うみのイルカはモテる。老若男女、上忍中忍下忍一般人、とにかくモテた。「受付天使」の異名を持つ中忍、それがうみのイルカだった。
カカシが初めて「受付天使」の話を聞いたのは暗部で戦地にいた時だ。惚れた惚れたと大騒ぎする仲間をそんなもんかねぇ、と冷めた気持ちで眺めたものだ。ただ、どこへ行っても「受付天使」に惚れただのフラレただのという面々をみかける。そんなにイイ女なのか、わずかに興味が湧いた。ならば一度、その姿を拝んでみるのもいいかもしれない。味見が出来るならなおさらいい。カカシもまた、たいそうモテた。ただ、特定の相手はつくらず、任務の合間、誘われるままふらふらと漂うような生活をしていた。
そんなカカシが里へ帰還したのは、恩師の忘れ形見の上忍師をいいつかったからだ。九尾の災厄で四代目が儚くなった後、復位して里を治めるのは三代目火影、猿飛ヒルゼンだった。それが最近、カカシに後を継げと五月蝿い。火影など面倒くさくて絶対になりたくないと思っているカカシはのらりくらりと外地任務については逃げ回っていたのだが、四代目の忘れ形見、ナルトの上忍師を持ち出されては里に帰らざるをえなかった。そこで出会ったのが「受付天使」うみのイルカだ。
正直にいうと、初見は最低だった。受付で「あれが噂の受付天使だ」と教えられたときの衝撃と落胆は計り知れない。指差された先に座っていたのはただの男、顔立ちは整ってはいるが美形というわけではなく、それどころか垢抜けずもっさりとおっさん臭い。その男を同僚は『受付天使だ』と指し示した。
「マジ…?」
呆然と突っ立つカカシに、受付天使を示してくれた同僚上忍は更に爆弾を落とした。
「今日も可愛いなぁ…」
ため息とともにその男はうっとりと呟いたのだ。
可愛い?アレが?あのおっさん臭い黒髪の男が?顔の真ん中にでっかい傷痕ある中忍が可愛い?
コイツ頭おかしいんじゃねーの?真剣にそう思ってしまった。それが顔に出ていたらしい。同僚は苦笑いしつつカカシの肩を叩いた。
「まぁ、そのうち思い知るって。写輪眼のカカシ殿」
「はぁ?」
思い知るって何をだ?ホント頭おかしいよ、その時は心底そう思った。そして数日後、カカシはその男の言ったことの意味を全身全霊でそれこそ「思い知る」
「はじめまして、はたけ上忍」
真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳。
「私、アカデミーで担任をしておりましたうみのイルカと申します」
にっこりと笑う顔はお日様のように輝いていて
ぐっはぁ!!!
カカシの胸のど真ん中を何かが貫いた。
ガタイはほぼカカシと同じくらい、がっちりもっさりな男の周囲が何故かキラキラ輝いて見える。
「こちらが7班の資料です」
その声は天使の歌声。
「不明な点がありましたらご連絡ください。こちらから説明に伺いますので」
全身蕩けてしまいそうだ。
「ははははいっ、是非、是非に御願いいたしますっ」
気がつけば目の前の男の手を両手で握りしめる自分がいた。
「上忍師となるのは初めてでしてっ、右も左もわからぬ未熟者ですがよろしくおねがいしますっ」
「そんな未熟だなどとご謙遜を」
にこにこと男が笑う。
まっ眩しいっ
思わず目を細めたカカシの手を男がキュッと握り返してきた。
「私の方こそ、非力ではありますが、少しでもお役にたてれば光栄です。こちらこそよろしく御願い申し上げます」
よろしくという言葉がこんなに甘く響くなんて!
