「じゃあお静さん、ちょっと行ってきます。」
イルカは朝食がおわってすぐに身支度を整えた。後片付けをしていてもなにかとまとわりついてくるカカシの頭を静は押しのけ、いそいそと居間へ出てきた。
「あらあら、イルカさん、また薬草を?ちょっと待ってくださいな。今お握りこさえますから。」
「いえ、今日は昼までに帰ってくる予定なんで、大丈夫です。」
イルカはニコニコしながらカカシを指差した。
「この愚兄のせいでね、いくつか持って帰るの忘れたものがあるんですよ。通り道だったし、麓の方だったから、すぐに終わります。」
じろ、と静がカカシを睨んだ。腰のあたりにまとわりついていたカカシがぎく、と顔を強ばらせる。
「お前さんっ。」
「えっ、オレ、何にもしてないよ〜〜いででで、静、いだい、いだいってば〜」
静に耳を引っ張られてカカシが悲鳴をあげた。イルカはその横でくすくす笑う。
「水筒だけ用意していただけますか、この愚兄の分も。」
「え〜〜〜、オレも〜〜?」
「あったりまえだ。誰のせいだよ、働けクソ兄貴。ってことで、愚兄も連れて行きますんで、よろしくお願いします。」
今度は静が吹き出した。
「はいはい、しっかりこき使っておやんなさいな。今麦茶を用意してきますからね。」
笑いながら水筒を取りに行く静の後ろ姿に、イルカは心の中で一礼した。草として偽りの関係しか結べなかったが、静には心から感謝している。そっと別れを告げ、ふと顔を上げると、カカシがじっとイルカを見ていた。イルカはニカ、と笑ってみせる。
「行きましょう、カカシさん。」
イルカの体をとおして術の封印が終わると同時に増援要請の式を飛ばしてカカシは里へ向かう手はずになっている。カカシは封印術を発動させるだけなので、チャクラの消耗はさしてないはずだ。増援がなくとも無事に里へ帰れるだろう。
静が水筒と手ぬぐいを用意してきた。礼を言って外へ出る。昨日とうってかわって空模様があやしい。厚くたれ込めた雨雲を見上げ、静が不安そうな顔をした。
「おっしず〜。」
カカシがチュッと静の頬に口づけた。
「す〜ぐ戻ってくるからね〜。」
ヒラヒラと片手をふり歩き出したカカシの後を、ぺこ、と静に頭をさげてイルカは追う。カカシなりに静に別れを告げたのだとイルカは悟った。
大丈夫だ。
カカシの背中を見つめ、イルカは思う。今は空っぽな目をする人だけど、大丈夫、カカシはこんなにも情が深い。いつか必ず、はたけカカシの人生に大事な人を作って、そして心の底から笑うだろう。
それがオレじゃねぇってのが寂しいよなぁ…
この期に及んで未練たらたらな己に自嘲が漏れた。
せめて…
イルカははかなく思う。任務中に殉職する部下など、写輪眼のカカシにとっては珍しくもなんともないだろうけど、ひょんな縁で弟役をやり、くそ生意気な口を叩いた中忍のことを覚えていてくれないだろうか。何かの折に思い出してもらえたら、それだけでいい、今はそれだけで満足だ。ほんの少しでいいから、あの綺麗な人の中の片隅に居場所を作ってもらえたら…
「ぶわっ。」
考え事をしていたら、ドン、とカカシの背中にぶつかった。
「わっ、えっ、何っ。」
いつの間にか大通り沿いの繁華街まで歩いてきている。
「カカシさ…?」
「ちょぉっと、親分さんに何無礼な事やってんの、アンタ方。」
カカシが行きつけの賭場の入り口で、若い衆が倒れて呻いていた。元締めが片膝をつき荒い息を吐いている。見るからに異様な風体の男達が数名、戸口にたって元締めを見下ろしていた。カカシの声にハッとした元締めが叫ぶ。
「来ちゃいけねぇ、カカッさん。こいつら、忍だっ。」
「お〜や、奇遇ですねぇ、こんなところでお会いできるとは。」
賭場の中から豪華な羽織着物姿の男が出てきた。カカシが眉を上げる。派手な男は、先だって料亭花筏で無体を働こうとした隣町の金持ちだった。その時は用心棒ともども、花筏の軒先に吊るされて、その後、街の警察に連れて行かれたのだったが。
「その節はお世話になりましたねぇ、そこの銀髪の御方。」
「あぁ、アンタ、あの時のうらなり瓢箪。」
カカシがふん、と鼻で笑った。
「ふーん、今度は忍のお付きってわけ?で、何?親分さん連れ込もうって、アンタ、そういう趣味もあったんだ。」
「カカ…兄上っ。」
イルカは慌てた。こんなところで忍がらみのトラブルをおこせば、潜んでいる一団に自分たちのことを気付かれてしまう。イルカはカカシの腕を引っ張った。
「だめです、兄上。相手は忍です、かないっこない。」
「そうだ、カカッさん、逃げろ…ぐっ。」
叫んだ元締めは忍の一人に蹴飛ばされて道路に転がった。カカシの顔が険しくなる。イルカは前にまわって頭を下げた。
「お願いです、もう見逃してください。何でも言う事聞きますから、頼みます、オレたち一般人があなた方を敵にまわせるわけがない。」
「やめろ、イルカ。」
カカシが怒鳴るがイルカは一歩も引かない。がばっと土下座した。
「このとおりです。本当にもう逆らいません。お願いしますっ。」
地面に額をすりつけた。イルカは必死だった。忍くずれでレベルは下忍クラスとはいえ、今のイルカ達は忍術はおろか、忍の体術すら使えない。もちろん忍具もだ。白糸の街にもぐりこんでいるのは統制のとれた一団、気付かれたら術を取り込むどころの話ではなくなってしまう。
「後生です、見逃してくださいっ、なんでもしますからっ。」
派手な男は楽しそうにくっくっと肩を揺らした。
「お〜やおや、弟さんは随分とものわかりがいいようですねぇ。何でもするそうですが、どうしましょうねぇ、あなた方。」
腕組みした忍達はニヤニヤ笑いを浮かべ口々に言い合う。
「綺麗な女ならまだ使い用があるってもんだがよぉ。」
「どうです、靴の裏でも舐めさせてやったら。」
「たしかに、そのくらいしか役に立たねぇだろうよ。」
「違いねぇ。」
げらげら笑い出す忍達にカカシから殺気が立ち上った。
「カカシさんっ。」
思わず名前を呼んだその時、屋根の上からのんびりとした声が落ちてきた。
「な〜に素人さんをいじめてんだろうねぇ。」
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