「賭け、でやすね。」
「同感。」
「それも掛け金、相当なもんでやすぜ。」
「オレもそう思うよ。」
「あにさんのあの堂に入った演技。」
「ホントホント。」
カカシと是清は居間の卓袱台の定位置に陣取ってごしょごしょ囁き合っている。子猫は卓袱台の上でカカシは寝室のふすまを背にする位置だ。カカシは渋い顔でじっと台所に目をやった。イルカは黙々とお茶をいれている。
「いったい何を賭けたんだか。お金ならあるのに。」
チッチッチ、と子猫が前足を振った。
「あにさんの貧乏性、忘れちまったんですかい?なんでも願いがかなうって時に缶ビール一年分なんてセコい願いしちまうようはお人でやすぜ?」
「だぁよねぇ。」
化け猫の是清が助けてもらったお礼になんでも願いをかなえると申し出た時、イルカは最初本気で缶ビールと言ったのだ。この中忍、缶ビール一年分以上の贅沢品は思いつかなかったらしい。里一番の稼ぎ頭であるカカシと一緒になってからも、質素倹約を旨とするイルカの生活はまったく変わらず、カカシがそれにあわせている状態だ。
「定価で物買うと怒られちゃうもんね。」
「だから万年中忍なんでやすよ。たまにゃあパァッと散財するくらいの気の大きさがねぇと大物にゃあなれやせんや。」
「ダメダメ、パァッと散財なんかしたら、イルカ先生、ショックで心臓止まっちゃうよ。」
「中忍の悲しい性でやんす。」
そこまで言ってじっと台所を見つめた二人、というか一人と一匹はガバッと顔を付き合わせた。
「やっぱおかしいでやす。ここは素っ飛んできてあっしにデコピンでやしょ。」
「だよね、後頭部にドルフィンパンチのはずだよね。」
「あの…」
「「わぁぁっ。」」
ごしょごしょ言い合っているとお盆にお茶をのせてイルカが居間に入ってきた。カカシと是清は咄嗟に己の頭を庇う。だが、イルカはおずおずとお茶を卓袱台の上に置いた。
「……どうぞ。」
「あっ、お茶きたお茶、お茶でも飲んでちょっと落ち着こうかぁ。」
「そうでやすねっ、こういう時はお茶と甘いものが一番でやす。」
「ほら、イルカ先生も食べて食べて。桜餅好きでしょ。」
「……はい、ありがとうございます。」
「……………」
「……………」
どこか途方に暮れた顔で畏まるイルカにカカシと子猫はかける言葉が出ない。しかたなく出されたお茶をすすった。
「あ、おいしい。」
いつものイルカの煎れるお茶の味だ。カカシはなんとなくほっとする。
「イルカせんせの煎れてくれるお茶が一番だよねぇ。」
にこり、と笑うとイルカが大きく目を見開いた。その表情にカカシは戸惑う。
「イッイルカせんせ?」
「いっいえ…」
黒い瞳が揺れ、それからイルカは俯いた。
「ありがとうございます、カカシ上忍。」
僅かに頬が染まっている。カカシと子猫は再度ガッと顔を突き合わせた。
「なんつーか、徹底してやすぜ。」
「別人だよね、ぜんっぜん別人だよね。」
「あっしぁこんな殊勝なあにさん見た事ありやせんや。」
「なんなのよ、何賭けたのよこの人っ。」
イルカを見るとそこには困惑と怯えの入り交じった表情がある。カカシはガシガシと銀髪をかいた。
「も〜センセ、やめましょうよ。欲しいものあるならオレが買うしさ、センセがおごられるの嫌いなの知ってるけど、オレ達家族なんだからさ、オレの稼いだ金を家族のために使うのって悪いことじゃないでしょ。」
「かっ家族…」
イルカが目を見開いた。
「カカシ上忍と家族…ですか…?」
「ちょっちょっとぉ、そこ、何で疑問系?」
