間違いない、はたけ上忍が近くにいる。派手な男に目がいってしまったが、この周囲にいるはずだ。
イルカは歩調を弛め、刺激の指す方へ向いた。銀髪の男と目をあわせないようその近くを伺う。
どれがはたけ上忍なのだろう。年は自分より一つ上だときいたが、もしかしたら年寄りとかに化けているかもしれない
。
銀髪の男がすぐそばまでやってきた。周囲の誰がはたけ上忍なのかわからない。
さすがは写輪眼のカカシ、ここまで周囲にとけ込んでいるとは。
中忍ごときの観察力でわかるはずもないと悟ったイルカは立ち止まって手ぬぐいに目をやった。はたけカカシの正面に立ったとき、三つ巴の文様が浮かび上がる手筈になっている。
浮いているっ
手ぬぐいの端に文様が赤く浮き出している。食い入るようにイルカは文様を見つめた。
「あ〜、アンタがサポートつく人〜?」
頭のてっぺんにのんびりとした声が落ちてきた。
え…?
目の前にはド派手な青、恐る恐るイルカは目をあげる。正面に立っていたのはあの目立ちまくっていた銀髪の男。
「あ…あのぉ…」
「なによ。」
秀麗な顔の男は面倒くさそうに銀髪をかいた。
「オレの助っ人でしょ。で、火影様、なんだって?」
のぉぉぉぉっ
イルカは仰け反らんばかりに目の前の人物を凝視した。この男が、みるからにヤバげなこのド派手男がもしかして、もしかしなくても
「はははははたけ…」
「だからなによ。その文様が合図だって聞かなかった?」
うっそぉぉぉぉっ
イルカは口をぱくぱくさせたまま固まった。頭の中は真っ白だ。銀髪の男はにぃっと口元をつり上げた。
「ま〜た、あのじいさんも可愛らしいのを寄越してくれちゃってぇ。」
それからがっしりとイルカの肩に手をまわす。
「ん?で、どういう設定なわけ?」
傍目に見れば、純朴な行商人がヤクザに絡まれているようにしか見えない。すでにイルカ達の周りにはぽっかりと空間が出来上がっていた。それをいいことに、はたけカカシはぺらぺらと耳もとでしゃべる。
「友人?じゃ弱いよね、弟、そうねぇ、似てないから、アンタ、腹違いの弟ってのはどう?」
それからやおら感極まったような声をあげた。
「嬉しいねぇ、オレを訪ねてきてくれたの〜。どれくらいぶりだっけか、まぁ、立ち話もなんだし、ほら、そこの団子屋にでも入って。」
耳もとでまたこそっと囁く。
「アンタ、名前、何よ。」
「イイイルカです、うみのイルカ。」
「ふ〜ん、イルカね。」
何が何やらわかっておらず、ただ呆けているイルカの肩をぐいぐい抱き寄せながらはたけカカシは団子屋に向かって歩き出した。
「イルカー、お兄ちゃんも会いたかったにきまってるじゃな〜い。」
なななんだ、このわざとらしさはっ
唖然としたまま、イルカは引きずられるように団子屋に入った。
昼飯時の甘味処というのはそこそこ客が入っているものの混雑しているわけではない。いらっしゃーい、という声に二人ね、と答えてカカシは奥まった席に腰をおろした。ずいぶんもの馴れた感じだなぁ、イルカがチラチラカカシを伺っていると、売り子がお茶を運んできた。
「いらっしゃい。」
にこり、と笑ってお茶を置く。年の頃は十六、七、紺絣にたすきがけした可愛い娘だ。
「ご注文お決まりですか?」
はきはきとして気持ちがいい。イルカが「お品書き」を手に注文しようとした時、目の前の男がのんびりと、だが聞き捨てならない発言をかました。
「いやだねぇ、お光っちゃん、カカシさんときたらみたらし、注文きくなんざ野暮ってもんでしょ。」
ちょと待てーーーーっ
イルカは無言のまま目を剥いた。
