「ご迷惑おかけして申し訳ありません、はたけ上忍。」
一楽のカウンターに座っても紅は俯いたままだった。
「気にしない気にしない、まずは腹ごしらえしましょ。オヤジさん、今日はオレ、醤油ね。」
「オレ、味噌チャーシュー。」
ナルトが元気よく叫んだ。
「お前ね、どさくさにまぎれてチャーシュー頼んでるんじゃないよ。」
「だってカカシ先生のおごりだろ?だったらチャーシュー頼んだ方がお得だってば。」
「ちゃっかりしてるねー。」
カカシは苦笑いしながら金髪頭をこづく。ニシシ、と笑ったナルトは俯いたままの紅に明るく言った。
「まず味噌を食ってくれってばよ、夕日上忍。」
ナルトの口から『夕日上忍』、違和感ありありだ。
「……そっか、こっちじゃ紅は上忍師じゃないからねぇ。」
「なんだってば?」
「いーや、何でもない。」
慌てて誤摩化すカカシを横から紅が怪訝な顔で見つめている。
「いや、ホント、何でもないから。じゃあ紅は味噌で、オヤジさん頼むね。」
「あいよ。」
威勢のいいテウチの声がとんだ。
「今日は美人さんつれて、はたけ上忍、イルカ先生に怒られねぇかい?」
「怖いこと言わないでよ。オレがイルカ先生一筋だって知ってるでしょ。」
「おーっと、逆にノロケられちまった。」
テウチとの軽口に紅がようやく表情を和らげる。カカシは内心ホッとした。
「紅、ごめーんね。」
「え?」
目を瞬かせる紅にカカシは眉を下げた。
「アスマをちょっと煽りすぎちゃったみたいね。アイツがあんなに追いつめられてるってわかんなくて。」
紅は首を振った。
「私は悔しかったんです。猿飛上忍にとって私はただの女でしかなく、忍びとして認められていなかったんだと…」
「あ〜、いや、そんなことないっていうか、アイツも不器用だから…」
取りなそうとするが紅は膝の拳を握りしめる。
「私はただ、あの方の横に立って戦えればそれでよかった。」
艶のあるルージュを塗った唇に自嘲が浮かぶ。
「愛妾って、私の価値はそのくらいだったんです。」
カカシは困り果てた。かける言葉が見つからない。
「猿飛上忍はただ夕日上忍が好きなだけだってばよ。」
その時、ナルトがカカシの横から首をつきだした。
「好きだから取られたくなかっただけだってば。」
紅がびっくりしたように朱の目を見開いた。思わずカカシは吹き出す。
「ナルトぉ、お前、いいこと言うねー。」
わしわしと金髪をかき回す。ニシシ、とナルトは得意そうに笑った。
「オレもサクラちゃんのこと、好きだから猿飛上忍の気持ち、よくわかるってば。」
「まったく、坊主のいう通りだ。」
どん、とテウチがラーメンを置いた。
「そんだけの美人さんなんだ。目の眩む男がいたって不思議じゃねぇ。忍びとしても一流、女としても一流、そう思ってりゃいいんじゃねぇのかい?夕日上忍。」
「オヤッさんもいいこと言うねー。」
「年の功よ。」
テウチはカラカラと笑った。紅もようやく笑みを浮かべる。
「ま、今頃あのヒゲ、海の底よりふか〜く後悔してると思うから、頭冷えたころ、また話してみれば?」
カカシは自分の醤油ラーメンを引き寄せた。
「アスマがアスマならだーいじょうぶ。さ、食べよ食べよ。」
「カカシ先生、さっきから猿飛上忍が二人いるみたいなこと言って、変だってば?アスマってもう一人知り合いいるのか?」
ぷっ、とラーメンの汁を噴いた。
「わ、きったねぇな、カカシ先生ー。」
げほげほと咽せながらチラ、と横をみると紅が目を瞬かせている。
「あ〜、いや、なんつーか。」
こっちのナルトの勘のいい事。爪の垢をもらってかえってあっちのナルトに飲ませてやりたい。
「ほら、心の底の本音と表に出る言葉は違うって、そーゆーことよ。ま、お前も大人になったらわかるって。」
ははは、と笑ってみせる。
「そっかー。大人ってややこしいってばよ。」
うんうん、とナルトは納得してくれた。単純なところは一緒らしい。ほっとして横を見ると紅はまだ不審顔だ。だが何か聞いてくる風でもないので、カカシはそのままラーメンに取り組んだ。
ちょっと気をつけないと五代目に怒られちゃうねぇ…
そっと一楽の外をうかがうと相変わらずテンゾウの気配がある。
出て来てラーメン一緒に食べればいいのに。
カカシの世界のテンゾウなら、潜まなければならないとしても、先輩だけずるいですよ、とブーブー文句を言う事間違いなしだ。頑なに真面目なこっちの後輩をカカシは不憫だと思った。