今度はカカシが目を見開く番だった。
「賭けしてるってわかってても傷つくなぁ。」
「そーでやすそーでやす。」
きぃきぃと子猫も叫んだ。
「あっしなんざただの猫扱いですぜ。せっかくあにさんの頼みで買い物引き受けたってぇのに、帰ってきた途端これですかい。いくらなんでもあんまりでさぁ。」
「だぁよねぇ、オレ達に買い物頼んだ時までは普通だったじゃない。いつから賭けはじまったのよ。」
「えっ、買い物ですか?」
イルカがぎょっと体を強ばらせる。
「カカシ上忍に買い物を頼むなんて、そんな失礼なこと…」
「はぁ?」
話せば話す程泥沼化している。
「な〜に言ってんの。報告書出すならついでに肉とじゃがいも買ってこいって言ったの、イルカ先生じゃない。特売品のチェックもしてこいって。」
「そんな滅相もない。」
イルカは激しく首を振った。それからひどく不安げにカカシを見る。
「カカシ上忍、私は何かお気に障る事をしたのでしょうか。」
「カカシ上忍ってまた…」
カカシはがっくりと肩を落とす。
「せんせぇ〜。」
そのまま卓袱台の上に沈み込んだ。
「勘弁してよ先生、オレ、何か怒らせたぁ?」
「冗談も過ぎると嫌味でやんすよ、あにさん。だいたい、」
自分の体と同じ大きさの湯のみから子猫が不満げな顔を上げた。
「なんであっし専用の湯のみじゃないんで?こんなデッカくて深い湯のみじゃ飲めやしませんぜ。っつーかあにさん、初っ端、あっしにお茶出すつもりなかったんじゃねぇんですかい?カカッさんがあっしの前に豆大福の皿置いてから慌てて湯のみ追加したのを見やしたぜ?」
「あ…いや…」
イルカは口ごもった。
「だって、普通猫はお茶飲まないだろう?」
ぼそぼそと消え入りそうな声で言う。キーッ、と子猫が毛を逆立てた。
「まだ猫扱いしやすか。カカッさん、なんとか言ってくだせぇよっ。」
「上忍呼ばわりされたオレの方が傷心よ。」
「あにさん、これでもまだ演技続けるんでやすかっ。」
「演技って、オレ…私は…」
イルカの顔がくしゃりと歪んだ。黒い目がみるみる潤んでくる。
「わ…私は…」
ぽろ、と涙がこぼれ落ちた。
「うわ、ちょっ…」
ガバッとカカシが体を起こす。子猫もあんぐりと口を開けたまま固まった。
「なっ泣かないでよ先生。」
「あ…」
ハッとイルカは己の涙を手で拭った。
「もっ申し訳ありま…」
「あぁもうっ。」
縮こまるイルカの横に四つん這いでごそごそ近寄った。
「わかった、わかったからもういいよ。」
苦笑いしながらぎゅう、と抱き寄せる。
「センセがそこまでがんばるんだもん。訳ありなんだよね。もういいから。」
「カカシ上忍…」
「うんうん。」
カカシは抱き寄せたイルカの背を撫でた。
「それでいいでしょ、是清。」
「わかりやしたよ。」
はぁ、と子猫は大きくため息をついた。
「好きにやってくだせぇ。」
はむ、と豆大福を器用に喰いちぎる。
「でも、湯のみはあっし専用のに買えといてくだせぇよ。餅は歯に引っ付くんでさぁ。」
カカシの腕の中で戸惑うように身を縮めていたイルカが小さく頷いた。
「はい、是清さん。」
「こっ是清さ…ふぐっ」
あまりに驚いた是清は思わず餅を丸呑みした。
「ふぐぐぐっ」
「わ〜っ、是清っ。」
喉に詰まった。カカシが慌てて是清をつまみ逆さに振る。
「みっ水ぅ〜っ」
「イルカ先生、水、水持ってきて。」
「はははいっ。」
とんだティータイムだった。
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