カカシさん、って本名名乗っていいのか写輪眼のカカシ、っつか、たった三ヶ月で団子屋の常連って…
お光と呼ばれた娘はお盆を胸にきゃっきゃと笑う。
「うちの団子はみたらし以外もおいしいのよ、カカシさんに他のも食べてもらおうと思って。」
「街一番の団子屋といえばみたらし団子とお光っちゃん、カカッさんはそれ以外興味ないのよ〜。」
「やだ、また上手言っちゃって。アタシを喜ばしてもお団子ただにはなりません。」
「あれあれ、しっかりしてるねぇ。でもカカッさん、好きよそういうとこ。この店、パァッと照らすお天道様だね、お光っちゃんは。」
呆気にとられてイルカは二人を眺めた。杉板の食台に肘をついて娘を見上げるカカシの様はスカッといなせで、お光っちゃんとやらは頬を染め嬉しそうだ。この様子ではただにならないと言われながらも、いつもツケとかなんとかで、お代を払っていないような気がする。案の定、あれこれカカシから嬉しい言葉をもらった娘は、お盆で口元を隠すようにして囁いた。
「もう、カカシさんてばぁ。お光がお代なんかもらったことないでしょ。すぐいけず言うんだからぁ。」
「な〜に言ってんの。カカッさん、褒めてんのよ。」
やっぱり…
眉間にしわが寄りそうになるのをイルカは必死でこらえた。その時突然カカシの視線が自分に向く。
「今日はねぇ、オレの弟が訪ねてきてくれちゃって、ここのお代もちゃーんと払ってくれるから。」
「えっ。」
目を瞬かせるイルカにカカシがにっこり笑いかけた。
「お光っちゃん、これ、弟のイルカ、よろしくね。」
「えっあっあのっ…」
あわあわとうろたえていると、テーブルの下で足をガン、と蹴飛ばされた。
「あっ、はいっ、そっそうなんです。あの、兄がお世話になりまして。」
慌てて頭を下げるイルカに、お光っちゃんは目を丸くした。
「カカシさんの弟さんって、弟さんいらしたの。え〜っ。」
「そーなの、都からオレ訪ねてきてくれてね、弟にもここの最高のみたらし、持ってきてくれる?」
しれっとカカシは微笑む。はい、すぐに、とお光っちゃんは元気な返事をして奥へ入っていった。それを目の端で見ながらカカシが囁く。
「ダメでしょ、ちゃんとあわせなきゃ。」
「はっはぁ、すみません。あの、でも、はたけ上忍…」
「上忍はなし。周りに誰もいないからってアンタ、油断しすぎよ。」
「すみませんっ。」
イルカは恐縮しながらも、思わず口に出した。
「あの、本名なのって大丈夫なんでしょうか。」
「おばかさんだねぇ。」
カカシは大仰に肩をすくめた。
「ヘタに偽名使って反応遅れるほうがヤバイでしょうが。本格的な草じゃないんだから、その辺り、ジョーシキよ、ジョーシキ。」
そんな常識あったっけ、と思わないでもないが、相手はかの写輪眼のカカシだ。そんなものなのかもしれない。カカシは椅子のせもたれに腕をかけ、顎をしゃくった。
「アンタ、隠密行動なのに団子屋なんかの常連になって、とか思ってるでしょ。」
イルカはぎくり、と身を固くした。
「はっ、いえっ、そんなことはっ。」
「いーのいーの、ま、アンタ、草の経験なさそうだから教えといてあげる。」
団子の皿をお光が運んできたのに、ひらひらと手を振って愛想をふりまくと、カカシはずいっとイルカの方へ顔を寄せた。
「こーやって人が集まる場所で情報をとる、基本中の基本、常連になってると、そのあたり、便利でしょうが。」
「あっ…」
イルカはハッと目を見開いた。そうだ、派手な格好や立ち振る舞いに惑わされたが、この人は写輪眼のカカシ、それなりに深い考えがあっての行動だったのだ。経験不足の自分の尺度ではかってはならなかった。イルカは己の浅慮を恥じた。
