その18
 
 
 

翌朝、イルカが居間へいくと、カカシはもう出かけていた。

「随分早くから出たもんですね。」

イルカはみそ汁をよそう静にそう言いながらなんとなく軒下に目をやった。

………ん?

がら、と引き戸をあけて干した薬草を確かめる。ずらっとならべて干したセンブリがいい具合に乾いてきている。そしてその先には確か、手に入りにくい貴重な…

「なっなっないーーーーーっ。」

薬問屋に売りに行こうと思っていた薬草がごっそりとなくなっている。

「すすすすみません、静さん、あのっ、ここに干していた…」

きょとん、とイルカを見ていた静は、何か思い当たったようだ。

「今朝出かける前にあの人がなにかごそごそやってましたけど…もしかして…?」
「あっあっのやろぉぉぉぉっ。」

ゆうべカカシのことを優しいなどと思ったのは即時撤回、やっぱりアイツはろくでなしだ。イルカは憤懣やるかたなく夏空に拳を振り上げていた。












「イルカちゃ〜ん、ま〜だ怒ってんの〜?」

イルカとカカシは再び山へ薬草を採りにきている。

「オレ一人で薬草採りはするって言ったでしょーがっ。アンタは信用できんっ。」
「や、ここに来るの、目的は薬草じゃないから。」

んなこたわかってらぁ。

イルカは声に出さずにカカシを睨んだ。二人は術をとりこむ頃あいをはかりに再び北の山へ入っている。



前回の薬草採りから一週間がたった。それまでに数度、気の流れをはかりにカカシは単独で山へ入っていたが、二人連れ立っての薬草採りは二度目だ。この一週間、相変わらずカカシはフラフラ遊び歩き、イルカはツケを払ったり賭けの取り分を差し押さえにいったりと変わらぬ日常を過ごしている。変わったといえば、幸吉屋のお由の髪が桃割れから島田になり、詰袖を着るようになったことくらいか。


三日前、新しく作った書き取りの手本と問題を綴じて、薬を届けがてら幸吉屋へ寄ると、お由はびっくりした顔でイルカを見つめた。ぽかんとするお由の前で、イルカは普段通り、薬箱を下ろして中から手本と朱色の筆立てを出す。

「お由ちゃん、この間の宿題、見せてごらん。」

それからお由の手にぽん、と新しい手本を乗せた。

「ほら、新しい漢字の手本だ。だんだん難しくなるぞ。」

お由の顔が、我慢していた何かがぷつっと切れたようにくしゃり、となった。イルカはいつもどおりの笑顔を向ける。

「お由ちゃんはよく勉強するから、次からは数の計算もやっていこうか。」

ごしごしとお由は幼い仕草で目をこすった。

「うん。」

ぶんぶんと首を縦に振る。

「うん、勉強する。」

それから年相応の顔で笑った。

「今宿題持ってくる。待っててね、イルカ先生。」

バタバタと芸妓にはありえない足音をたててお由は奥へかけこんだ。嬉しそうに宿題の書き取り帳を胸に抱えて戻ってくるお由はまだまだ遊びたい盛りの子供でしかなく、結った島田が痛々しい。だが、お由はこうして生きていくしかないのだ。
居間でごろごろしていたカカシの、ふと漏らした言葉をイルカは思い出す。

『いつもと変わらずイルカ先生が書き取りを教えてくれる、それが今のお由の支えになるだろうねぇ。』

そんなもんだろうか、イルカは自問する。書き取りなど些細な事だ。『イルカ先生』は所詮偽り、お由に宿題を作っているのだって自己満足だ。
ただ、最近イルカはそれでもいいんじゃないかとも思い始めている。草であることには変わりはないが、お由を気遣う気持ちも、関わった人々に抱く気持ちも、イルカ自身の本当のものだ。
イルカは忍だ。もし里からここの人々を始末しろと言われたら、自分は実行するだろう。ただその後、きっと泣く。奪った命を一生抱えていこうと思ってしまう。

甘いんだろうな、オレは…

忍としては出来損ないかもしれないが、イルカはそれでよしと思う。そして、そう思わせてくれたのが、他ならぬ写輪眼のカカシだ。

情を移すと辛い、とかオレに忠告してたくせ…

イルカは先に立って山道を歩くカカシの背をみつめた。
しっかりとつとめてこい、水揚げの日にお由にそう言ったカカシの眼差しは真摯だった。街の人々に向けるカカシの情愛は決して上っ面だけではない。だからこそ、このふらふらと遊んで回る男にあれほど人々の好意が寄せられるのだ。
一流の草が任務地にとけ込むのとは違うとイルカは感じる。動物の本能のように、どこか核の部分でそうだと思うのだ。だからよけいに、ふとかいま見せる空っぽな瞳が気にかかる。心の奥にぽかっと空ろがあるような、そんな瞳。時折悲しみの色が走るのは何故なのか。

「明日だな。」

カカシの声にイルカは考え事を中断した。いつの間にか術をとりこむ場所へたどり着いている。

「結構早まったねぇ。さて、どう理由をつけたもんか。」

立ち止まってふむ、と考え込む横へイルカが寄ると、カカシは懐から何か取り出した。

「明日、術を取りこむ前に分身でオレの死体作ってこれ握らせとくから。死体の分のチャクラは固定させとくし、オレが倒れてても大丈夫だ〜よ。さって、死因は何にしとくかなぁ。転落死にでもするか。」

「は?」




 
 
 
カカシさんはやっぱりカカシさん…だーかーら、躓いちゃダメだっていったのに〜。希少な薬草を売っぱらった銭は当然遊興費にあてられました、はい。