その14
 
 
 

カカシが目指す山とは、白糸の街の北側に位置していた。周囲は平地で、旅人は山裾を回る街道を利用し、急斜面の多い山を越える者はいない。街の住人が季節ごと、山菜や茸を採りに入る他は、あまり人の立ち入らない場所だった。

「おぅ、カカッさん、先生、どこ行きなさるね。」

街の大通りを北に向かって歩く道々、カカシとイルカは色々な人々から声をかけられた。はじめは賭場の元締めに若い衆、髪結い帰りの姐さん達、通りを掃き清めている大店の使用人、大通りの入り口にある団子屋のお光っちゃん、職種も様々ながら、皆親しみをこめて挨拶する。


「ん〜、イルカの薬草採りにね、北の山まで。」
「あすこは先の雨以来、土砂崩れが多いから気をつけなよ。」
「ありがとね、いってくるよ〜。」


その度にカカシは薬草を採るのだとにこやかに答えた。この季節、山に入るのを怪しまれない絶好の口実だ。我ながら草として職業選びが的確だった。

「……って、ちがーーーうっ。」
「なーによ、薮から棒に。」

山へ入る坂道で思わずイルカは叫んでいた。カカシが目をぱちくりさせて振り返る。

「人目がないからいいものの、イルカ、ちょっと怪しい人でしょ、それじゃ。」
「アンタ、アンタ、どーするつもりなんですかっ。」

イルカは拳を握って詰め寄った。

「こんな、オレ達、草でしょーに、なんでアンタ、あんなに顔広いんだ、っつか、目立ちまくりなんだよっ。」
「顔が広いのはアンタも一緒でしょ。」

しれっと言われてイルカはぐっと詰まる。

「そっそれはアンタの尻拭いしてるうちにしっ親しくなってしまったわけで…」
「しかも本名だし?フツー使わないよねぇ、本名、マズイよねぇ、本名。」
「うっうるさいっ、誰のせいだと思ってんだっ。」

ここ二ヶ月に及ぶ生活で、イルカから敬語がだいぶ抜け落ちている。というより、イルカの中でもはや相手が上司という感覚が抜けてしまっていた。だから、二人きりになっても最初に会ったときのような言葉遣いをしなくなっている。カカシはくくく、と面白そうに肩を揺らした。


「だ〜いじょうぶだぁよ、イルカ。細工は流々、あとはご覧じろってね。」

ぽんぽん、とカカシはイルカの頭を撫でると、また先に立って歩き始めた。こんな時、妙に兄貴面されると頭にくる。

ホントは一歳違いのくせ〜〜。

見当違いな文句を呟くと、イルカはカカシについて山道を登った。










むっとする草いきれ、夏山の緑は深く、あたり一面の蝉時雨だ。山の中腹ほどまでくると、カカシが足を止めた。

「イルカ。」

振り向いた目にイルカはぎくりとする。普段、ちらりとかいま見るカカシが今はそこにいた。

「ここが結界をはるポイント、術の取り込みが始まったらオレは何も出来ないから、後よろしく。」
「はっはい。」

思わず居住まいをただして返事をする。カカシは四方を示した。

「もうそろそろだとは思うんだけど、オレの気の流れと大地の気が一致しないとダメなのね。正確な日時がわかるのは二、三日前が限界だから、今日から三日おきにここへ通うよ。」

それからついっと東を指差す。

「ここから三キロ、東に山小屋がある。術を取り込んだ後、そこへ身を潜めるから。兵糧丸と医療班の丸薬、いつでも使えるよう携帯しといて。」
「はい。」

淡々と説明するカカシの瞳は無機質だ。

「後始末はよろしく。オレ達が木の葉の忍だと決して悟られないように。」
「はい。」
「もし他里の忍に気付かれたら必ず始末して。」
「はい。」
「オレはここで土砂崩れに巻き込まれて死んだ事にするから、愁嘆場演じて街抜け出してよ。」
「はい…えっ…えぇぇっ?」

