節分会2
 


節分の夜、火影主催で上忍、中忍、無礼講の宴会が開かれた。
その前日、三日の予定の任務をあてて首尾よくカカシを里外に追い出した綱手は、念入りにイズモの変化を固定する。

「よし、変化は完璧だ。あとは練習したとおり、仕草も言葉遣いもはたけカカシになりきれ。ただし上忍連中の側には寄るなよ。気付かれたら最後だと思え。あの連中ときたら、ネタになると思ったら飛びついてくるからな。奴らの口に戸はたてられん。」

青ざめたイズモはコクコクと首を振る。

「馬鹿者、カカシがそんな態度をとるか。」

バシ、と叩かれた。んな無茶な、と頭を押さえるいズモの横には、イルカの変化を固定されたコテツが不安そうに立っている。綱手はがしり、とコテツの肩を掴んだ。

「宴会の開始時刻、受付にシズネが入る。お前はここで待機だ。気を抜くなよ、イルカになりきっておけ。」
「ははははいっ。」

戦場でもここまで緊張はしない。二人とも涙が出そうだった。












イズモが待機させられたのは宴会場の隣の小部屋だった。息を殺して合図を待つ。はじまって小一時間ほどたっただろうか。連絡用の式が発光した。覚悟を決めてイズモは立ち上がる。毎日、イヤと言う程カカシになりきる練習をした。嗜好も趣味も頭に叩き込んでいる。それに相手はイルカだ。仲の良くないカカシのことなど、たいして知りはしないだろう。

「さって、行きますかね。」

カカシになりきって、のったりと呟いてみた。




宴会場の襖を開けてみると、盛り上がるのが早かったのか、すっかり座は崩れあっちこっちに塊が出来ていた。しかし、いくら無礼講といってもやはり上役に気を使いたくないのだろう、中忍同士で飲んでいるグループが多い。上忍達も、割と気さくで親しみやすいアスマやガイなど一部を除いて、上座で塊になっている。イズモはぐっと丹田に力を込めるとすばやく会場内に目を走らせた。

いた。

綱手が席の真ん中辺りでイルカをつかまえている。打ち合わせどおり、かなり飲ませているようだ。カカシらしく、猫背でのっそりそちらへ足を向けると、酔っぱらっているにもかかわらず周囲の忍び達がサッと道をあけた。

さっすが写輪眼のカカシだよ。

カカシの立場で動いてみると、畏怖と憧憬の眼差しをひしひしと感じる。内心イズモは冷や汗だ。その時、陽気な声がかかった。

「おー、カカシ、任務じゃなかったのか?」
「昨日出立してもう終わらせたとは、さすがは我がライヴァルっ。」
「こっちいらっしゃいよ、カカシ。」

げっ。

イズモは青くなった。声をかけてきたのは猿飛アスマだの夕日紅だのマイト・ガイだの、要するにいつもカカシとつるんでいる上忍連中である。いくら酔っているとはいえ、里でもトップクラスの上忍を騙し仰せる自信はない。

「何をしておるカカシ、今夜はとことん飲み明かそうではないかっ。」

ずんずんとマイト・ガイが近づいてくる。この熱血上忍、動かないカカシに焦れて強引に座へ引っぱるつもりらしい。万事休す、縋るように綱手を見た次の瞬間、凄まじい勢いで徳利が目の前を通過した。ゴン、と鈍い音がしてガイが吹っ飛ばされている。

「なにしてるんだい、カカシ、こっちで酌をしなっ。」

流石は三忍の一人だ。ホッと胸を撫で下ろし、イズモは打ち合わせどおり、イルカの隣に移動した。イルカは両隣を綱手とカカシに変化したイズモに挟まれた格好だ。

「こんばんは、イルカ先生。」

にこ、と目を細めて挨拶すると、イルカは強ばった表情で見上げてきた。そりゃあ無理もない。あれだけ仲が悪いのだ。隣に座られるのは気まずいのだろう。

「任務、お疲れさまです。」

それでも律儀に挨拶を返すあたりがイルカらしい。

「まぁまぁ、堅苦しいことはなしだよ。今夜は無礼講じゃないか。」

綱手が一升瓶をかたむけ、イルカのコップを満たした。恐縮したイルカは頭をさげ、コップを空ける。酒に強いイルカがすでに耳まで赤くしているということは、イズモが会場に入るまでにかなり飲ませたということだ。

