廊下の先でカカシの座敷に入っていた芸妓が数名の柄の悪い男達に囲まれていた。その横にはいかにもお大尽です、といったなりの男がにやついている。
「そこに空き部屋がありますから、楽しんでいらっしゃい。あぁ、大丈夫ですよ、お代はちゃんとお払いしますからね。」
「何をおしだい、アタシは別な座敷に呼ばれてきてるんだよ、お放しったらっ。」
暴れる芸妓を体の大きな男がぐっと抱きすくめた。
「元気なアマだ、まぁ、その方が抱きがいがあるってもんさな。」
「旦那、じゃあ、あっしら、そこで済ましてきまさぁ。」
「ちょっと待ってください。」
イルカは急いで割って入った。
「この方は兄の座敷に呼ばれているんです。無体はやめてください。」
「イルカ先生っ。」
がっちりと拘束された芸妓がすがるようにイルカを見た。
「お蔦姐さんに触んないでよ、この下郎っ。」
イルカの影からお由が叫ぶ。男達が鼻で笑った。
「こりゃまた活きのいいのがいたもんだ。おい、お前もこっちに来い。」
けむくじゃらの腕がのびてお由の肩をつかんだ。お由が悲鳴を上げる。
「よせっ。」
男の手を振り払いながら、イルカは焦っていた。いくら体が大きく腕自慢でも、忍の体術にかかれば赤子の手をひねるようなものだ。だが、どこに敵の忍の目があるかわからない。疑われるようなことは極力避けたいのだが、このままでは無体を働かれてしまう。
どうする…
お由の体を抱き込んでかばいながら、イルカは思案した。
ある程度殴られてから、肉弾戦にみせかけて昏倒させるしかないか。
まいったなぁ、とあたりに目をやると、騒ぎを聞きつけた女将が男衆を引き連れて駆けつけてきた。
「お客様、無体は困ります。それはよそのお座敷に入った芸妓でございます。」
「ならばこれで話をつけてこい。」
きらびやかな羽織の袖をひらめかせ、お大尽風の男が札束を女将の胸元にねじ込んだ。ムッと女将の柳眉がつり上がる。
「うちはそういう場所じゃあございません。女を買いたきゃ岡場所にでも行きなさるんですね。」
胸元の金を廊下に投げ捨てると同時に、男衆が動いた。無体を働く客をつまみ出す役割を担っているだけあって、動きに無駄がない。だが、お大尽風の男が連れていた男達はその上をいっていた。声を出す間もなく男衆はふっとばされ、廊下や中庭に這いつくばった。
まずいな…
イルカは眉をひそめた。忍ではないがかなり腕の立つ連中だ。忍と気取られないよう殴り飛ばすのは案外難しいかもしれない。男達が女将とお蔦の腕を引っ張った。悲鳴があがる。イルカは全身でお由をかばった。ニタニタ笑った男達がイルカの胸ぐらを掴む。
「先生っ。」
お由が泣きそうな声で叫んだ。一発殴られるしかないか、グッと歯を食いしばった次の瞬間、ふっと胸元が楽になり、どさり、と尻餅をついた。
え?
目の前に泡を吹いた男の顔がせまり、そのままどさり、と床に転がった。つづいて隣の男も白目をむいたままひっくり返る。
「アンタら、いい加減にしなさーいよ。」
白目をむいた男の腹に片足をのせ、すっくとカカシが立っていた。両方の手に一人ずつ、男の頭をがっちりと掴んでいる。
「あっ兄上…」
「カカシ兄さん。」
「はーい、イールカ、お由坊、もう大丈夫だーよ。」
ごいん、と鈍い音をさせ、掴んでいた男達の顔同士を激突させた。鼻血を吹き上げ白目を剥く男二人をぽい、と投げ捨て、がくがくと震えるお大尽風の男に歩み寄る。胸ぐらをつかむと片手でひょいと吊り上げた。
「芸は売っても体は売らぬってね、アンタ、野暮な遊び方するんじゃないよ。ましてや半玉にまで手ぇだそうなんざ、お座敷遊びする資格なしだぁね。」
ぎりぎりと締め上げられ、男は足をばたつかせた。
「しかもアンタ、オレの大事な弟に傷つける気?あったまくるねぇ、玉丞。」
「はい、ここに。」
太鼓持ちがすかさず答えた。
「どうしてくれようか、このうらなり瓢箪。」
「へい。」
玉丞はポン、と足で拍子をとり唄いだした。
「案山子の守らぬ末成りはぁ〜。」
トントントン。
「軒に干してもつかえやせぬよ〜。」
トトントン。
「鳥につつかれしぼむだけぇー。」
足拍子にあわせておどけたふうに手を使った。
「うん、いいねぇ、吊るしちゃおう、軒下にね、イルカ。」
「はっはいっ。」
慌てて立ち上がったイルカにカカシはにっこりと笑う。
「手伝うでしょ。」
カカシは涼しい顔で、もがく男をぽい、と中庭に放り投げた。ぐぇ、と蛙がつぶれたような声があがる。
か…かっこいいじゃねぇか…
イルカは不覚にも見惚れていた。
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