その1
     
     
 

新緑の山道を若い男が歩いていた。算盤縞の藍色の着物に無地銀鼠の軽衫袴(かるさんばかま)、きっちりと脚絆を巻いている。背中には大きな紫色の風呂敷を担いでいた。

一見したところ、街から街へ渡り歩く行商人のようだ。
背が高く、がっちりと鍛えられた体躯の若者は、黒髪を頭のてっぺんで一括りにしている。顔に鼻を横切る大きな傷があったが、どこか愛嬌のある人なつこい風貌をしていた。名をうみのイルカという。行商人に見せかけているが、実は木の葉隠れの忍であった。





中忍になって四年、二十歳になったばかりだ。イルカは、火影直々に下された極秘任務に向かう途中だった。
火影の執務室へ呼ばれたのは一週間前だ。イルカはアカデミーの教員試験受験申請に、任地から里へ戻っていた。事務室からの帰り、呼び出しを受けて執務室へ入ると、いつになく難しい顔をした3代目が一人、キセルをふかしている。

「火影様?」

ただならぬ様子にイルカが心配そうな顔をすると、老翁の目が柔らかくなった。昔から3代目火影は、やんちゃなイルカを可愛がっている。九尾の事件でイルカが両親を亡くした後は、それこそ実の孫同様に慈しみ、中忍になった今でも、いささか過保護にすぎる面が抜けない。

「イルカや。受験申請は終わらせたか?」
「はい。」

快活な表情でイルカは執務机に歩み寄る。老翁はうむうむ、と満足げに頷くと、ぽん、とキセルの灰を落とした。それからまた難しい顔になる。

「急ですまんが、おぬしに頼みたいことがある。」

机の上で両手を組んだ火影は、ふぅ、と重いため息をついた。

「しばらくの間、一般人として極秘に動いて貰いたい。」

スッとイルカは表情を改めた。任務受付所をとおさず動く任務といえば、かなりな困難をともなう機密性の高いものだけだ。

「けして忍と気取られてはならぬ。木の葉が動いていると知れた時点で、任務は失敗じゃ。ゆえに、任地ではチャクラを練ることまかりならん。」
「はっ。」
「里とのつなぎは任務終了時のみ、全ては己の判断で動いてもらう。」

目に力を込め、イルカは頷いた。これは相当な任務らしい。火影は厳しい表情のまま、重々しく告げた。

「ともに組む相手ははたけカカシ。」
「…えっ。」

イルカは驚きに目を見開いた。はたけカカシとは、あの写輪眼のカカシのことだろうか。里を代表する忍で、ビンゴブックに名を連ねているという有名人の…

「そうじゃ、写輪眼のカカシよ。」

イルカの考えを読んだかのように、老翁は言った。

「暗部所属、はたけカカシをサポートせよ。」

ごく、とイルカの喉が鳴った。


オレがあの写輪眼のカカシのサポート…


忍ならば憧れないものはいない写輪眼のカカシ、数々の武勇伝は国内外に轟き、影に徹する忍でありながらその名は畏怖の念を伴って広く知れ渡っている。そんな、雲の上の忍のサポートに自分がつけるのか。胸の奥から歓喜と興奮がわきおこる。もしかしたら一世一代の任務となるかもしれない。そんな機会に恵まれた己はなんと幸運なのだろう。高揚を隠しきれないイルカに、火影は淡々と説明を続けた。

「ことの起こりは三ヶ月前じゃ。白糸の街を知っておろう、任務帰りのカカシが、そこに大戦時のとんでもない遺物が残されておると気づいての。」

あやつめは本当に鼻がきく、と火影は呟く。

「そのまま一般人として潜入し、探っておったのじゃが、昨日、連絡の式が届いた。」

イルカは固唾を飲んで聞き入る。本当に、これはとんでもない任務らしい。

「大戦の遺物とは、国一つ焼き滅ぼす術とその封印術、あやつの任務はそれを身の内に納めて持ち帰ることじゃ。そのための術式方陣を密かに街にはりめぐらしておる。五行の気が満ちるとき、あやつはそれをなすであろう。ただ…」

