卓袱台の上を沈黙が支配していた。たまにズズ、とカカシのお茶をすする音がするくらいで、気まずいことこのうえない。イルカはきちんと正座して控えている。まるで身の回りの世話をする召使いのような態度だ。こちらから何か問いかけないかぎり口を開かない。つつ、とカカシは桜餅をイルカの前に差し出した。
「センセ?」
「は、頂戴いたします。」
一礼すると恭しく桜餅を受け取る。
「徹底してやすぜ、カカッさん。」
豆大福の餅をむーん、と引っ張りながら子猫が呆れ顔で言った。
「こうなったらあにさんがどこまで耐えられるかやってみちゃあどうですかい?」
「そうねぇ、それもいいねぇ。」
カカシはにんまりした。このアカデミー教師は妙に堅いところがある。両想いでありながら恋人同士になるのに随分と苦労させられた。そっちがそう出るなら、普段やってくれないことをおねだりしてみよう。ずりずりとカカシはイルカの隣ににじり寄った。
「センセ、食ぁべさせてぇ。」
あ〜ん、と口を開ける。イルカが驚いたように目を見開いた。しめしめ、とカカシはほくそ笑む。どうだ、これならいくら賭けで演技していても恥ずかしくなってボロがでるだろう。
「ほらほら、センセ、あ〜ん。」
イルカは正座を崩さないまま、くろもじで桜餅を一口大に切り分けた。
「失礼いたします。」
ひどく真面目な顔でその一片をカカシの口に入れ、それから両手をついて畏まった。
「…………」
「もう一口召し上がられますか?」
「………あ、いや」
全然嬉しくない。子猫もぽかんとしている。
「案外つわものでやしたね、あにさんは…」
そういう問題だろうか。やっぱりイルカはおかしい。ただ賭けをしているだけとは思えない。木の葉に何かが起こっているのか。そういえば妙な地震、皆がおかしいのはあれからだ。
「カカッさん。」
「あぁ。」
コツコツと火影の伝令鳥が窓を叩いている。ちょうどいい。火影に会って話をしてみよう。カカシは子猫に目配せすると立ち上がった。
「あ〜、呼び出し、休みだってのに人使い荒いんだから。ほら、是清、行くよ。」
ちょっとわざとらしかったかもしれない。気まずいまま放りっぱなしの手甲を取ろうとしたカカシの前にサッとイルカが膝をついた。カカシの手に新しい手甲をはめ、手際よく脚絆を巻き直してくれる。呆気にとられていると、今度は上がり框のサンダルをきちんと揃え、両手をついた。
「いってらっしゃいませ、カカシ上忍、是清さん。」
「うへぇ…」
カカシの肩に飛び乗ろうとした是清が足を滑らせ慌ててベストに爪をたてる。
「いっいってきます…」
ぎぐしゃぐとカカシは外へ出た、とみせかけ、本体は屋根裏に移動する。上忍と化け猫が本気を出せば中忍のイルカには気付かれない。そっと様子をうかがっていると、出かける影分身の背を見送っていたイルカが部屋の中へ戻って来た。菓子や茶碗を片付け始める。ふと、イルカが手を止めた。放ったままのカカシの手甲を両手で包む。
「カカシ上忍…」
目を閉じ、イルカは手甲に頬を寄せた。
「カカシ…上忍…」
切ない呼びかけ、屋根裏でカカシと是清はあんぐり口を開けたままその姿を凝視していた。
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