頭の芯がクラリとした。
「ホントにホントにホントにひょろしくおへがいひまふっ」
興奮のあまり言葉がもつれたが、カカシはイルカの手を握りしめ、ぶんぶんと何度も振った。蝶のように女達の間を漂っていた男が真剣な恋に落ちた瞬間だった。
☆☆☆☆☆
「イルカ先生に彼女?そんなのいないってば」
部下となった四代目の忘れ形見、ナルトはキシシ、と明るく言った。
「なんたってオレのお色気の術で鼻血噴くくれぇだし」
ナルトだけでなく、受け持った7班はイルカを口説く上での貴重な情報源だった。年齢=恋人いない歴だということや、モテすぎて恋人が出来ないということ、好きな食べ物や好みのタイプ、案外寂しがり屋でさりげない親切に弱いということ、それらの情報は全て七班から仕入れた。後発にもかかわらず数多いる恋のライヴァルに先んじてイルカを食事や飲みに誘えたのはひとえに子供達のおかげだ。特にナルトのことをイルカが気にかけていたのが幸いした。
上忍師万歳!!!
何度カカシはそう心の中で叫んだことか。これはもう、亡き師が我が子を通してカカシを手助けしてくれたとしか思えない。
そうやって口説く事一年、満を持して告白し、それが受け入れられたときの喜びといったら。思い出すだけでカカシは胸が一杯になる。
父を亡くし友と師を亡くし、どこかカラッポのまま生きてきた。三代目が気にかけてくれているのはわかっていたが、胸の中はいつも乾いた風が吹き抜けていた。感情をなくしたわけではなかったが、心が大きく揺れることは少なくなった。ただ、仲間を失う度に悲しみだけが静かに降り積もり、このまま静かに心が死んでいくのかなと漠然と思っていた。
そんな自分がイルカに会って恋をした。世界が変わった。受け入れられた心はイルカのくれる温もりで満たされた。ゆっくり大事にしていこうと誓った。それが、イルカの方から誘ってくれるなんて。
「も〜〜、イルカ先生ったら結構だいた〜ん」
「何が大胆なんですか?」
式典任務終了の翌日、イルカとの思い出にふけって草むらでゴロゴロ悶えていたら、上からピンクの髪が覗いてきた。
「なにやってるんだってばよ」
「ウスラトンカチ」
金色と黒髪がひょこりと現れる。
「ありゃ、お前達、ヒゲと任務だったんじゃないの?」
目の前にいるのは中忍に昇格した七班のメンバーだ。去年の中忍試験で目出たく全員昇格した。今では『カカシ班』としてともに任務をこなす日々だ。
「もー、先生ったら、帰ったんなら教えてくださいよ」
ピンク色の髪のカカシ班紅一点、春野サクラが口を尖らせながらもずい、と箱を突き出してきた。
「え?」
「今日、誕生日でしょ?はいこれ」
「オレ達三人からだ」
「おめでとうだってばよ」
黒髪のサスケは相変わらずぶっきらぼうに、ナルトはニシシ、といつものお日様みたいな笑顔でそう言う。
「おっお前ら…」
カカシはじん、と胸を熱くした。上忍師になって本当によかった。こんなに愛しい者達が出来るなんて、昔の虚無感ばかりだった己に教えてやりたい。
「ありがとうね」
プレゼントの箱を開けると、ペアのマグカップが入っていた。片方は海を泳ぐイルカの絵が、もう片方は緑の畑とカカシの絵が描いてある。
「希望の絵をカップに描いてくれる工房をサスケ君が教えてくれたんです。イルカ先生と一緒に使って」
ピンクの髪の女の子が笑った。
「兄貴の気に入りの店だ」
むっつり顔だがサスケの顔が少し赤い。ナルトがニパッとした。
「サスケの兄ちゃん、サスケの顔入りカップや茶碗、作ってたってばよ」
「五月蝿い、黙ってろ」
「ぎゃー、なんで怒るんだってばーー」
うちはイタチのブラコンぶりは暗部でも有名だ。昔はカカシもドン引いていた。だが今ならイタチの気持ちがわかる。愛しくてたまらない、そんな気持ちがこの世にはあるのだ。やいのやいのと騒ぐ子供達が可愛くて、思わず三人を抱き寄せると絶叫された。
「きゃ〜、変態」
「気持ち悪いってば」
「触るな外道」
愛ってムツカしい…
子供達が去った後の草むらには一人呟く上忍姿があった。
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