一楽を出たのは七時の少し前くらいだった。
「飲みに誘うつもりだったんだけど、今日はやめといたほうがいいかもね。」
これ以上こじれても困るから、と肩を竦めれば紅は微笑んだ。
「笑えるなら大丈夫だぁね?」
じゃあまたね、と紅に手を振り、ナルトと家へ足を向けた時、大きな影がさした。
「猿飛上忍。」
紅の顔が強ばる。カカシも眉をひそめた。ずい、と影が近寄ってくる。アスマの纏う気でビリビリと空気が震えるようだ。ナルトが息を飲むのがわかった。
「なにヒゲ、なんか用?」
ナルトを背中にかばうようにしてカカシはアスマを睨んだ。紅も拳を握り真紅の瞳をアスマに向ける。
「言っとくけどラーメン食べただけだからね。まだくだらない事いうようなら」
「すまん。」
大音声が道路に響き渡った。
「へ?」
「カカシ、本当にすまねぇ。許してくれ。」
腰を九十度にガバッと折り曲げる。
「くだらんことお前に言っちまった。オレぁ自分が恥ずかしい。」
さげた頭をアスマは更に深くする。巨体を縮めて謝罪する大男にかえってカカシは慌てた。
「本当に申し訳なかった。」
「ちょっと、アスマ。」
ぶんぶんと手を振る。
「頭あげなって。オレも誤解させるようなことして悪かったよ。」
「いや、お前に友人じゃなかったと言わせるなんざ、オレは男として情けねぇ。」
「え、いや、だから…おわぁっ」
突然アスマは顔をあげ、カカシの手を握ってきた。
「お前、本気でオレに怒ってくれただろう?嬉しかったんだよ。いつも他人に興味ねぇってツラしてオレのこともダチだと思ってるのかどうなのかって、いや、オレはダチだと思ってたぞ。だから独りよがりじゃねぇってわかってオレぁ…」
ひ〜〜〜〜
内心カカシは大汗かいていた。さっきのアスマには腹を立てたが、こんなアスマも気持ち悪い。
「や、ほら、普段はそんな、ね?照れくさいじゃない。ホント、わかったから」
髭面近づけんなっ、と怒鳴りたいが、腫れた頬のまま目をキラキラさせるアスマに何も言えなくなる。良くも悪くもここのアスマはお坊ちゃん育ちなのだろう。
「そっそれよりアスマ、お前が本当に謝らなきゃいけない大事な人がいるでしょ?」
目線でひょい、と紅を指し示せばアスマがハッと身を固くした。カカシはさりげなく手を振りほどくと、さりげなくしないとこの大男がまた傷つきそうな気がした、その振りほどいた両手でアスマの背中を押した。
「ほら、ちゃんとお前の気持ちを伝えなさいよ。」
紅はじっと動かない。どん、と更にアスマの背を押しやる。
「紅…」
返事はない。アスマは俯いた。
「その…紅…」
ふっと目を上げると、真紅の瞳を正面からみつめた。
「紅、愛妾の手続きは取り下げる。本当に申し訳なかった。お前を侮辱する気はなかったんだ。」
申し訳ない、そう言ってアスマは深々と頭を下げた。紅は何も言わない。アスマはただ頭を下げ続けている。しばらく二人ともそのまま動かなかった。が、ふぅ、と紅が大きく息をつく。
「わかりました。猿飛上忍、頭を上げて下さい。」
「いや、それでだな、オレはっ。」
紅はそのまま踵を返そうとする。慌ててアスマが頭をあげた。
「待ってくれ紅っ、だからっ…」
必死だ。だが紅は冷たい一瞥を投げかけた。アスマが一瞬怯む。そして覚悟を決めたように仁王立ちになった。
「紅、オレと結婚してくれーーっ。」
真紅の目が見開かれた。カカシとナルトは思わずこけそうになる。
「うわ、直球。」
「直球すぎだってば。」
ヒゲの大男は耳までまっ赤に茹で上がっている。
「お前以外の女はいらねぇ。お前だけを大事にする。だから頼む。」
頭から湯気を出しそうな大男に紅は唖然としたままだ。ブッとカカシは吹き出した。
「ま、あとはゆっくり二人でやってよ。」
まっ赤になっているアスマとまだぽかんとしたままの紅にひらひら手を振った。
「さて、ナルト、外野は退散退散。」
笑いながら二人を残していこうとしたとき、ポン、と目の前に小さな煙があがった。
「カカッさんっ。」
「あれ、是清?」
イルカにつけていたはずの子猫が血相変えている。
「たったっ大変でやす、あにさんがっ」
「イルカ先生がどうしたの。」
子猫が悲鳴のように叫んだ。
「あにさんが死の森へっ、一人で行っちまったんでさぁっ。」
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