その日も薬草を籠一杯摘み、夕刻には街へ戻った。
帰路につく人々で混み合う夕暮れの街路、カカシとイルカは知り合いに会う度、言葉を交わしながら静の家へ帰った。なごやかに夕食をとり、その後はイルカは薬草の陰干しをし、カカシは居間でごろごろする。薬草に手をつけないようカカシにイルカが殊更大仰に注意するのを静は楽しそうに聞いていた。
カカシと静が寝所に入っても、イルカは居間であれこれ作業を続けていた。明日はきちんと忍具を身につけていなければならない。今イルカが用意しているのは丸薬と兵糧丸だ。しばらくすると、カカシが居間に入ってきた。ちゃぶ台で作業していたイルカの正面にすとん、と座る。
「気付いた?」
「はい。」
わずかに緊張を滲ませ、イルカは答えた。夕方、どこの忍かはわからないが、白糸の街にかなりの人数の忍が入り込んでいたのだ。
「イルカはどう見た?」
「バラバラの気配は、おそらく抜け忍くずれ、さして問題はないと思われます。ですが、統率のとれたグループが一つ、目的が何かはわかりませんが、人数も多いですし、気付かれたらやっかいかと。」
イルカは中忍の顔に戻っている。カカシは頷いた。
「こちらのことは気取られていないと思うのですが。」
「まずいねぇ、術のこと、他国に知られたくなかったから秘密裏に処理したかったんだけど、このまんま術の取り込みをやったら気付かれるな…」
口調はのんびりしているが、かなり深刻な状況にカカシの顔も厳しい。
「増援は…」
「ダーメダメ、間に合わない。第一、式を飛ばしたら気付かれるし。」
イルカは一回分ずつ小分けにした丸薬と兵糧丸を巾着の中におさめ、ちゃぶ台に置いた。
「カカシさん、術の取り込みをはじめてどのくらいで気付かれると思いますか?」
「う〜ん。」
カカシは唸った。
「山の周囲に封印結界を配したからね、時間は稼げると思うんだけど、一番マズイのは術の取り込みが終わった直後かねぇ。」
「オレもそう思います。力が移動して穴が空いた状態になりますから、周囲の気が山に流れ込むんじゃないでしょうか。」
「そしたらぜ〜ったい敵さん、やってくるねぇ。」
「はい。」
「オレ、三日は動けないよ。」
「はい。」
「ま〜いったなぁ。」
お手上げ、といった感じでカカシはごろんと畳に転がった。ちゃぶ台から横にずれ、イルカは正座する。
「延期ということはできないんでしょうか。この際、応援を頼んで確実に術の確保をしたほうが…他国には知られてしまいますけど、敵に奪われるよりはマシだと思います。」
「それができればねぇ。」
肘枕でカカシはハァ〜、とため息をついた。
「オレの気の流れと連動しちゃうのよ。波動が一致したら勝手に術が現れてきちゃう。」
イルカは膝の上で拳をグッと握りしめた。何かを決意するように唇を引き結ぶ。畳に転がったまま、カカシは天井を見上げた。
「あ〜、絶体絶命ってあるもんだぁね〜。さって、どうするか…」
斜めにイルカを見上げ、そしてはじめて、その表情に気付いた。
「イルカ?」
カカシは怪訝な顔で半身を起こす。イルカはひどく思い詰めた顔をしていた。
「ね、どしたの、そんな顔して。」
ごそごそとカカシはイルカに這いよった。
「そんな心配しなくても大丈夫だ〜よ?ほらオレ、一応写輪眼のカカシだから。」
ね?と安心させるようにヘラ、と笑うカカシの前に、イルカは一枚の札を差し出した。
「カカシさん。」
膝前にツッと滑らせる。
「これ、使ってください。」
「え…」
さぁっとカカシの顔色が変わった。
「イルカ、これ、どうして…」
「火影様からあずかってきました。いざという時の最終手段だと。」
カカシの体が強ばる。イルカは表情を変えずに淡々と言った。
「ギリギリまであなたに渡してはならないとも言われました。先に渡すとあなたは絶対に使おうとしないだろうからって。」
「あのクソじじいっ。」
カカシは吐き捨てた。
「アンタ、これ、どういう札だかわかってんの?」
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