泊まっていけと言われたからには、お互い深く結びつきたいと思っているはずだ。
ただし、どうやってスマートに持ち込めるか。
カカシは悶々としていた。
せめて片付けは、いや誕生日なのだから、だったら一緒に、などと食後に初々しいやり取りで食器を片付け終わったところだ。世間では閨の方も『業師』との評判が高いカカシ、実際には噂が一人歩きしているだけなのだが、もしイルカがその噂を耳にしていたら失望させるわけにはいかない。初夜なのにカカシさんって案外普通、とか思われたら大変だ。
最悪、捨てられるかもだよね…
表面は余裕たっぷりだがじんわり汗が浮かぶほどカカシは緊張していた。煩悶しながら卓袱台を拭いていると、イルカが冷酒と乾きものを木皿にのせてきた。
「片付け、ありがとうございます。カカシさん、どうぞもう座って下さい」
恥じらいを含んだ所作が初々しい。
笑え、写輪眼のカカシ!気合いで大人な空気を作れっ!!
緊張を押し隠しカカシはにっこりとした。
「イルカ先生の料理が凄く美味しかったからね。後片付けの手伝いくらいしたかったの」
頬を赤くしてイルカが目を伏せる。イルカの態度もどこかぎごちないのはやはり緊張しているのだろう。
しばらく酒を飲んでいい雰囲気に持ち込めばそのままベッドへ、あ、でも風呂とか気にしそうだし、でも風呂入りましょうっていったらいかにもヤりますって感じだし…
頭の中でぐるぐる考えだけが回っている。うっかり台拭きを両手で握りしめるという写輪眼のカカシにあるまじき格好で固まっていると、イルカがおずおず薄水色の包みをテーブルにのせてきた。
「たっ誕生日プレゼント」
俯いた頬がまっ赤だ。
「え…」
「今夜着ていただければと…」
イルカがますます頬を上気させる。『スマートでカッコいい写輪眼のカカシ』を忘れてカカシはぽぉっとなった。丁寧に和紙の包み紙を開く。プレゼントは淡い草色のパジャマだった。
「せんせ…」
もうカッコいい『写輪眼のカカシ』を演じるだの閨の『業師』だのすべて頭から吹き飛んでいた。カカシは草色のパジャマを手に取る。良質の綿で気持ちがいい。
「その、肌触りがよかったから、それにカカシさんに似合うかなと…」
タグに草木染めと書いてある。やはり火の国屋のオーガニックコットンで、中忍の懐には厳しい値段の品だ。
「せんせ、こんな上等、高かったでしょ?」
うっかりそう言ってしまったカカシは慌てて口を押さえた。素直に嬉しいと伝えるべきだったのに何て失礼なことを言ってしまったのか。ただ、またイルカに懸想している誰かから分けてもらったという言葉を聞きたくなかったのも確かだ。しかし、失言であることには変わりない。
「あっ、いや、別に変な意味じゃなく…」
おろおろするカカシに、へへ、とイルカが頭をかいた。
「誕生日貯金、実は去年からやってたんです」
「去年…?」
付き合ってまだ二ヶ月、去年の秋はカカシが一方的に口説いていた時期だ。
「去年からって先生、もしかして…」
イルカの目がウロウロと泳いだ。
「もしかしてその頃からセンセ、ホントは…」
ひたひたと胸に歓喜が押し寄せてくる。
「ホントはオレのこと、ずっと好きだった?」
ぽん、とイルカの顔が上気した。そのまま俯いてしまう。思い返せば、普段快活なこの人がカカシの前だけではどこか恥じらいを含んだ表情をしていた。付き合う随分と前から好意を寄せられていたのだろうか。
「イルカ先生」
カカシは卓袱台を回り込みイルカの傍らに膝をすすめた。俯いたイルカは正座した膝の上で拳を握っている。
「ねぇ、センセ、オレね」
その上にカカシは己の手を重ねた。言いたいことはたくさんある。イルカと出会って初めて人生に張りがでた事、命に執着出来るようになった事、何気ない日常を美しいと思える事、イルカこそがカカシの生きる意味なのだと、そう伝えたかった。だが、いざとなると全く言葉が出てこない。ただ、突き動かされるようにイルカの手を取ると口づけた。
「カッカカシさ…」