火影の声が重くなった。イルカの背に緊張が走る。

「カカシが身の内に納めねばならぬ術とは途方もないものじゃ。術式方陣の中心で、あやつはそれのみに集中せねばならぬ。つまり、そこを襲われれば、写輪眼のカカシといえど為す術はない。わかるかイルカ、絶対に忍が動いていると気取られてはならぬ理由が。」

無言でイルカは頷いた。

「事をなした後のカカシは、恐らく指一本動かすこともかなうまい。おぬしの役目はカカシの身の安全と確保、失敗は許されぬ、よいな。」
「御意。」

口が渇いて声が掠れた。だが、ふとイルカは疑問に思う。

「火影様、しかし、そこまで重大な任務、何故中忍のオレ…私なのです?本来なら上忍か暗部の役割なのでは…」
「上忍や暗部に一般人のふりがつとまると思うか?」

火影は苦笑気味に言った。

「あやつらがどれだけ取り繕ったところで、見る者が見れば正体が知れよう。あれは戦闘のための存在なのよ。上忍クラスで草までこなせるのはカカシくらいなものじゃろうて。」
「さ…流石は写輪眼のカカシなんですね。」

イルカは心底感心する。

「いや、あやつのはのぅ、その気質というかなんというか…」

火影がわずかに口ごもる。だが、イルカは感動していた。すさまじい任務をこなすため、写輪眼のカカシは今、黙々と準備をすすめている、一般人になりきって。そしてそれをサポートするのが自分なのだ。

「これはわしとカカシ、そしておぬししか知らぬこと。おぬしならば何があってもカカシを連れ帰ってくれる、わしはそう信じておる。」

火影はどこか苦渋を滲ませた声で言った。

「木の葉の里は皆家族、そう思うておるのは本当じゃ。しかしの、イルカ、欲望にあらがえぬのもまた人の心、写輪眼の名は、時として人の心の弱きところを引きずり出してしまう。」

イルカはハッとした。そうだ、写輪眼の名はあまりにも有名だ。すぎた憧れや畏怖はきっかけさえあればたやすく憎しみや裏切りに繋がる。強大な術を身の内に封じ、動くことの出来ないカカシを目の前にして、どんな悪魔が心に囁きかけるかもわからない。そして、人の心とはそういうものだと言う3代目は、どれほど辛い目にあってきたのだろう。プロフェッサーとの名を冠する稀代の忍は、その身に浴びてきた賛辞と同じくらいの裏切りや醜さに曝されてきたのだ。イルカは胸が熱くなった。その3代目が自分を信頼していると言ってくれている。

「オレはっ…」

ぐっと拳を握った。

「オレはこの身に代えてもはたけ上忍を守ります。」

必ず任務を全うします、最後は感極まって上手く声にならなかった。火影はうむ、と満足げに頷く。

「色々と驚くこともあろうが、おぬしは機転がきくゆえ、大丈夫であろう。これは…」

ずしっとした袋を、机の上に出した。

「銭じゃ。一般人として生活せねばならぬ。おぬし、薬学は得意であったな。薬売りに身をやつすがよい。」
「はっ。」

イルカは銭の入った重い袋を受け取る。

「こっちは医療班が特別に調合した丸薬と兵糧丸じゃ。動けなくなったカカシに与えよ。三日ほどで元に戻るはず。」

油紙に包まれた丸薬をイルカは大事に懐へ仕舞った。

「それからこっちじゃ。よいか、イルカ、心せよ。」

もう一つ、ずしりと重い袋を渡される。

「こっちの袋の銭は、何があってもおぬしが持っていよ。よいか、おぬしの判断で使うのじゃぞ。けしてカカシに渡してはならぬ。」
「はっ…は?」
「おぬし一人の胸にしまっておくのじゃ。」
「はぁ…」

