その3 |
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カカシから渡されたメモの住所は、白糸の町の目抜き通りを一本奥に入った、一軒家の立ち並ぶ住宅地だった。暮らし向きのそこそこ豊かな人々が住んでいるらしく、間口も広ければ庭や垣根もこざっぱりと整えられている。 アカメの垣根沿いに進み、角を曲がると目指す家があった。『常磐津 静華』と墨で書かれた木の看板がひっそりとかかっている。玄関の横には山梔子が白い花を咲かせていた。磨りガラスの入った玄関引き戸の前に立ち、イルカは逡巡する。はたして、カカシはどのような立場でこの家へ入り込んだのだろう。どうやら常磐津の師匠の家らしいが、旦那とかいるのだろうか。そこまで考えて、イルカは己を叱咤した。 情けないぞ、うみのイルカ。仔細がわからなければ、それを聞き出すまでのこと。クナイをふるうだけが忍ではないのだ。 「ごめんください。」 呼び鈴も何もないので、イルカは引き戸ごしに大きく声をかけた。 「ごめんください。」 シン、としていらえはない。 留守かな? ドウダンの生け垣をすり抜け、イルカは庭へ回ってみる。 五坪ほどの庭は手入れが行き届いていた。きちんと枝を整えられた椿や楓の植え込みの間を、飛び石が濡れ縁まで続いている。手前にはつくばいがあり、ギボウシが青々とした葉を茂らせていた。イルカは飛び石づたいに庭先から中をうかがう。障子の向こうに人の気配がしていた。 「あのぅ…」 恐る恐る呼びかける。 「あの、兄がこちらにお世話になっていると伺いまして…」 イルカは最後まで言うことができなかった。ガラッ、と障子が開いたと思ったらとんでもない勢いで脇息が飛んできたのだ。 「こぉのトンチキッ、どのツラ下げて帰ってきたっ。」 「ぶわっ。」 飛んできた脇息に鼻面をしたたかに打たれ、イルカはひっくり返った。もちろんわざとよけなかったのだが、痛いものは痛い。 「あっあらまぁっ。」 自分の投げた脇息の当たった先が客人と悟り、慌てて女が飛び出してきた。 「ちょいと、大丈夫ですか?あたしとしたことがとんだ粗相を。」 「あ、いや…大丈夫です…」 顔をさすりながらイルカは立ち上がる。女は濡れ縁の上でおろおろと言った。 「本当に申し訳ないことを。今、手ぬぐいを冷やしてまいりますから、お待ちになって。」 「あの、大丈夫ですから。」 イルカは女を引き止めた。 「それよりも、こちらこそ勝手に庭先へ入り込みまして、申し訳ありません。玄関で声をかけてもお返事がなかったもので。」 「あら、いいんですよ。ぼんやりしていたあたしが悪いんですから。」 腰を浮かしかけていた女は濡れ縁に膝をついた。イルカはさりげなく女を観察する。年の頃は三十前後、ほっそりとした美しい女だ。若草色の木綿の唐桟縞をすっきりと着ている。髪は結い上げず、背中で緩く括っていた。女は心底申し訳なさそうに手をついた。 「人の声がしたんで、てっきりうちの宿六が帰ってきたのかと勘違いしちまって、痛かったでございましょ?」 「……えっと、もしかしてそれは、兄のことでしょうか…?」 「えっ?」 女は勝ち気そうな目を大きく見開いた。 「お前さん、いったい…」 「兄がお世話になっていると伺いまして。」 イルカは深々と腰を折った。 「私はイルカと申します。カカシの弟です。」 「まぁ…」 やべ、オレも本名名乗っちまったよ… 内心、自分の迂闊さに舌打ちしながら、イルカは女に向かってにっこりと笑顔を向けた。
「そうでしたか。都からあの人を探して。」 |
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えーと、パラレルじゃありません。やたら江戸の人情話みたいな設定でも けしてパラレルじゃありません(←こらこら) 常磐津の知識っつか謡も三味線もようわかっとらんのでそこも突っ込みはナシでよしなに。 |
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