「イールーカっ。」
パン、とカカシが両手でイルカの頬をはさんだ。
「お馬鹿さん。」
目をあげると、カカシが困ったように眉を下げている。色違いのその瞳はちゃんとイルカを映していて、なんだかイルカは泣きたくなった。
「……すみません、オレ…余計な事…」
消え入りそうな声で謝ると、カカシが微かに笑った。穏やかな微笑み、こんな優しい顔をされると本当に涙が出てしまう。イルカは顔をそむけ、カカシから体を離そうとした。と、いきなり頬をむにゅっと押される。
「むびゃっ」
「イルカはお馬鹿さんだねぇ。」
カカシがイルカの頬をむにむに両手で押したり引っ張ったりしはじめた。
「いひゃい、いひゃいでふ。」
「お仕置きだもん。痛くて当然。」
「いひゃひゃひゃ〜。」
悲鳴をあげるイルカの目をカカシがすぃっと覗き込む。端正な顔が間近に迫ってかぁっと頬が熱くなった。
「イルカは可愛いね。」
カカシは微かに目を細める。
「へ?」
ちゅ、と音をたて、唇にキスされた。
「なっ…」
「可愛い可愛い。」
もう一度唇が軽くあわさり、ちゅっと音をたてる。
「何すんだーーーっ。」
ぶん、と腕を振り上げると、カカシはひらり、と飛び退いた。
「あっぶないなぁ。」
もう一度イルカは腕を振り回すが、これもあっさりよけられた。
「避けんなっ、バカっ。」
「あれあれ、オレ、アンタの上司よ。そ〜んなこと言っていいの〜?」
「うるせーっ、セッセクハラ上司ーーーっ。」
あっはっは、とカカシは楽しげに笑い、それからポン、と籠をイルカに放った。
「ほら、元気でたとこで場所移動するよ。この辺りはもうめぼしい草、残ってないから。」
スタスタと山道を登り始めたカカシをイルカはむぅっと睨みつけた。頬が熱くてたまらない。心臓が飛び跳ねて口から出そうだ。悔しくなってゴシゴシ唇を拳でこすっていると、突然カカシが振り向いた。
「ねぇイルカ。な〜んか誤解してるみたいだから言っておくけど。」
「何ですかっ。」
どぎまぎと狼狽えているのを誤摩化すように怒鳴る。カカシはニッと口元をあげた。
「お静っていい女だよねぇ。美人だし気持ちは優しいのにシャンとしててさ。」
「なっ…わっわかってますよ、そんなことっ。」
わざわざカカシに言われなくても知っている。人にキスして狼狽えさせて、今度は自分の女自慢かよっ。
イルカはぐっと睨みつけるが、目の前の男はどこ吹く風だ。ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、しれっと言った。
「最初見つけたとき、なんでこの人に男がいないかな、って不思議だったよ。」
「へ…へぇ〜、オレはアンタみたいなのをなんでお静さんほどの人がが拾ったのかが不思議ですけどねっ。」
カカシが何を言いたいのかわからないが、さっきからこの気に障る態度はなんだ。イルカは口をへの字に曲げた。カカシは腕組みをすると、ニヤニヤ笑いを引っ込める。
「お静のことはね、オレはあの人大好きだし、幸せになってもらいたい。」
「そっ…」
そんなわかりきったことを大真面目に言うために足を止めたのか、イルカはむかっ腹がたった。
「だから何だよ、今更ノロケてんじゃねぇっ。」
カッとなって噛み付くが、カカシはどこか嬉しそうだ。
「さっき言ったよねぇ、お静は裏切られた女だって。『うみのカカシ』はその傷を塞ぐ役目を果たすんだよ。そのくらいの役をやってあげるくらいには、オレはお静が好きだ。」
「わっかってるよっ、アンタが静さん好きな事くらいっ。」
「でもねぇ、イルカ、それは嫁さんにしたい好き、とかじゃなーいの。」
「ノロケてんじゃねぇ………え?」
一瞬、言われたことがわからず、イルカはぽかん、とカカシを見た。カカシはひょいと肩を竦める。
「はたけカカシはね、お静には幸せになってもらいたいとは思っているけど、惚れてるわけじゃないってこと。」
「あの…」
「だから木の葉に連れて帰るのも結婚式もなし。安心した?イルカ。」
「なっ…」
見るとカカシの口元にはまた人の悪い笑みが浮かんでいる。
「なんでオレがっ。」
「や、イルカが気にしてるみたいだったから。」
「んなっ…」
イルカはボン、と赤くなる。
「そっそりゃアンタが変な事、言うからじゃねーかっ。だからっ、静さんと離れたくないのかって思ってっ。」
「はは、そりゃ悪かった。」
カカシの瞳にふっと影がさした。
「イルカ、そんなだとオレは…」
何かもの言いたげに唇が動いたが、そこから言葉が漏れることはなかった。カカシはイルカに背を向け、また山道を登り始める。
カカシさん…?
イルカは混乱したまま、その背を追う。
『アタシはねぇ、あのカカシ様に笑っていただきたい。心からの笑顔をいただきたい。』
何故か太鼓もちの玉丞の声がふと胸をよぎり、イルカは途方に暮れていた。
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