その12
 
 
 

やっぱ、カカシさんは写輪眼のカカシなんだ…

料亭での騒ぎの後、イルカは少しカカシを見直した。
忍の体術の欠片も見せず、一般人の身のこなしであそこまで強い。あの男達はごろつきだが腕は相当なものだった。だからこそ用心棒としてちやほやされていたのだろう。あれほどの手だれ相手に、忍の技を使わずに自分は対処できただろうか。イルカには甚だ自信がない。

すごい人…なんだよな…

カカシは相変わらずで、その後を追っかけては尻拭いする日々も変わらない。だが、イルカは以前よりもカカシのことをよく見るようになっていた。
ツケで遊び回るカカシ、すさまじい実力を秘めたカカシ、それだけではない、どうにも何かがひっかかる。今まで銭勘定に必死だったので、気がつかなかった。

なんであんな目、すんだろ…

時折カカシは、ひどく無機質な目をする。静に甘えるカカシ、お座敷遊びで笑うカカシ、賭場の若い衆に喧嘩のやり方を仕込むカカシ、どんなカカシも生き生きとしているのに、ほんのわずかな隙、ふと目が色をなくす。

最初にきづいたのはいつだったか、迎えにいって巻き込まれたお座敷遊びの時だったように思う。
カカシの座敷はとにかく賑やかだ。
お気に入りの置屋の芸妓達と太鼓持ちの玉丞をあげて、唄い踊り酒を飲む。特に玉丞の気の利いた会話が楽しみなようで、自分もよく通るいい声で都々逸を唄い、三味線を弾く。そのうちかっぽれや伊勢音頭がはじまり、宴もたけなわになった頃、カカシは騒ぎから離れて一人、静かに酒を飲むのだ。

はじめ、一人酒を飲み始めたカカシに気付いたイルカは、声をかけようとして息を飲んだ。纏う空気がひどく寒々としている。色をなくした目を何も映していない。思わず露骨に凝視してしまったのだろう、視線に気付いたカカシがフッとイルカを見た。その瞳はまるで青い虚空のようで、しかし、一瞬後にはすぐにもとのへらりとしたカカシに戻った。
ニッと口元をあげ杯を置くと、カカシが抜けて少し騒ぎが治まってきた中へ拍子を取りながら入っていく。そして、座敷は再び賑やかな喧噪に包まれるのだ。

綺麗どころに囲まれ楽しげに踊るカカシ、だがイルカは、なんとも名状しがたい気分を味わっていた。以来、カカシのことが気にかかる。写輪眼で、すぐれた忍で、遊び好きのろくでなしで、甘えん坊で、だがどのカカシにも共通するあの瞳、イルカはわけがわからない。そういえば、この街に到着した夜、一人居間に寝転がっていたカカシの目がそうではなかったか。

「弟様。」

今日もイルカは花筏にカカシを迎えにきていた。

今日は女将の娘の家庭教師をやる日だ。勉強が終わってそのままカカシを迎えにきた。まだ時間が早かったせいで、座敷では丁度綺麗どころのかっぽれが最高潮に達している。当然カカシに帰る気配はない。イルカはそっと座敷の片隅に座った。
綺麗どころの踊りは眺めていてイルカも楽しい。側にあった脇息を引き寄せ、目の保養だな、ともたれかかると、すぅっとカカシが騒ぎから離れるのが見えた。カカシはそのまま屏風の前で静かに杯を傾ける。毎度のことながら、その姿はイルカを落ち着かなくさせた。そこへ太鼓持ちの玉丞が踊りの輪から離れてイルカの側へ座った。

