イルカの姿になったコテツは任務受付所の近くに待機していた。受付所にはシズネが一人で詰めている。
今夜は無礼講の飲み会にあわせてあれこれ調整したので、報告書を持ってくる忍は少ない。八時をすぎるとそれもぱったりと途絶え、受付所に人影はなかった。
コテツは内心、ぽっと胸を撫で下ろす。このままイズモがうまくイルカと歓談することに成功したら、自分がカカシの前でイルカの真似事をする必要はなくなる。なんといってもコテツは非常時の保険なのだから、やらなくてすめばそれにこしたことはない。はたけカカシを騙すなんて、恐ろしくて考えただけでもチビりそうだ。
まぁ、昨日任務に出たんだし、まだ帰らねぇよな。
力を抜いて椅子に沈み込んだ時、血相をかえたシズネが飛び込んできた。
「カッカカシさんが帰ってきましたっ。」
うそぉっ
流石は木の葉を代表する忍び、っつか、何もこんな時に有能さを発揮しなくったって。コテツははじかれたように椅子から立ち上がった。
「おっ落ち着いて下さいねっ、綱手様が全身全霊をかけて変化を固定したんです。絶対にバレませんから、とにかく、報告書を受け付けたらお茶でもすすめて引き止めていてください。私はその間に綱手様に連絡します。」
こくこくとコテツは頷いた。
「大丈夫ですから、いいですね、とにかく落ち着いて、練習通りにイルカさんを演じてください。十分、いえ、五分でいいです。引き止めている間に会場のイルカさんを眠らせて連れ出しますから。」
もういちどコテツは頷く。泣きそうだ。
「カカシさんは宴会には出たがりません。きっと自宅へ帰るはずです。そうしたらバレることはありませんから、安心して。」
シズネは力強く頷いてみせると、瞬身でかき消える。そして受付所にはコテツが一人、残された。
シン、と静寂が重い。受付カウンターの後ろでコテツは書類を取り出し整理をはじめた。もうすぐカカシがくる。自然な雰囲気を作っておかなければ。
カタリ、と音がした。ドアが開いたのだ。報告書を手に写輪眼のカカシが入ってきた。カカシはぐるりと周囲を見回す。
「あれ、一人?」
「はい。」
コテツはイルカになりきってにっこりと笑みを向けた。
「任務、ご苦労様です。はたけ上忍。」
のっそりとカカシはカウンターの前に歩み寄ってきた。
「宴会、行かなかったの?」
「え?えぇ、まぁ。」
うわ、なんか今日、やたら話しかけてきてねぇ?
引き止めろと言われているから好都合と言えば好都合なのだが、なんだか調子が狂う。内心いぶかりながら報告書に目を通し、ポン、と印をついた。
「はい、結構です。」
いつもならイルカはここで固い顔をあげ、カカシは素っ気なく受付所を出て行く。だがコテツは満面の笑みで労をねぎらった。
「お疲れさまでした、はたけ上忍。」
なにせこれから5分程、引き止めなければならない。
「それにしても、流石ですね。あの任務をたった一日で終わらせてしまうなんて。」
にこやかに話しかける。カカシが驚いたように目を見開いた。そりゃそうだろう、とコテツは思う。いつものイルカの態度は全身で「アンタが苦手だ」と言っているようなものだ。それが笑顔で労をねぎらってくるのだから、驚かないほうがどうかしている。
「もしかして任地から走りっつめなんじゃないですか?あ、そうだ、よかったらお茶、お煎れしましょう。誰も来ないし、丁度休憩しようかって思ってたとこなんです。」
コテツは立ち上がってカウンター奥のテーブルに向かった。そこにはすでに急須やポットが用意してある。お茶の一杯も飲ませたら5分くらいはかせげるはず、そうしたらあまり会話をしなくてもいい。コテツは緑茶の缶を開け急須にお茶の葉を入れた。
「ホントに今夜は誰もいないんだね…」
ぽつり、とはたけカカシが呟いた。
「あ、はい。今夜は火影様の宴会ですので、皆はりきっちゃって…」
突然、つつっと手の甲を撫でられた。ぎょっと振り向くといつの間にかはたけカカシが背後に立っている。
え?
カカシの指は手の甲から指先への滑っていく。
「あっあの…」
「ん?誰もいないんでしょ。」
つつぅ
なんだか手を撫でるカカシの指先がいやらしい。おそるおそるうかがったカカシは妙に妖艶な空気をまとっている。
げぇぇっ
コテツは青くなった。もしかして新手の嫌がらせか?誰もいないのをいいことに、仲の悪いイルカに身の程を思い知らせようとしているのだろうか。にしてはやけに色っぽいこの空気、はたけカカシの表情はどこかうっとりとしている。
「はっはっはたけ上忍っ、あのっ…」
「なぁに?他人行儀な呼び方して。」
するり、ともう片方の手が腰に巻き付いてきた。
「ねぇ、怒ってるの?朝まで寝かせなかったから。」
はいいーーっ?
全身に鳥肌がたった。
朝までって朝までって朝までってどゆことっ?
腰に巻き付いた手がさわさわと不埒な動きをはじめる。
「だってアンタが可愛く鳴くんだもん。我慢出来るわけないじゃない。」
ぎょええええ〜〜〜
唇を指がなぞってきた。
「それとも焦らしてるの?」
耳元で色っぽく囁かれる。
「外で二人っきりなんてはじめてだよね。いっつもここじゃつれない振りばっかりで、オレも辛いよ。」
ふぅっと息を吹きかけられた。
「イルカ…ここでしよっか…」
きゃああああっ
コテツは全力で逃げようとした。が、相手は流石写輪眼のカカシ、ぴくとも拘束は弛まない。それどころかかえって煽ってしまったらしい。後ろからぎゅうっと抱きしめられた。
「ふふ、恥ずかしがりやさん。」
いや〜〜〜〜っ、犯されるぅぅぅっ
マジ、貞操の危機だ。もう全て白状するしかない。
「あっ、オレはっ…はたっ…けっ…」
なのに恐怖のあまり、言葉がうまく出て来ない。すっかりその気のカカシが首筋に顔を埋めてきた。絶体絶命だ。
誰かぁぁぁっ
気を失いそうになったその時、ピタリ、とカカシの動きが止まった。
………助かった?
とにかく今のうちになんとか説明を、と口を開こうとした途端、今度はじわり、と殺気がたちのぼってきた。ゆっくりとカカシが顔をあげる。
ひぃっ
さっきとは別な意味でコテツは震え上がった。後ろから羽交い締め、そう、今では羽交い締めといっていい状態で、首もとからコテツを睨みつけてくるカカシはまさに死神だ。地獄の底からわき出たような声が響いた。
「アンタ、誰?」
どっちに転んでも己の運命は地獄へ一直線だったのだと、この時コテツはようやく悟った。
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