「そんな荒唐無稽な話を信じろというのかい?」
「信じろも何も、オレだって間違いならどんなにいいだろうって思いますよ。賭けとかで皆がオレのこと騙してくれてる方がよっぽどマシです。」
人払いをした執務室でカカシと子猫は五代目火影と向き合っていた。綱手は難しい顔で腕組みしている。
「お前が別次元の世界から来たカカシだとして、うちのカカシはどこ行ったんだ。」
「こっちのカカッさんはあっしらの世界に飛ばされたんじゃねぇでやすかい?そう考えるのが自然でさぁ。」
「……何なんだい、このべらんめぇな猫は。」
ギロリと睨まれても子猫は涼しい顔だ。カカシは苦笑いした。
「是清です。オレの世界の綱手様とは結構相性がいいんですけどね。」
「あっしのおまじないで賭け事100%勝てるってんで重宝されてんでさぁ。」
「賭け事だって…?」
フッと綱手は僅かに目を細めた。それから再び難しい顔になる。
「とにかく、お前が別世界から来たという話、あながち嘘とも思えん。カカシであることは間違いないが、性格が違いすぎる。そんな風にチャラけた物言いをするお前など初めてだ。」
「は?チャラけたって…」
こっちのカカシはいったいどんな性格なのだろう。憮然とするところに綱手はびし、と指を突きつけた。
「もう少しお前の世界とやらのことを聞かせてもらおう。」
「それはいいですけど、オレは監禁でもされるんですかね。」
いや、と綱手は首を振った。
「自由にしていいが里外には出るな。それからこのことは口外無用だ。特に年寄り連中には知られるなよ。厄介ごとが増える。」
「この世界でもコハル様たちとはソリがあわないんですね。」
くす、と笑うと綱手が目を見開いた。
「お前、笑えたのか…?」
「は?」
笑えたのかって、いったいここのオレってどういうキャラだ。
ぽかんとしていると綱手がヒラヒラ手を振った。
「どうやらそっちの世界はだいぶ違うようだな。まぁいい、お前のことだ、どうせあの世話役の中忍のところへ帰るつもりだろうが、一応暗部の監視はつけるよ。何、こっちのお前が一番信用している男だ、心配ない。それから一日一回、必ずここへ顔を出しな。敵の術じゃないって確証もまだないんだからね。必要なら世話役の中忍うみのだけには話してもかまわんが、とにかくこのことは…」
「五代目。」
綱手の言葉を遮ったカカシは眉を寄せた。
「さっきからあの中忍だの世話役だのって、なんかそれ、イルカ先生にすごく失礼じゃないですか。先生がいないと綱手様の事務仕事、進まないくせに。」
さっきからどうも引っかかっていた。まるでイルカのことを召使いか何かのように言う。
「オレの大事なイルカ先生を世話役なんて無粋な言葉で言われたくないですよ。」
「イルカ先生だと?」
なのに綱手は唖然とした顔をする。
「確かにうみのはアカデミー勤務の教師だが、上忍のお前が何故中忍に敬称などつける。」
「はぁ?」
今度はカカシが唖然とする番だった。
「イルカ先生はイルカ先生ですよ。というか、恋人なんだから階級、関係ないでしょ。」
「恋人?うみのとお前が恋人だというのか?」
ますます驚く綱手にかえって面食らった。
「こっ恋人同士ですよ、オレ達は。」
「お前の世界では階級違いのくせに付き合えるとでも?」
「は?階級違いって…えっ…えぇっ?」
「確かにこっちの世界のお前も上忍のくせに世話役をうみの一人だけしか持たない変わり者だったが、それでも階級が違う者同志が恋人などありえん。」
「ちょっ…一人しかって、はぁ?」
いったいこの里の長は何を言っているのだ。突っ込みどころが多すぎるうえ、全く話がみえない。
「なんですかい?上忍は上忍としか付き合えねぇんで?そりゃあ選択の余地がなさすぎでやすよ。いくらなんでも無理ですぜ?」
言葉のでないカカシにかわって子猫がきぃきぃ抗議した。
「しかもその言い様じゃあ、上忍は世話役ってぇ名前ぇの愛妾を何人も抱えているようじゃありやせんか。ちぃっとばっかり無体がすぎやしやせんかい?」
だが綱手は当たり前だといわんばかりの顔をした。
「上忍は里の宝だ。当然の権利だろうが。普通は三人から五人は愛妾や世話役を持っているぞ?それに里としては上忍の子ならいくらでも欲しい。まぁ、たまに男しか興味のない奴もいるが、それでも里への貢献を思えば別にかまわんしな。」
「ほえぇっ?」
さすがの是清も素っ頓狂な声をあげて固まった。
「驚くことか?正式な付き合いや婚姻は同じ階級か良家の子弟、子女に限られているというだけの話だ。気に入れば世話役に指名して、子が出来れば里が面倒を見る。お前ら上忍に損はない制度だろう?」
「でっでも指名っていったって相手の意志とか…」
「下位の者に意志もへったくれもあるか。何のための階級だい。上忍になれない者は従うのが義務だよ。」
カカシは頭を抱えた。綱手が本気でそう思っているというのが恐ろしい。
「そんな殺伐とした制度、よく三代目がお許しになられましたね…」
「何を言っている。お爺さまの頃からの風習をきちんと法制化したのが猿飛先生じゃないか。」
「ええーっ。」
綱手は更に爆弾を投下した。
「昔は階級違いの婚姻とかあったようだがね、今じゃ皆が従っているよ。お前の友人のほれ、七三分け。あいつなんぞ率先して守っているじゃないか。」
「ガッガイのことですか?」
「アイツは女だけだが、確か五人は愛妾がいるぞ?男の数まではこっちも把握しとらんがな。」
男は子供を産まんからな、と里長はカラカラと笑う。カカシは絶句する。これ以上驚く事はないと思っていたら更にその上が待ち受けているようなこの状態、心臓がどうにかなりそうだ。
「……オレ、帰ります。」
よろり、と立ち上がる。綱手が目を瞬かせた。
「おい、まだ話は終わっとらんぞ。お前の世界との歴史の照合もしてみたい。おい、カカシ。」
「すいません、それ、明日にしてもらえませんか。」
どんよりと返すと、天井に目を向けた。
「テンゾウ、オレの監視ってお前?ま、よろしくね。」
やはり硬直したままの子猫をひょいと抱えるとカカシはよたつくようにドアへ向った。綱手が慌てて立ち上がる。
「カカシ、お前が別世界のカカシだということは」
「はいはい、極秘事項でしょ。何度も言われなくてもわかってまーすよ。」
帰ろ、是清。
ため息とともにそういうとカカシは執務室を後にする。最悪の気分だった。
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