イルカは思わず素っ頓狂な声をあげた。

「死ぬんですか?オレと一緒に街を出るんじゃなくて?」
「そーだけど、何?」
「えっ、だって、そんな…」

あわあわと狼狽えるイルカに、カカシは大仰なため息をついた。

「あのねぇ、生きてこの街出るってなると、色々めんどくさいでしょうが。こんだけ知り合い多いとさ。」
「え…でも…」

知り合い増やしたのはアンタじゃねーか、と言いたかったがなんだかんだといってカカシは上司、イルカは流石に口をつぐんだ。

「じゃあ、オレも死んだ方が…」
「アンタまで死んでどーすんの。変に遺族とか探されたら困るのは里よ。だいたい、アンタの任務はオレの保護と後処理でしょうが。」
「あ、そっそうか。」

己の任務に思い至ってイルカは赤面した。

「ちょっと、一般人ボケしてんじゃない?」
「すっすみません。でも…」
「何?」

スッとカカシに見据えられてイルカは怯んだ。口調は街にいるときと同じなのに、纏う空気が何故こうも寒々としているのだろう。何故その瞳はぽっかりとした青い虚空を思わせるのだろう。周囲はこんなに力強い緑に溢れ、生命が息づいているというのに。そう思ったらぽろり、と言葉が出た。

「でも、カカシさんが死んだってなったら、みんな悲しみます。特に静さんが可哀想だ…」

一瞬カカシの目が見開かれ、まじまじとイルカを見つめた。瞳に呆れたような色が浮かんでいるが、何も映さないよりはましだとイルカはその目を見つめ返した。しばらくそうしていたが、カカシははぁ、と息をつく。

「アンタねぇ。」

ガシガシと銀髪をかいた。

「オレ達は忍なの。あの街での生活は偽り、虚像でしかないのよ?」
「そっそんなのわかってますっ。でっでも、みんなアンタのことが大好きだ。アンタだって…」
「オレが何?オレは任務を果たしているだけだーよ。」

イルカはひゅっと息を飲んだ。凍り付くような視線、暑さからとは別の冷たい汗が背中を伝う。イルカが体を固くしていると、フッとカカシの気配が変わった。

「ほら、薬草探して。結構大仕事だよ。昼飯食ったら帰るから。」

花も探さなきゃ、とカカシは草むらに入っていく。イルカはその背中を眺めながら、無性に腹が立ってきた。
なんだよ、偽りとかいって、静さんの弁当食べるくせ、静さんのために花を探すくせ。写輪眼のカカシがなんだってんだ。
イルカは手に持っていた籠をカカシにむかって力一杯投げつけた。

「うわ、何すんの。」

片手で籠を掴んだカカシが心底びっくりした顔をする。

「驚いたか、ざまーみろっ。」

イルカは怒鳴った。カカシはぽかん、とイルカを見ている。それにますます腹がたって、もうイルカは止まらなかった。

「スカしてんじゃねぇや。街で暮らしてるアンタもオレも足もついてりゃクソもすらぁ。」

元来、火影も手をやいたやんちゃ坊主、気は短いしカッとなったらおかまいなしだ。

「写輪眼のカカシだ?アンタなんか、忍とったらただの遊び人のろくでなしだろーがぁっ。」

言い切ってぜいはぁと息を継いだイルカはぎっ、とカカシを睨んだ。カカシはじっとイルカを見つめたままだ。その目から何の感情も読み取れない。そのことにイルカの胸はぎゅっと引き攣れたように痛んだ。

「くそバカカシっ、オレは謝んねぇからなっ。」

ぷいっ、とイルカはそっぽを向き、がさがさと自分も草むらをかきわけ薬草探しをはじめた。カカシの中には欠片も入りこめないと示されたようで、悔しくてたまらなかった。


 
 
 
上忍に籠投げつけちゃ駄目です、うみの中忍。ちょろちょろしていたガキの時分、火影様のご苦労たるや推して知るべし…絶対にごめんなさいを言わないタイプね、イルカ少年は。……