意味がわからずぽかんとするイルカに、老翁は苦笑いした。

「備えあれば憂いなし、ということじゃよ。」
「は…はいっ。」





かくしてイルカは、写輪眼のカカシのサポートという重責を担うこととなった。そして今、この重大任務に赴くところだ。

白糸の街は木の葉隠れの里から一般人の足で一週間ほどのところにある。忍の足ならば一日で駆けられる距離だが、里を出るところからイルカは己のチャクラを封じた。どこで何が災いするかわからない。
里の命運、そしてはたけ上忍の命がかかっている。
懐にはずっしりと重い銭の袋、背中の薬行李の中には、もう一つの銭の袋と丸薬包み、イルカはその責務の大きさに奮い立つ思いだった。

山道を下った先に広がる白糸の街は、有力大名の城下町であり、月に二回、大きな市がたつ。様々な商売人が出入りする賑やかな街だ。イルカが白糸の街に入ったのは昼少し前の時刻、五月も末となると、真昼の太陽は結構照りつける。体温調節も一般人並にしているため、イルカは着物の下にじっとりと汗をかいていた。懐から手ぬぐいをとりだし、汗を拭く。そして、手ぬぐいを持ったままイルカは大通りを歩いた。昼飯の場所を探すふりをしながら、手の平に神経を集中する。ちり、と刺すような刺激がイルカに方向を示した。イルカは写輪眼のカカシの顔を知らない。手ぬぐいには火影の術がかけられており、カカシのところへイルカを導く手筈になっている。


うまくはたけ上忍に接触できたら、端に模様が浮かぶんだったな。


手ぬぐいの端に三つ巴の模様が浮かべば、その男がカカシということになる。今更ながら胸が高鳴った。
一般人のふりをしながらこの街の要所要所に術式をしかけているという写輪眼のカカシ、目立たない様子をしているはずだ。どこにでもいる、その他大勢の中に埋没するような人物になる、それが草の極意だ。会った後、印象もなにも残らないというのが望ましい。


その点、オレ、この傷がネックなんだよなぁ…


チャクラを封じているので変化はできない。だが、すぐにイルカは思い直した。いや、一流の草は、大きな傷や特徴ですら個性を埋没させる道具として使うとか。己を磨かずして弱点を嘆くなぞ、これからかのはたけ上忍のサポートにつくというのに情けない。里を代表する偉大な忍からは、きっと多くのことを学べるだろう、そして必ずや火影様の信頼にこたえ、はたけ上忍の役にたちたい。高鳴る胸を押さえながら、傍目には淡々とイルカは人混みの中を歩いた。


商店街をしばらく歩いていると、チリリ、と手の平の刺激が強くなる。
はたけ上忍に近づいているんだ…
イルカは刺激の指し示す方向を注視する。人混みの向こうに派手な銀色が見えた。心なしかその銀色を避けて人波が割れているような気がする。


げっ。


割れた人波の先を見て、イルカは眉を顰めた。懐手をした銀髪の若い男が向こうから歩いてくる。


なんつー派手なヤツだよ。


男は鮮やかな青い着物を纏っていた。たもとと裾に白抜きで流水に片輪車の文様が大きく散っている。上質の絹の光沢にところどころ輝きが加わるのは、流水に銀があしらってあるからだ。男は色白でひどく秀麗な顔をしていた。だが、優男に見えないのは、片方の目に大きな縦の傷があり、妙な凄みがあるせいか。一見して堅気ではなかった。人波が割れるはずだ。


関わったらやっかいそうだ…


イルカも横へ逸れようとした。


チリリ


その途端、手の平に強烈な刺激が走る。


えっ?


刺激は銀髪の男の方を指していた。

 
     
     
 
はい、連載開始です。
いまだ かつてないほどにカカっさん、ろくでなしです。
得意の見切り発車でGO!
タイトルが(例によって)なかなか決まらずUPできなかったという……
ちなみに銀角が提案したタイトルは「穀潰し」「夢芝居」イチオシは「のらくろ」でしたが
全部却下です。ダメに決まっとろーが、そんなもん。