「はい、おっしゃるとおりです。はたけ…」
「カカシ。」
「……カカシ…兄上…」
おずおずと言うイルカに、ぶーっ、とカカシが吹き出した。
「兄上、いいねぇ、兄上ね。」
それからぱく、と団子をかじる。
「食べてごらんよ。旨いよ、ここのは。」
「はっはいっ。」
イルカもカカシにならって団子を口にした。緊張できづかなかったが、食べ物を口にすると空きっ腹だったことに思い至る。はくはくと団子を頬張るイルカに、カカシは自分の皿を押しやった。
「腹減ってんならこれも食べなよ。」
「はっいや、しかし…」
「お兄ちゃんはいいの。」
「はっはいっ。」
恐縮しながらもありがたく団子を頂戴するイルカに、カカシがニッと口元をつり上げた。
「んで、あるんでしょ、じーさんから預かってきたもの。」
「は?」
団子を口に頬張ったままイルカは怪訝な顔を上げた。カカシはずいっと身を乗り出す。
「だから早く出しなって。」
ちょいちょい、と胸元をさされ、イルカはハタと気がついた。
「あ、こっこれですか。」
懐から銭袋を取り出す。カカシはひょい、とそれを取ると、重さを量るように振った。
「ったく、じーさんもシケてんねぇ、こんだけ?他に預かってない?」
「え、あの…そっそれだけです…」
実際にはもう一つ、銭の袋が行李の中にあったが、絶対に渡してはならん、という火影の言葉を思い出し、イルカは黙っていた。しばらくうさんくさげにイルカを眺めていたカカシは、手にした銭袋を懐にしまうと、立ち上がる。
「んじゃ、オレはちょっと野暮用あるから。オレの寝ぐらはここね。」
いつの間にメモしていたのか、ぴら、と小さな紙切れを渡された。イルカは戸惑った。カカシはシケていると言ったが、銭袋の中身は普通に数ヶ月は暮らせる金が入っている。
「あの、はた…兄上、それをどう…」
「イルカちゃ〜ん。」
カカシがガバ、とイルカの肩を抱いてきた。
「任務帰りのオレが急遽、一般人として暮らさなきゃいけなかったのよ。この三ヶ月、そりゃああちこち、町の皆様のご好意におすがりしてきたわけ。ね、わかるでしょ?」
「あっ。」
イルカは再び己の浅はかさを悔いた。そうだ、任務帰りの忍が現金を持っているはずもなく、無一文で突然草としての任務についたカカシの苦労はいかばかりだっただろう。あちこちに支払わなければならないものがたくさんあるのだ。
「申し訳ありません。考えがいたりませんでしたっ。」
恥じ入るイルカの肩をポンポンとたたき、カカシはにっこり笑った。
「イルカちゃん、物わかりがよくてお兄ちゃん、助かっちゃうよ〜。」
ゆっくり食べていきなね、とカカシはヒラヒラ手を振った。
「はっ。」
イルカは小さく頭を下げた。カカシは店を出るついでに再びお光をうれしがらせ、そして人混みにまぎれていく。
もう任務ははじまっているんだぞ、イルカっ。
イルカは改めて気合いをいれた。驚愕のあまり、冷静に対処できなかった己の未熟さが恥ずかしい。
流石は写輪眼のカカシ、一介の中忍の考えなど及ばないところで動いている。きっとこれからも多くのことを写輪眼のカカシから学べるだろう。団子の代金を払う時、今までのツケをすべて支払うと申し出たら団子屋の親父から腰を抜かすほどの金額を請求され、早速行李の中の銭袋が活躍することになったのだが、感動に胸震わせていたイルカはいっこうに気にならなかった。
火影様、オレは立派に任務を遂行します。
団子屋を出たイルカは誓いも新たに五月の空を振り仰いだ。
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