「あぁ、玉丞さん。」

酒の徳利を持った玉丞はそれを畳に置くと、両手で青磁の杯をイルカに渡した。

「どうぞ御一献。」
「いや…オレは…」

「たまにはよろしゅうございましょ?」

にこにこと酒を注いでくる。

「じゃあ、ちょっとだけ。」
「おや、いい飲みっぷりじゃございませんか、先生。」

苦笑するイルカに玉丞は再び酒を注ぐ。辛口ですっきりとした上物だ。

「玉丞さんも。」
「へい、お流れ頂戴いたします。」

玉丞は懐から小さな杯を出した。イルカが注ぐと旨そうにくいっとあける。  

「あれ、玉丞さん。」

イルカはふと気付いて目の前の太鼓持ちをまじまじと見た。

「カカ…兄のとこに行かないとマズイんじゃないですか?オレに酌してる場合じゃないでしょう。」

お座敷を盛り上げる役目の太鼓持ちが客から離れることはない。こうやって綺麗どころのかっぽれが盛り上がっている時には、太鼓持ちは一緒に踊るか、周りで囃すかするのが仕事だろう。

「はは、弟様も大事なお客様じゃあございませんか。」

齢四十を超えたくらいの、小柄な太鼓持ちはペシペシと己の額を叩いてみせた。

「ただねぇ、弟様。」

剃り上げた頭を掌でするりと撫でる。色白で卵形の顔立ちはなかなかに整っているのに、それを剽軽にみせるのだから、実力のある太鼓持ちなのだ。玉丞はついっ、とイルカに杯に酒を注ぐ。

「アタシごときが、ああやってお一人で酒をのまれる兄上様の邪魔をしちゃあならん気がするのでございますよ。」

イルカは驚きで目を見開いた。自分以外にあのカカシに気付いた人間がいたのか。

「お側に参りますと、兄上様はすぐにいつものお顔に戻られます。ですが弟様、あそこにいらっしゃる兄上様が本当なんじゃないかと、アタシはねぇ、あのカカシ様に笑っていただきたい。心からの笑顔をいただきたい。アタシにはそれができません。太鼓持ち失格でございます。」

それから玉丞は、余計な事を申しまして、と両手で畳に手をついて深々と一礼した。

「玉丞さ…」 「あれ、イルカぁ、来てたの〜?」

能天気な声が飛んできた。見ると、屏風の前でカカシがひらひらと手を振っている。

「ぜっんぜん気がつかなかったよ〜。」

嘘付け、気づかねぇわけねぇだろ、写輪眼のカカシがっ。

むっつりとするイルカに、カカシはおいでおいでをした。

「まだ時間早いでしょ?こっちで飲も、イルカ。」
「なっ何が時間が早いだ、こんな時間から飲むのが…」

イルカが文句を並べたてる前に、玉丞がひょいっと前に躍り出た。ぽんぽん、と三味線に合図を送る。

「さぁ先生、花の筏でお運びしましょう。それ、姐さん方。」

ひときわ三味線が華やかに鳴り始め、芸妓達がイルカを囲んだ。踊りながらカカシの方へ押し出していく。

「ちょっちょっと、玉丞さんっ。」
「玉の船頭でござい。」

玉丞は剽軽な仕草でイルカの前を行く。

「船頭…先導…あ、へぇ〜、じゃなくて、うわわっ。」

芸妓達の巧みな足拍子に巻き込まれ、イルカはよろめく。その時、ふと、小さな声が耳元でした。

「弟様ならば、本当のあの方のお心に入っていけるとアタシは思っておりますよ。」
「え?」

シャンシャン、と鳴りものが響き、芸妓達がくるりと身を翻した。急に視界が開けたと思った途端、イルカは硬直した。目の前に両手を広げたカカシがいる。

「イルカ、おいで〜。」
「げっ。」

慌てて足を踏ん張るイルカの背を、芸者衆がトン、と押した。そのままカカシの胸に倒れ込む。

「いらっしゃ〜い。」

むぎゅう、と抱きしめられた。

「ぎゃーーーーっ。」
「も〜、イルカちゃん、色気ない〜。」
「アッアホかっ、放せ、放しやがれクソ兄貴ーーーっ。」
「でもカワイ〜。」
「玉丞さーーーんっ、助けてぇぇっ。」

料亭花筏に、今日もイルカの悲鳴が響き渡った。

 
 
 
イルカ、ちょっとぐるぐる。
はたしてカカシの素顔は?
さーてえ、さくさくいこー。