その16
 
 
 

イルカになついている半玉のお由だった。だが、何故お由はこうも着飾り、固い表情をしているのか。目を見開いてお由を見つめるイルカに、『おかあさん』はにこやかな笑みを向ける。

「丁度よかった。カカシ様も先生も祝ってやってくださいな。お由も今夜から立派な芸妓、芳野、と名乗りますので、よろしくお願い致します。」

「えっ?」

驚きで声がでなかった。

今夜から、ということは水揚げなのか、だがお由はまだほんの子供だ。まだこの子は十三歳、もうしばらくは半玉として稽古を積むのではなかったか。

「うん、話は聞いていたよ。いい旦那がついてくれたんだって?おめでとう。」

カカシの声にハッとなる。『おかあさん』は床に両手をついて浮き浮きと話し始めた。

「えぇ、そうなんでございますよ。お由を是非に、とのご所望で、まぁこの子は稽古熱心で芸の方は一人前でございましたし、たいそういい条件のお話でございましてね、そうそうあるもんじゃございませんでしょ。二つ返事でお受けした次第でございますよ。」
「そうかい。うん、筋がよかったし、いい芸妓になるよ、芳野は。」
「ありがとう存じます。カカシ様、今後も幸吉屋をご贔屓に。これ、芳野。カカシ様と先生にご挨拶を。」

お由は左手で着物の褄を持ち、店先まで出てくると、きちんと正座して頭を下げた。しゃらり、と花簪が揺れる。

「おめでとう、お由、いや、芳野。」

穏やかなカカシの呼びかけにお由は顔を上げた。紅をさした唇がかすかに震えている。

「カカシ兄さん、イルカ先生、今日、お二人にお祝いしていただけて本当に…」

それからお由は、きゅっと口元を引きしめた。

「ありがとう存じます。今後は芳野として精一杯おつとめして参ります。」
「なっ…そんな…」

口を開きかけたイルカの肩を、カカシがぐっと掴んだ。振り向くと強い視線がイルカを射抜く。じっと目をイルカにあてたまま、カカシは言った。

「しっかりおつとめするんだよ。これから芳野の芸を楽しみにしている。」
「はい、どうぞご贔屓に。」

お由は深々と頭を下げる。イルカの肩を掴んだ手に力が込められた。

「イルカ。」

わかっている。お由の借金をイルカが肩代わりできるはずもなく、また出来たとしてもこの街にいる同じような境遇の子供達をどうすることもできない。少しでもいい条件で芸妓としてつとめあげ、年季があけるのを待つのが最上だ。崩れるのも立派につとめあげて自由になるのも己次第、そんなことはわかっている。

だがお由はまだ子供だ、子供なのだ。

理不尽さに、己の無力さにイルカは言葉がでなかった。呆然と突っ立っていると、三つ指をついたお由が顔を上げた。

「イルカ先生。」

にこ、とお由は笑おうとして失敗した。一瞬、白い顔が泣きそうに歪む。

「宿題、ちゃんとやってあるから、今度見てね。私、またがんばって勉強するから…」

最後は声にならなかった。お由は一生懸命笑顔になろうとする。イルカは胸をつかれた。

「お由ちゃん…」

表に車が到着した。『おかあさん』がいそいそと出て行く。男衆が店先に集まっていた。

「芳野、さ、お迎えだよ。」

店の者皆が賑やかにお由を送り出す。いつのまにかイルカの両肩をカカシが支えていた。

「イルカ。」

カカシが後ろから小さく叱咤した。

「何か言ってやれ、イルカ。」

耳元で有無をいわせぬ声が言う。一礼したお由はもう玄関先を出ようとしている。

「お由ちゃん。」

気がつくと言葉が出ていた。

「じゃあ、次はもうちょっと難しい宿題にしてみるかな。」

驚いたようにお由は振り向いた。イルカはいつもの、勉強が終わった時の言い方をする。

「今度宿題見る時に新しいのを持ってきてやるから、しっかり勉強しような。」

お由の目が見開かれ、それから心底嬉しそうに笑った。

「うん、イルカ先生。」

子供のような返事をして、お由は車に乗った。水揚げの儀式にむかう者達も別の車に乗りこむ。カカシとイルカは店の者と一緒にそれを見送った。

 
 
 
こってこてです、すでにアンビリカルケーブル引きちぎって趣味の世界に突入してます。ふっ、どうせオレは特撮ヲタで時代劇ヲタさ…