「はたけ上忍、どうぞ。」

おぼつかない手つきでイルカが新しいコップを渡してきた。逃げられないと観念したらしい。

「ん、ありがとね。」

愛想よく受け取ると、イルカは驚いたような顔をした。計画どおりだ。この調子なら一晩でカタがつくかもしれない。綱手の施してくれた変化は完璧で、会場にいる誰からも怪しまれている気配はないし、このままカカシとしてイルカへの心証を良くすれば任務は完了なのだ。

「ま、先生も飲んで。」
「は、ありがとうございます。」

イルカの横であぐらをかき、のんびりと言った。先の見通しがつけば落ち着いてもくる。リラックスした気分でイズモはカカシになりきった。

「オレねぇ、こうやって先生とゆっくり飲んでみたかったのよ。」
「……はぁ。」

イルカは複雑な表情だ。

つまりはオレのこと、はたけ上忍だって疑ってないってわけだよな。

イズモは自信を深めた。イルカの向こうで綱手が小さく親指をたてている。
掴みはOK、次は噂の美貌で籠絡作戦だ。綱手が目配せした。するりと口布を下げる。見たものは少ないがどうやらカカシは美形らしい。素顔をみせることとその美貌、二重の衝撃をまず与え、気さくな態度でイルカの心をほぐそうという作戦だ。案の定、イルカが大きく目を見開いた。

驚いてる驚いてる。

じっと凝視してくるイルカにニッコリと笑いかけた。ひゅっとイルカが息を飲む。その後ろではすでに綱手がガッツポーズを決めていた。
この調子だ。次は細やかな心遣いと優しさで攻勢をかけるべし。

「あれ、イルカ先生、あんまり食べてないんじゃ?綱手様に気を使って飲むばっかりだったんでしょう。」

そういいながらイルカの好きな焼き鳥の皿を手前に引き寄せてやる。イルカとは長い付き合いなので、食べ物の嗜好は把握済みだ。取り皿に箸までのせてやってからまた微笑んだ。

「あっありがとうございます。」

イルカがハッと目を瞬かせ、慌てて頭を下げた。

「あっあのっ、はたけ上忍こそ、任務帰りですし、何か召し上がらないとっ。」

そう言いながらあわあわと大皿から料理を取り分け始めた。

「どっどうぞ。」

イルカが取り皿にこんもりと盛ったのはナスの揚げ浸しだ。イズモははたけカカシの嗜好に関する極秘ファイルを反芻した。確かナスは好物だが天ぷらは嫌いだったはずだ。目の前の料理は天ぷらではないがナスを素揚げしたもの、好物のナスと取るべきなのか、それとも嫌いな揚げ物の部類なのか。

くそ、また微妙な食い物を…

これはある意味、黒髪の中忍のカカシへの意趣返しなのかもしれない。後ろで綱手が首を横に振っている。イズモは決断した。

「あ〜、ナスは好きなんですが、揚げ物はちょっとね、任務帰りにはあんまり食べたくなくて。せっかく取ってもらったのに申し訳ない。」

にこやかに辞退しつつサラダの皿に手を伸ばす。イルカが怪訝な顔をしたが、かまわずサラダを口に運んだ。カカシの野菜好きは教え子に野菜の差し入れをするくらいだから有名だ。

「最初にさっぱりしたものが食いたくてね。」

本当はデカいエビ天を食べたいところだがしかたがない。カカシになりきってイズモは旨そうにサラダを食べた。キャベツとセロリの千切りを和えたところに海鮮ドレッシングがかかっている。

「あ、これ、旨いですよ。」

イルカにも同じものをとってやった。実際、旨いサラダだ。だが、イルカはますます怪訝そうに眉を寄せる。そして小さな声で呟くように言った。

「どうしたんです?あなた、キャベツとセロリ、混ぜたの嫌いじゃないですか。」

………えっ

イズモは一瞬、咀嚼を忘れた。



はるか昔、大学の寮食のおかずがセロリまみれだった。キャベツの千切りにもきゅうりの酢の物にもビーフシチューにも酢豚にも、とにかくありとあらゆるメニューに大量の(重要)セロリが入っていた。セロリ畑と闇契約でもしとるんかい、って勢いだった。おかげですっかりセロリが嫌いに…思わずはたけカカシの嫌いなメニューに加えてしまったのはその時のトラウマだ。え?何故イルカせんせがこんな微妙な嗜好を知ってるかって?さぁ〜