「誓うよ、イルカ先生」
もう一度口づける。写輪眼のカカシとしてカッコつけるだのクールに閨に持ち込むだのはすっかり頭から消えていた。イルカが愛しい、その想いだけが溢れてくる。
「あなたを愛すれば愛するほど、きっと周りは五月蝿くなる。男同士だとか身分違いだとか、雑音だらけの日々があなたに嫌な思いをさせる。でも、でもね、先生」
両手でイルカの手を包んだ。
「誓うよ、全身全霊をかけてオレはあなたの盾となり剣となる。生涯あなたを守り通す。この手を…」
きゅ、と両手に力を込めた。
「あなたがこの手を握っていてさえくれたらどんな苦難も打ち破ってみせる。オレから手を離すことはない、絶対に離さない…だから…」
じっとイルカの黒い目を見つめる。
「だから、決してこの手を離さないで」
黒い瞳が熱を帯びてカカシを見つめ返した。
「カカシさん…」
澄んだ双眸に涙の膜が張る。
「オレ達のことに周りが干渉してくるのはわかっています。でも、それでもオレはあなたの側にいたい」
黒い目から涙が一粒、頬を滑り落ちた。
「生涯あなたとともにありたい」
オレを離さないでください…
微かな呟き、しかしカカシははっきりとその言葉を聞いた。
「イルカ」
たまらず抱きしめる。女とは違いしっかりと筋肉のついた固い体だ。だが、なんて温かい体だろう。首筋に顔を埋める。イルカの匂いにクラクラする。頭の芯が熱くて溶けそうだ。
「イルカ…イルカ…」
夢中だった。そのまま畳の上に押し倒し噛み付くような口づけをする。今まで触れるキスしかしてこなかったから、怖がらせないようゆっくりとと思っていたのに、一度触れると全てのタガがはずれてしまった。舌で歯列をなぞり中へ割りいる。怯えたように引っ込んだままのイルカの舌を絡めとると衝動にまかせて貪った。なんて甘い唇、蕩けそうなイルカの舌、血が沸騰する。より深く口腔を犯した。舌を吸い甘噛みしては己の舌を奥まで侵入させる。頬の内側から歯列の裏まで舐め回した。どちらのものともわからぬ唾液がとろりとこぼれる。
もったいない
唇をぴたりと合わせて互いの唾液を零さぬように味わった。熱い、甘い、頭のてっぺんから腰まで痺れるようだ。夢中で味わっていると、ふいに体の下のイルカから力が抜けた。
え…
ハタと我に帰る。
「あっあれ…」
慌てて体を起こすとイルカがくたりとしていた。まっ赤な顔でふぅふぅ息をついている。パジャマは右手に引っかかっているだけの半裸だ。口づけながら無意識に服を剥いだらしい。
っつかオレ手際よすぎ!
きっちりと鍛えられた上半身を晒すイルカは、確かに男でたくましい体躯の持ち主なのに、匂い立つような色気がある。畳に黒髪を散らす様のなまめかしさ、再び理性が飛んで襲いかかりそうになるが、ぐったりとしたイルカへの心配がスケベ心に打ち勝った。
「イルカ先生、先生、大丈夫?」
ぺしぺしと頬を叩くとうっすらと目が開いた。熱に浮かされた視線がカカシを捉える。
「カカシ…さん…」
吐息とともに名を呼ばれた。どきり、と心臓が跳ねた。
「カカシさん…」
イルカの手がカカシの頬に伸びてきた。
「オレみたいな…」
どこかおずおずとした表情が浮かぶ。
「…オレみたいな男の体でも…いい?」
思いもかけない言葉にカカシは目を見開いた。そしてイルカの不安のもとを理解する。
あぁ、この人は男だってこと、こんなにも気にしてたんだ
「あなただからいいのに」
イルカの頬をカカシは包んだ。唇が触れ合う寸前のところでそっと囁く。
「あなたでなきゃダメなのに」
イルカの方こそ女みたいに抱かれるのは抵抗があるだろうに、カカシの気持ちをこんなにも優先してくれている
「オレの方こそ、見境なく興奮しちゃって」
優しく触れるだけのキスをする。
「ごめんなさい」
ちゃんと愛し合いましょ、そう耳元に吹き込むと、イルカの手がしっかりとカカシの背を抱いてきた。
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