
今度こそ男達は悲愴な声をあげた。
「だ…だめだ…」
「もう残っちゃいない…」
「旦那様に何といえば…」
中にはがっくりと膝をつく者までいる。イルカは狼狽えた。なんだこの展開は。よく見れば男達は商家の使用人風のなりをしている。
「あっ兄は借金をすべて払ってくるからと申しておりましたから、その…皆さんにはいずれ…」
「そのカカッさんからアンタがツケ払ってくれるって聞いたんですよ。」
「弟が来てるからそっちへ行けって…」
「ええっ。」
今度はイルカが驚く番だった。
「あのっ、兄は今どこにっ。」
膝をついた手代風の男がうなだれたまま外を指差した。
「あぁ、カカッさんなら表通りの『花筏』って料亭にいるよ。」
「芸者衆あげてな。」
隣で肩を落とした男が呟くように言う。
「ちょっちょっとオレ…」
飛び出そうとしたイルカの肩ががしり、と掴まれた。
「んで、払ってもらえるんでございましょう?」
「まさかツケ払う前にトンズラこくなんてことは。」
「ああああのっ…」
あわあわと狼狽えるイルカを再び笑顔の男達が取り囲んだ。
「お支払いくださいますよねぇ、弟御様。」
目が笑っていない。
「お支払いを。弟御様。」
「……はい。」
イルカは白糸の街到着一日目にして、行李の中の銭袋をあけることとなり、今更ながらに火影の言葉をかみしめたのだった。
「あるだけ使っちまうお人だからね、カカッさんは。」
約半分に減った銭袋を懐にしまいつつ肩を落とすイルカに使用人達はそう言った。こちらはたまったツケを清算できて晴れ晴れとした顔をしている。心が軽くなればうわさ話にも花が咲くというものだ。
「悪いお人じゃあないんだが、どうにもパァッとやるのが好きらしくってね。」
「なきゃあないですますお人なだけに、未練なくばらまいちまうんですよ。」
「なに言っておいでだい。」
今まで黙って様子をみていたお静が眉を吊り上げた。
「今朝だって札入れから二枚、勝手に抜いて遊びいっちまったんですよ。それのどこがないで済ます人なもんかね。」
「えっ。」
イルカは目を剥いた。
「あああの、兄が勝手に…ですか?」
「いつものことなんですけどね、ちょっと腹も立つじゃありませんか。そこへあなた様がいらしたもんだから…」
勘違いしてすみませんでしたねぇ、と静は穏やかに笑った。だが、イルカにしてみれば穏やかではない。
草として女のところへ潜り込むのはわかるが、勝手に金を抜き取るなど、それは人としてなっていないのではないか、というよりダメだろう、そんなことをしては。イルカの眉間に皺が寄るが、使用人達はいっこうに構わない様子であれこれ口を挟み始めた。
「でもねぇ、お静さん、二枚なんてカカッさんにゃ銭のうちに入ってないでしょうよ。」
「そうそう、丸の数が一桁違うからね、あの使いっぷりは。」
「ほんっと、そのうち料亭の屋根からばらまきかねないよ、カカッさんは。」
イルカは呆然となった。二枚、が銭のうちに入っていない?パァッとばらまく?
「あっあのぅ、ツケがたまってるのに兄はどこからその…ばらまくお金を…?」
恐る恐る尋ねたイルカは、もっと衝撃を受けることになる。
「博打だよ。あの人、滅法強くてね。」
はいーーーっ?
「もうこの辺りの賭場じゃ顔だよ、顔。」
「二枚を二十枚にするなんざ軽いからね、カカッさんは。」
団子屋だけじゃなく、賭場の常連にもなっていたのか、写輪眼のカカシっ。
ぐらぐらと目眩を感じる。
何か、何か深い考えがあるのだろうか、なにせあの人は写輪眼のカカシなのだし…いや、でも…
パァッと使うことも、その資金が賭け事から来ていることもわかった。だが、それだけ銭を儲けているのに何故ツケがたまるのかがよくわからない。
「でででも、それだけ稼ぐなら、なんでツケが…」
目眩で倒れそうになる己の体をなんとか支えていると、気の毒そうに使用人達が言った。
「だから、儲けた先からパァッと使っちまうんだよ。」
「ツケのことなんか忘れてねぇ。」
「ただ、なまじ儲けてるってわかってるもんだから、旦那衆がツケを許しちまっていてね。」
「取り立てるアタシらの身にもなってほしいもんさね。」
「そうそう、優男にみえて賭場の用心棒までやるお人だからねぇ。」
「えええええーーーっ。」
イルカは腰が抜けそうだった。賭場の用心棒って、そんなこと、草がやっていい仕事なのか。あまりに衝撃を受けているイルカをみて、流石に気の毒と思ったらしい。今度はこぞってカカシの弁護が始まった。
「まぁ、カカッさんは堅気には手を出さないお人だから。」
「アタシ達にはけして乱暴しなさらんし。」
「なんでもお静さん、あんたの財布から抜いた分は人を使ってこっそり戻しているそうじゃないか。」
「可愛いとこもあるもんだねぇ。あれで財布から抜いたってばれないようにしているつもりらしいよ。」
お静がやれやれと首を振った。
「なにが可愛いもんかね。戻さなきゃとうに追い出してますよ、あたしは。」
「ああああのっ、その花筏って料亭、どこにあるか教えてくださいっ。」
矢も盾もたまらず、場所を教わるとそのままイルカは飛び出した。
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