翌朝、鼻歌まじりに朝からカカシは上忍待機所へ入った。五代目のところには適当な時間に顔を出すつもりだ。。ここへ来る途中、ナルトの所に寄って修行をつける約束もしてきた。その前にこっちの上忍待機所を見ておこうと思ったのだ。
「おっはよ−さん。」
入った途端に空気が凍るのはもう予測済み、今更だ。それより誰かに夕べの話がしたい。
イルカがやっと自然に笑ってくれた。その笑顔がいかに可愛かったか、これはもう喋り倒すしかないと決めている。
馴染みを探して見回すが、見かけない顔が多い。いや、数も多いだろうか。こっちの木の葉の上忍構成はどうやらかなり違うようだ。遠巻きにしながらこっちを意識してピリピリする連中は置いて、窓際で煙草をふかしているヒゲの大男に声をかけた。
「アッスマー。」
「おはよーさんでやす。」
カカシの肩の上の子猫が挨拶するとその場にいた全員が妙な顔をする。この里の写輪眼のカカシは同じ上忍にも恐れられているらしいから、赤ん坊猫を肩にのせている姿は相当おかしなものに見えているのだろう。気にせずカカシはアスマの横に腰掛けた。
「ねーねーアスマ、聞いてくれる?夕べのイルカ先生ったらもうね〜、かっわいいのー。」
待機所全体がぎょっとするのがわかった。だが流石なのかなんなのか、アスマは動じない。それどころかひどく不機嫌な顔でカカシをねめつける。
「あれ?アスマ、なんか機嫌悪い?」
紅とランチに行った時、うっかり手を引っ張ったのが妙な噂になっているらしい。
焼き餅って、案外可愛いねぇ。
くす、とカカシは笑った。子猫もヒゲを震わせて笑っている。
「ヒゲのあんさん、眉間に皺、寄ってますぜ?」
アスマは奇妙なものをみるような目で子猫を見た。
「おい、昨日から気になってたんだが、お前の肩の、ソイツはなんだ。」
「え?是清でしょ?」
「千手院是清でやんす。」
「………」
わけがわからん、と言った顔だ。それからふい、とそっぽを向き煙草をふかす。かまわずカカシは話を続けた。
「だからね、聞いてって。オレ、昨日ハンバーグ作ったのね。」
がたーん、と誰かが椅子から落ちる音がした。待機所の空気はこれ以上ないほど張りつめている。
「オレはね、つなぎのパン粉を使わない主義なのよ。炒めたタマネギと卵と肉だけで勝負、でもつなぎがないぶん、最初に強火で周囲を固めないと崩れちゃうのね、焼き加減案外難しいよ〜。で、夕べはうまくいってさ。肉汁のついたフライパンでケチャップとウスターソース混ぜたの作ってかけたら、イルカ先生、なつかしい味だって喜んでくれてねー。亡くなったお母さんのハンバーグがそうだったんだって。これってポイント高くない?お袋の味の再現、イルカ先生、ますますオレの虜だよねっ。」
ガタガタガタ、と色々な場所から落ちたり倒れたりぶつかったりする音がしたがこの際無視だ。アスマが唖然、とカカシを見た。
「お前…頭、どうかしちまったんじゃねぇか?」
「なによ。」
「ハンバーグ作ってやっただ?相手は世話役中忍だろうが。上忍の、しかもトップクラスのおめぇが何やってる。」
「あ〜、やだやだアスマ、そーんなこと言うんだ。」
カカシは子猫と顔を見合わせ、わざとらしく「ねー」と頷き合った。
「イルカ先生は世話役なんかじゃなーいよ。オレの大事な恋人、唯一無二の愛しい人なの。失礼なこと、言わないでよね。」
待機所の空気が揺れた。アスマがくわえていた煙草をポロ、と落とす。
「あっぶないなぁ。」
カカシはそれを指で受け止めた。
「はい、どーぞ。」
あんぐり開いた口にまたくわえさせる。それからすぅっと待機所を見回した。凍てつくような視線に上忍達は体を固くする。
「いい?」
言い含めるようにカカシは宣言した。
「今後、オレのイルカ先生を世話役だの何だの貶めた奴は殺すよ。」
軽い口調に冷え冷えとした殺気をのせる。待機所にいる上忍達は竦み上がった。唯一、アスマだけは苦虫を噛み潰したような顔をしている。くるくる顔を洗っていた子猫がまたきぃきぃ声をあげた。
「カカッさん、今夜はオムライスにしやしょうや。あにさん、あれで結構お子ちゃまなお人でやんすから、喜ぶこと間違いなしでさぁ。」
「そだねー。あ、卵にケチャップでハート描いちゃおうかな。」
「その下にはL・O・V・E でやすかい?ひねりがありやせんねぇ。」
「いいんだよ、オレの愛は直球だから。」
凍り付いた待機所でまた呑気な会話をする。その時、アスマの気が揺れた。視線の先を辿ると夕日紅がいる。任務なのだろう、装備をした数人の忍びと何か話をしていた。アスマはじっとその姿を見つめている。
バカだねぇ…
カカシは憐れみのこもった目でアスマを見つめる。欲しいなら四の五の言わずに手を伸ばせばいいのに。
ま、それはこっちのオレも一緒か。
カカシはアスマの横から身を乗り出した。
「おい、カカ…」
「紅ー。」
ひらひらと手を振る。こちらに気付いた紅が笑みを浮かべた。昨日、飯を食べながら色々話をしたせいか、ぎぐしゃぐした怯えはなくなっている。紅の周囲の忍び達がひどく驚いてカカシと紅の顔を交互に見た。横のアスマも同じだ。かまわずカカシは声を張り上げた。
「紅、これから任務ー?」
紅がにこり、と頷く。自然な笑みだ。アスマの気が乱れるのがわかった。
「じゃあ帰ってきたら今度は飲みにいこーねー。」
了承の意味だろう、紅は遠慮がちにだがカカシにむかって手を振り返した。にこにこ手を振り合ってからカカシは立ち上がる。
「さって、オレはナルトの修行でもつけにいくかな。」
「おい。」
射殺しそうな目でアスマがカカシを睨んでいた。
「ん〜、何?」
わざとのんびり答えるとアスマからぶわりと殺気がたちのぼる。
「今度はって、お前、夕日紅と…」
「うん、昨日一緒にランチしたよ?それが何?殺気だすほどのこと?」
アスマがハッとなる。
「わっかりやすいねぇ、アスマ。」
くく、とカカシは肩を揺らした。
「ま、紅との飲み、一緒に行きたきゃ声かけてよ。予定はアスマにあわせてやるから。」
じゃね、と後ろ手に挨拶するとカカシは待機所を後にした。子猫がくつくつ笑っている。
「人が悪いでやんすねぇ、カカッさんも。」
「アスマがバカなのが悪いんだよ。」
「まったく、大事なもんがわかってねぇヒゲなんざ、ただのヒゲでさぁ。」
二人がうまくいってほしいと思う。カカシの世界の二人は本当にいいカップルだった。こんなくだらない身分制度や規則に縛られてほしくない。
この時、カカシも子猫もまだわかってはいなかった。身分の上下の厳しいこの里での、「写輪眼のカカシ」の行動がどれほど大きな波紋を起こすかを。自由な空気を知らない者達がとる行動がどんなものかを。何も知らないカカシと子猫はナルトを誘いにのんびり街へ足を向けていた。
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